ランニング。未来預金。そして桜とLicense to beatの決意。

ダンコレのPRを手書きでライティング中、ふと「あ、明日は4月だから髪切っておこう」と母に声をかけてゼロミリで坊主にしてもらい、その後は「あ、明日は4月だから未来預金に行っておこう」とセブンイレブンまでランニング。

先日のマスターマインド@ウェスティンでミスターモデリングあらため中平さんが、「小野さん、毎日ランニングすれば2年で相当やせますよ」とか言っていたので、コレは「習慣化できるかい?」という、僕への挑戦状に違いないとランニングを決意。ちなみに中平さんは習慣化のプロでもあります(なんか資格を持っていたような)。

セールスコピー周りについては習慣化してルーチンワーク化することを意識し、うまくやり続けている次第ですが、やせるとなるとなかなかうまくいかなかったことも事実。

小坂さんに言わせるときっと、「小野さんはその必要性を感じていないってことですよ」と看破されそうですが、やせたいという願望もあるので・・・新たなステージへの挑戦、という感じで。

あ、ミスターモデリングあらため中平さんと書きましたが、そもそも中平さんが本名じゃねーかというツッコミはなしでお願いします。

ランニングの距離は2キロ程度ですが、久々に走ったこととアップダウンが激しいところに実家があるので、息がゼエゼエで爽快感ありまくり。

コレは沖縄行ってもタイに行ってもランニングを続けようと決意する次第。沖縄は海めがけて走り、タイではランニングマシンで限界に挑戦という感じで。

未来預金をし、実家に帰る途中でちょっと遠回りしようと思い、1月に長男次男を連れて行った公園へ。見るとすべり台のそばに桜が咲き、冬の公園とは雰囲気一変。桜の季節も、長男次男、そして妻に見せてあげたいと新たに決意。

その時の心境によるのでしょうが、今日桜を見て僕はなぜか破顔一笑。理由はわかりませんが、いい感じなんじゃないかと。

桜を見ながら4月から募集を開始する予定の講座に、ある約束を参加希望者にするかどうかを考えていましたが、明確に打ち出そうと決めて、実家まで再びランニング。

最近、ミスターGとして後藤さんのインタビューを公開しましたが、後藤さんはもちろん、他にもビート・ザ・コントロールしてきたな〜と思う人たちが登場してきています。ミスターアルケミスト池田さんや京都日々新さんとか、過去にこのブログで名前を出した方以外にも、本名出していいかどうかわかリませんがマダムミラーとか、他にもいっぱい。

自分の人生を自分でコントロールするという行動はもちろんなのですが、思考の変化も自己コントロールには欠かせません。行動も思考も、清濁併せ呑むという両極を見てバランスをとるということが見て取れるようになってきました。

まぁ、自分自身がまだそれに気づいていないってことも大いにあるのですが、独立への一歩を踏み出したり、環境と自己への投資をやり続ける決心をしたり、ライティングを稼ぐスキルにしようと決めてオウンドメディアを書いたり、会社をいい会社にしようと恥ずかしさの殻を破ってコミュニケーション頻度を増やしたり、存在意義を認識する行動と稼ぐ行動を分けることに気づいたり、ビーコンオウンドメディアで稼ぎつつも自分のクライアントを得ようと営業したりセミナーに出たり、喫煙タクシーという市場で自分をポジショニングしたり。

だから僕自身も、僕が提供できる価値をありのままに伝えていこうと。島田さんと木坂さんが言っていたのですが、自分を盛って見せるのも控えめに見せるのも、ナルシストですよね、と。ああ、それは確かにそうだな、と。

*僕やビート・ザ・コントロールというコミュニティがどんな価値を提供できるのか。
*なぜ報酬を得ながらライティングスキルをアップできる環境を提供できるのか。
*なぜ独立や起業、自分の人生を自分でコントロールすることを支援する環境を提供できるのか。

