何を求められているのか?

自分ほど自分のことをよく知らないとはよく言ったもので、「オレはこういう男だ」と思っていてそれを伝えても、「え、そうなの?」とか「ふーん」と返されることって結構ありがち・・・だと思うのですが、いかがでしょう。

ビーコンのブログをご覧の方々にはおなじみのことかもしれませんが、僕がタイの記事を書いても読まれず、セールスライティングのことを書くと読まれる、という事実があります。

ページビューが増えるのは数字でわかることですので、どんなに僕が「そんなまさか」と思っても、セールスライティング記事のほうが数字が多いわけだから、その事実を認めないわけにはいかない。

個人的にはタイのことを書きたいし、思考と思考のはざまの話とか宇宙にオーダーの話とか願えば叶う的なことも少しは書いてみたいと思うけれども、そして実際に書いたことはあるけれども、

ページビューを見る限り、読まれてない。もうこれは、個人的には少しショックなのですが、事実なのだから仕方がない。

もちろん僕のことを知るキッカケというのは、ダイレクト出版とかセールスレターとかなのですから、セールスライティングのことを知りたいというのはよくわかります。

しかしその読者さんの願いをいつぞやから忘れてしまい、いやいや、これだけ人が集まってくださるのですから、きっと「オレ個人」に興味があるに違いない、というのは傲慢の始まりというか、そんなふうに考えるようになりました。

僕のセールスライティングスキルに惹かれるからといって、僕の生活そのものに惹かれるとは限らない。もちろん逆も然りで、両立することもあるでしょうが、事実はまず、セールスライティングなんですよね。

これが、ビーコン読者の大部分が僕に求めていること。

好きなことを仕事にしたほうがいいとかも聞くようになりましたし、もちろん僕は本音で動いたほうがいいと思いますので、好きなことを仕事にするのはいいと思います。

しかし、求められていることこそ、お客さんが僕自身に感じている価値なのだから、それを好きではないと、その価値を認識しないというのは、より良く生きるためにはどうなんだろう、と思うんですよね。

礼儀のようなものなんだと、僕は考えています。

面白いのは、家族とか学校とか会社とか友人とか、属するコミュニティーに応じて役割は異なることもある、ということです。『7つの習慣』でも役割のことは書かれていますね。

自分がどんな役割を求められているのか。

人と会って話をするときなどは、観察してみるといいかもしれませんね。もちろん、セールスライティングをするときも