これらをちゃんと伝えておこうと。ランニングして未来預金して、桜を見たらそう思いました。

4月4日に発表します。License to beatという、独立や起業をはじめ、ライティングでビート・ザ・コントロールを約束する環境を。

P.S.
なぜ4月4日かというと・・・中平さんに勧められたから。中平さんについてはまた後日。

P.P.S.
メルマガで先行発表しますね。

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子どもは勝手に育つ(妻には言えませんが)。

日本と違ってタイではこの時期がいわゆる夏休み。長男の場合、新年度から小学校1年生になるのでこの夏休みが明けたら小学校へ通うことになります。

しかしこの小学校は入学早々に午後まで授業があるせいか、給食などを一足早く体験させておこうということなんでしょうね。入学前にサマースクールなるものがあります。コレで子どもが給食を食べないかしらとか考えなくても安心、というわけです。ちなみにサマースクールは新入生以外の学年にもあるようで、タイもなかなかアップセルがうまいなぁ、と感じる次第です。

これまで長男が通っていた幼稚園もそうでしたが、小学校でも夏休みはサマースクールがあり(ホントにサマースクールという名称みたいです)、昨日から今週の月曜日から長男も通い始めました。

あ〜いよいよ長男も小学校に通うのか〜と日本にいながらにして僕が気になったのは、給食をちゃんと食べられるのか、ってこと。タイにいると妻のお母さんが食べさせてくれるので、日本へ遊びに来た時にひとりで食べることができず、僕の母が「食べさせなさい!」としつけていた記憶があります。その甲斐あってか長男も、日本からタイへ帰る頃にはひとりでごはんを食べるようになり、そして歯磨きもするようになりました。

しかしタイに帰ってからは長男もいつもどおり「食べさせて〜」となるので、僕が「ひとりで食べなさい」とブツブツ言っていたわけで、日本に戻ってきてからはその後どうなったかな〜と気がかりでした。

そんな僕の気持ちを察してくれたのか、妻が長男の写真を何枚か送ってくれたのですが、その一枚が冒頭の写真。給食をすべて平らげている写真。

なんでも長男のクラスではLINEのグループを設け、写真を投稿してくれる模様。ああ、こういう使い方なら親としては安心ですね。個人的には、そんなのいらねーだろ、って思いますが、こういう写真見て安心するのも事実。う〜ん、甲乙つけがたし。

1月の入学前説明会だったかな、そこで妻が教えてくれたのですが、給食を全部食べないと給食ルームから出してくれないのだそう。おいおい、そんなハードなのかよとちょっと僕自身がビビりました。

だって、昔からいるじゃないですか。好き嫌いあってどうしてもトマトが食べられないとか(保育園時代の僕がそう)、牛乳は飲めないとか、野菜を見るだけで泣いちゃうとか。そういう生徒って。

そういう生徒が泣いているのに給食ルームから外に出さないなんて、なかなかにオニな小学校だな、と。男子校ってそうなんですかね。そういえば男子校、僕通ったことないのでちょっと響きにドキドキ。

いずれにせよ、サマースクールはじまって2日は長男も全て食べられたみたいで、よかったです。妻もエライうれしいみたいで、喜びを表す絵文字を送ってきました。これまで長男にご飯を食べさせることに苦戦していましたからね(というか、お義母さんが、ですが)。

前々から思っていたことではありますが、子どもは環境の中で勝手に成長するものだな、と。フォークとスプーンでタイ式に食べるのだって、僕は難しいんじゃないかって思っていましたが、いつの間にかできるようになっていますし。

普段から子育てしている妻にはそんなこと言えませんが、親が思う以上に子どもは勝手に成長していくものなんでしょう。

1月の半ば過ぎに日本へ戻ってきて2ヶ月半が経ちました。およそ1週間後には久々のタイで2週間後はソンクラーン。

長男次男との水掛け祭りが楽しみです。

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「オリジナル」という不都合な真実。

ダイレクト出版さんのアプレンティスに参加しているとき、自分のレビュー以外に他の人のレビューを聞く機会がありました。たくさん書いて提出した僕の心構えとしては、寺本さんの時間を全て独占するというものだったので、人のものよりも自分のものをレビューしてもらうほうがうれしかったと思われがちですが、実はそうでもなく人のレビューを聞くとエライ参考になったものです。

寺本さんがよくレビューで話されていた内容に、「スワイプファイルを使ってください」というものがありました。スワイプファイル利用の是非はともかく、確かに多くの参加者はスワイプファイルを使ったとしても、ヘッドラインとかオープニング、はたまた価格のプレゼンなど一部しか使わない。売れていないのに「面白そうだ」「自分が好きだから」とそのセールスレターをスワイプファイルとして使ってしまう。または複数のスワイプファイルをつなぎあわせたものになっていたと思います。

ここから見え隠れするのは、ライターのエゴ的なもので、「自分が書きたいように書く」という姿勢。スワイプファイルを使うより、自分で考えたことを書きたい。オリジナルで勝負したい、というもの。う〜ん、私見たっぷりですが。

とはいえ、オリジナルで勝負したいと考えていながら使っているのは何らかのスワイプファイルだったりと、どっちなんだよと思ってしまうこともしばしば。これは、今思えばなんですけどね。

オリジナルかと思いきや、展開や訴求ポイントなどはどっかで見たことあるな、と思えるものばかりで客観的に眺めてみたらオリジナルでもなんでもない。

スワイプファイルを使いましょう、コピーはコネクトです(だったかな)、という考え方からすれば、スワイプファイルをマネすることが売れるコピーには必須ですから、まぁそれはそれでいいんでしょうけど。

スワイプファイルを使ったほうがいいですよ、という側の「利己性」も、同時にみておいたほうがいいんじゃないかと思います。人は、「利他性」のみで動くわけではないですから。

いずれにしても、スワイプファイルを使ってレジを鳴らせるかどうかって読み手との関係性ありきですから、その関係性次第ではレジが鳴ることもあれば鳴らないこともある。読み手の気付きレベルと関係性によりけりなんじゃないかな、と。となるとリサーチして読み手にフィットしたモノを書く必要が生じる。ココでオリジナルなモノを書く必要性が生じるとも言えるんじゃないかと最近は考えています(何をオリジナルと定義するかにもよりますが、ここではいわゆる売れたセールスレターをスワイプファイルとして使わないことをオリジナルとお考えください)。

しかしオリジナルも大事ですよって考え方は、スワイプファイルを推奨する側としてはうれしくない。自分たちのサービスが売れなくなる可能性もはらみますから。それに・・・スワイプファイルを使ってください、という言葉を使えないというのは、教える側の力量が問われます。やるとわかりますが、コレほど大変なものはない。「ココはあんな感じで」と言おうものなら、「あんな感じってなんですか?」となる。スワイプファイルを使えるならば、「スワイプファイル通りなので」という言葉で何とかなる。要は、ラクなんですよね。

そして実は、書き手にしてもオリジナルってしんどい。参考にするスワイプファイルがない中で書き上げていくのって「どうやって書いていいんだ」となる。時間単価を高めるためにもできるだけ早く書きたい。だから普段からスワイプファイルを収集していろんな切り口を蓄えておくのでしょうから。

つまるところ、オリジナルって不都合な真実なんだろうな、と。一見耳障りが良い、オリジナルがダメなんて言えない、アンタッチャブルなもの。でもオリジナルがいいですよとなると、ああ大変だ、となる。

コレはセールスレターに限らず、コア・バリューの発見や在り方の書き出し、ゴール設定やマスタープラン作成でも同じことが言えて、

「あなたのオリジナルを書いてください」

ってかなりしんどい。言葉の響きはいい。でも誰もオリジナルを考えない。実際「スティーブ・ジョブズらスーパーだと言われている人たちだって何らかの模倣ですよね」、なんていう。それは確かにそのとおりだし、僕も「真にオリジナルというのはこの世に存在しないのでは」なんて思う。なぜならそれはすでに「在る」からです。

とは言ったって、いわゆる「広義に」オリジナルというものは在るでしょうし、賢者舎のワイズマン今井先生がいう「アウフヘーベン」という考え方は、広義なオリジナルだと思います。

セールスライティングにしたって自分の人生にしたって、いい結果を生み出すのは大体において、ハタから見たら「よくそんなことできますね」って言うほどの修行僧みたいな選択だったりします。

要は世間一般に迎合しない。コレ、オリジナルと言ってもいいんじゃないかな、と。

常にオリジナルであれ。常に自分自身であれ。

木坂さんが放つメッセージに僕も、腹をくくりつつ在る今日このごろ。

P.S.
僕の場合、スワイプファイルでレジを鳴らせるかどうかは読み手との関係性、状況次第と考えているので、スワイプファイルを使うことも大事だし、オリジナルも大事だという立ち位置です。実際今でも毎日、スワイプファイルを手書きで写経していますし、一方で書くセールスレターはスワイプファイルを使ってないこともある(とはいえ、ロバート・コリアーや木坂さんのセールスレターのように、原理原則をついているものは自ずと活用していますが)。

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スワイプファイルという快楽。オリジナルという苦悩。

例えば僕の日課でいうと、「写経」というものがあります。セールスコピー、セールスライティングを学ばれている人ならば一度は聞いたことある「写経」。これは、売れた実績のあるセールスレターを手書きで書き写す、というもの。

人それぞれなので僕の主観で話をしますが、手書きで書き写すことによって、脳にその論理展開や語彙がインプットされやすくなる。だからこそ手書きがいいと自分自身で決めつけ、2014年の7月か8月以来、この写経を日課として毎日やり続けています。

写経についてはいろいろと話ができるので、もっと写経論を書きたいところですが、今日はタイトル通りスワイプファイルについてがメイン。

写経が大事とは言っても、売れたか売れていないかわからないスワイプファイルを写経するというのは、写経そのものが目的になっているようなものであり、レジを鳴らすセールスコピーを書くという本来の目的から離れている。つまり、論外なのですが(売れない型が身についてしまうから、と言われていますね)、じゃあ売れたスワイプファイルを写経するだけで売れるセールスコピーが書けるかというと、そうではないと考えています。

インプットとあわせてやるべきはアウトプットであり、いくら手書きでインプットしたってアウトプットしていなければ、その効果を実感することはないでしょう。学校のテストだって、「テストというアウトプット」があるから「テスト勉強というインプット」がある。インプットとアウトプットは車の両輪ということ。

では、売れたセールスレターをスワイプファイルとして手書きで写経した。それを実戦で使ってみた、つまりセールスレターを書いてみた。インプットとアウトプットを行った。これでそのセールスレターがレジを鳴らしたかというと、必ずしもそうではない。

実際、「スワイプファイルを真似したのに、売れるセールスレターにならなかった」なんて話は普通ですし、僕も「あなたは採用面接でこんな間違いしていませんか」のスワイプファイルを使ったのに売れなかったことなんて普通にあります。

これにもいろんな考え方があって、中でも根拠があるよねと思う考え方は、マイケル・マスターソンが“Great Leads”の中で述べている、「見込み客の気付きレベル」の話。これを僕は寺本さんから聞いたとき、なるほどな〜と思いました。

まぁ、スワイプファイルを使うという前提ならば、個人的にはヘッドラインだけとかオープニングだけとかでスワイプファイルを中途半端に使うよりかは、全部まるまる使ったほうがいいと考えています。なぜなら、論理展開を真似できることこそがスワイプファイルを使った方がいい一つの理由だからです。早く書けますからね。

しかし、論理展開が秀逸だって、レジが鳴らないセールスレターなんてたくさんある。じゃあ、どうするんだよ。テンプレートのようにセールスレターを書くなんてできない、簡単に書けないじゃないか・・・って思う人もいるでしょう。

「スワイプファイルを使えばカンタンに書ける」は半分ウソで半分本当、というのが僕の現時点での立ち位置。実際、ダイレクト出版さんのアプレンティスの課題や依頼された案件で、ビート・ザ・コントロールしてレジを鳴らしたのは事実ですから。1つや2つではなく、10案件以上は鳴らしています。これらはスワイプファイルを使って、です。一方、スワイプファイルを使っても1つも売れなかったものも他から依頼された案件であります。

スワイプファイルをまるまる使ったって、スワイプファイルを中途半端に使ったって、レジは鳴る時は鳴るし、鳴らない時はならない。

それはなぜか?

レジが鳴る時というのは大体において

*読み手の悩みをついている
*読み手が教育されている
*読み手が書き手に対して好意的になっている

こういう状況になっていたりします。例えばですが、スワイプファイルっていいですよ、コレあるとカンタンにセールスレターが書けますよ、実際私たちもスワイプファイルを使っていますよ、日本の売れっ子セールスライターさんはスワイプの必要性を説いていますよ、世界のセールスライティングの権威もスワイプは大事だと言っていますよ、と伝える講師や会社というのは、

「スワイプファイルはセールスレターに必須」

と読み手を教育していると言えるわけです。読み手はそれを良しとするならそれを信じる。すなわち、その講師や会社に好意的になる。だから、スワイプファイルを使ったセールスレターのほうが「売り込まれているとわかっているんだけれども、いいものだ」となるんじゃないかな、と。

思うに、セールスレターを見る前の状況で売れるかどうかは決まっている。スワイプファイルを使おうが使うまいが、どんな状況でどんな背景を持った人のどんな悩みを解決するのかにより、またその人たちとの関係性により、売れるかどうかは決まっているんだと僕は思います。

スワイプファイルを使ってセールスレターを書けるならカンタンだ。しかし売れないならスワイプファイルを使っても意味がないよね。でも・・・スワイプファイルを使わないでセールスレター書くのって大変そうだ・・・。

オリジナルを書くという苦悩がココで登場します。ある意味、スワイプファイルを利用するというのはラクなんですよね。勉強した気になるし、セールスレターを書いた気にもなる。何かのせいにできますし、これは快楽なんじゃないかと。しかし一時の快楽は長くは続きませんから、ちゃんとレジを鳴らすセールスレターを書けるようになる必要がある。

それで、オリジナルという苦悩。

コア・バリューの発見にしても在り方を書き出すにしても、自分と向き合うってことはとてもキツかったりします。口ではオリジナルになりたい、オリジナルを生み出したい、オリジナルじゃないと価値が無いと言っておきながら、その言葉でさえも他の人が言っているもので、オリジナルじゃないよね、と。オリジナルのほうがいい。コレは皆言うじゃないですか。誰もコピーやイミテーションのほうがオリジナルよりいいなんて言わない。多くはオリジナルが大事、オリジナルこそがいいんだなんて言う。

でも、それがオリジナルじゃないなんて誰も思わない。コピーですよね、この言葉さえも。

考えるに、人はラクをしたい生き物なんだと。だから主張をせず、人と同じことを言う。世の中で良しとされているものを鵜呑みにしてしまう。

セールスコピーでも人生でも、オリジナルにならなければならないと気づくのは、苦悩なんだなと。誰もがオリジナルでありたいと思う。けれどオリジナルになるのは自分と向き合うことと一対だし、そんなメンドクサイことはしたくない。だから世の中に同調する。セールスレターにスワイプだよと言われたら「そうだ」という。なぜスワイプファイルを使うべきなのかを考えない。オリジナルを見ようとしない。

オリジナルという苦悩。

セールスコピーに限らず、コア・バリューや在り方の発見をしなければという状況に直面したとき思い悩むのは、コレこそ避けて通れないハードルだと知っているからだと思うんですよね。

僕と出会ってから、自分と向き合って考えざるを得なくなったんです、のような話を頂いたことがありました。なぜ考えるかというと、「自分とは何だ」という問いをコア・バリューや在り方という話を通じて僕がするからなのだと思います。

一朝一夕に答えが出るようなものではないけれど、永遠に答えが出ないものでもない。厳密には、コレはロマンを求めるような話であり、ステージが変わるごとに変化するものでもあると思います。明確な答えなどない。

清濁併せ呑んで、ステージを上げていきましょう。

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ダンコレ。オトコのロマン。

名古屋に着いてビビった。

それはなぜかというと、上の写真。「メイドカジノ」とあるのだが・・・これを最初僕は読んで字のママ、「カジノをつくった」のか〜と思ってしまった。カジノをつくったなんて、こんなデカイ看板で発表しちゃうなんて大胆よね、って感じ。

しかし、しかしだよ?

最初は「メイドカジノ」に釘付けだったのでよくわからなかったのですが、これを見てから3秒後に、なんか違和感が。おちついたのか、全体を眺められるようになるとその違和感の正体が明らかに。

そう、「メイド」は“make”の過去形“made“ではなく、「おかえりなさい、ご主人様」のメイドだったのだ。

なんだよ、その「メイドカジノ」かよ、と。何でもメイドさんを登場させるなんてスゲーな、やっぱり名古屋は最先端だよ、なんて思っちゃいました。

バンコクに家族がいる僕にしてみれば、メイドさんと言ったら家政婦さん。雇うハードルが高くないこともあり、洗濯と掃除のみ週3日でお願いするとか、割とタイでは普通です。

この視点からすると、日本の場合はちょっと異文化ですよね、たぶん。メイドさんが家政婦さんではなくて、そっちのメイドさんなんて、日本の文化だよな、って思う。

エライ私見たっぷりですが、メイドさん文化が流行るのってオトコのロマンというかね、存在意義をかけた葛藤がそこにはあるんじゃないかな。

ちょうど手元に『自殺論』という、フランスの社会学者デュルケームが書いた本があるのですが、「なぜ自殺が起こるのか」について研究したこの本は、その原因を利他的なもの、利己的なもの、無秩序状態によるもの、宿命的なものという4つに分類しており、これがなかなか参考になります。存在意義の喪失がどういう現象を引き起こすのかについて考えていたら、この本が目に止まったので。一つの解釈として、なるほど〜と。

まぁ、その話は置いておいて、やっぱりオトコたるもの理由もなく没頭できるものがほしい、でないと存在意義を認識できない、ってわけで、最近僕がその熱量にときめいているのが、ダンコレ。

ダンコレについてはまたいずれ紹介しますが、ダンディズムあふれる男性の身だしなみを提案し、紳士たちの社交場のようなモノをつくりあげることをひとつのコンセプトにしています。世の男性たちを自信に満ち溢れさせるというか。やっぱり男性にとって、女性からの視線はもちろん、紳士からの視線もまた、オトコになるためには必要だと思います。これだけではないですが、視線がオトコを鍛えるというかね。

見られてこそ、研ぎ澄まされていくんじゃないかな、と。

2016-03-26 11.19.09

ちなみにこのダンコレジャケットを着ていたら、エライ遠くにいたアメックスの営業マンが「カードつくりませんか」と人をかき分け飛び込んできました。そのあまりの迫力に躊躇した僕はもちろん、目をすぐそらして何も見なかったのようにスタスタとその場を離れたのですが、スーツ姿の人をメイン営業対象にしているとはいえ、着ているものって大事だな、と。

しかし着ているものが違うだけで、自分の存在価値が高まるように感じるのだから、不思議なものです。

ファッションコーディネーターに1日8万円とかかけてコーディネートしてもらいたいって気持ちが、よくわかりました。この色合、自分一人ではまず買わないだろうな、って思うので。

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名古屋へ。700系じゃないグリーン車って電源ないのね・・・

対面セッションしに行くぜと10時59分発の博多行き新幹線に飛び乗り、席を探すも、ない。飛び乗ろうという言葉の通り、もちろん席は自由席だったのだが・・・ああ、今日は土曜日だったのね、と仕方なく指定席へ。しかし指定席もいっぱいいっぱいっぽい。コレはどうしたものかと自由席と指定席の連結部にてちょうど見かけた乗務員(男性)にタイから帰ってきた好青年のように「指定席、開いているでごじゃりますか?」と聞くも、「今日はいっぱいなんですよ」とちょっとにやっと笑って返す。「一番奥の喫煙車両なら開いているかもしれませんが」ともきたので、それは遠慮するでごじゃる、とつぶやく。

そこで、「では、グリーン席はいかがかね?」とややダンディズムを漂わせて聞くと、少し視線を上げて「グリーン席も相席なんですよ」と答えになっているんだかなっていないんだかという言葉を返す。「つまり、開いているってことかね?」ともう一度質問すると、「相席ですが」と返す。

世の中の人が皆相席を好きでないなんて思うのは思い込みに過ぎんのだよ、とおなかの中でつぶやき、しかしその乗務員(男性)から購入するのはなんとなくよろしくないので、ひとまずトイレに行こうとグリーン席方面へ。

用を足して外へ出ると、ちょうどおしぼりを配り終えた乗務員さん(女性)が目の前に。身を乗り出すかのように「あ、あの!グリーン席、開いているでごじゃるか?」と再び好青年を演じて訪ねてみると、能面のような表情で「はい」ときた。まぁ、新幹線の乗務員さんだからこんなこともあるよね、と思いつつも今度はダンディズム溢れる感じで「通路側ならどこでもいいのだが」と言うと、やや間を開けたからエライ笑顔で「お客様、ただ今切符を発券できるものが別の車両に行っておりますので、ひとまず9号車の14A席をお取りしました」ときた。

え、A席って窓際だろう?お嬢さん、とおなかの中でつぶやき、しかし彼女の笑顔に押し切られて「きっと通路側が開いていないのだな」と勝手に解釈して9号車へ。なんだよ、ガラガラとは言わないけど、相席じゃなくてもいいじゃねーか、と第一声。

やっぱり自分の目で見て確かめないとね、ってことですね。

どうもこの新幹線は700系じゃないからなのか、車内でインターネットや電源を使えない模様。インターネットもダメだったっけな・・・と思いつつ、まぁ、ブログは書けるから書いておこうとメモ帳を立ち上げてライティングしています。

そして新幹線といえば、スジャータのアイス。ちょうど先ほどワゴン車が通りかかったので、「あ、アイスください!」と売り子さんに注文。で、撮った写真がコレ。

新幹線といえばこのアイスなんですが、この間博多に行った時も購入。以前セルフイメージ先生の小坂さんと新幹線に乗った時はアイスを買ってもらいました、そういえば。

このアイスの特徴というのはやたらと固いこと。しかし今日は窓から注ぐ日差しが暖かなので、そろそろ柔らかくなってきたかな、って状態。では、アイスを食べてみたいと思います。

名古屋での対面セッション終了後は東京へ戻り、明日は小坂さんたちとのマスターマインドミーティング(ミスターモデリングこと中平さんが言うに、セルフイメージアップマスターマインドとのこと)。

さて、名古屋に到着しましたので、今日はこのへんで。

P.S.
後藤伸正さんのビーコン秘話、結構な気付きがあるようでよかったです。ちなみに後藤さんのブログはこちらです。
Just do it!

日々の経験や考えていることを書いているので、即効性のあるアイデアなんかも得られるかもしれません。なんか近々、メルマガもやるんですよ〜なんて言っていたような・・・。

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29日から31日のスケジュールをブロック。なぜなら

現在、渋谷にいます。ワイルドサイド部のモッチリーニさんのようにシュッとしたスリム体型へと変身したいマッチョな僕は、マッチョな男にピッタリのスターバックス渋谷公園通り店でマッチョじゃない女性たちに囲まれながらライティングしています。

もちろん飲み物はマッチョなアメリカーノ。エスプレッソやドリップは苦味が強すぎてとてもとても飲めません。やっぱりマッチョはアメリカーノよね。

それで、モッチリーニさんのことだからきっと集合場所は渋谷だろうと先回りしていたら、先ほどFacebookでメッセージが届いて「新宿のここで19時にていかがでしょう」と来ました。いや〜実は新宿ならありがたいな〜なんて思っていたので、先回りした自分には笑いつつもモッチリーニのマッチョっぷりに、「やはりオトコはこうでなきゃならんよね」とニヤニヤ笑ってライティングしている次第。

僕の両隣は一心不乱にスマホをヌチヌチ弄る女性なので、僕の笑いには気付かない模様。う〜ん、両手を伸ばせば肩を抱けそうな距離感なのに、この距離の遠さ。日本、大丈夫か?って思っちゃいましたよ。

今日の日中にお会いした方ともそんな話、いやいや、日本とか日本人とかの話をしたので文化風習とか考えている人が周囲に増えているな〜と感じています。存在意義とかね、やっぱり必要なんじゃないかなって思う。

まぁ、そんな大上段に存在意義とか語る前に僕の存在意義はどうなのよ、ってわけで、29日から31日までスケジュールをブロックし(一部です)、ライティングすることにしました。

ライティング題材は、ダンディズムと集客メディア。ミスターフィクサーから引き受けている案件のランディングページとニュースレターをこの3日間で書くことに決めました。

2015年の10月以来、セールスレターなどのライティングを自分が書く時間を意図的に減らしてきましたが、木坂さんのセミナーに参加したこととミスターフィクサーの熱量に触れたことから、久々にセールスコピーを書かなければならない使命感に燃えています。オレが書かなきゃ誰が書くんだと。レジを鳴らすのはオレの存在意義だ、って感じです。

僕が今の立ち位置にいるのってやっぱりセールスコピーのおかげ。僕という人物の他者理解を少なからずつくっているのは、セールスコピーなんです。だったらこのスキルは磨き続けないとならないし、ちゃんと人に伝えないと。

まさに「山があるから登るんだ」というロマン的なものの他に、License to beatではセールスライティングクラスを1つ設ける予定なので、僕の書き方を体系的にしておこうという意図もあります。

ビーコンで引き受けているオウンドメディア記事については、京都日々新シークレットサービスを活用してレクチャーしてもらおうと考えているのですが、その次のステップとしてはやっぱり「書きたい」と人気のあるセールスコピー講座もやる必要がある。フロントエンド用コピーとステップメール、バックエンド用コピーとか。

このあたりを整理するために、29日から31日はライティングに集中しようと考えました。License to beatです。

自分という器をつくるクラスでは、コア・バリューや在り方、ロマンを発見する講座とワークショップ、そして奈良や鳥取、島根などに加えてタイやカンボジア、あるいは(僕の希望としては)トルコ合宿など、年に2回の合宿をカリキュラムに。

スキル・テクニックという器をつくるクラスは、セールスコピーのスキルアップに必要なオウンドメディアライティング講座やセールスライティング講座、そして実戦編としてビーコンから依頼される案件を毎週こなしてもらうカリキュラムに(もちろん実戦なので対価としての報酬は毎月手にしてもらいます)。

思考という器をつくるクラスは、賢者舎のワイズマンに僕と一緒に学ぶカリキュラムに。

近々、これらについてのお知らせを再開しますので、早く知りたい方はメルマガに登録しておいてください。

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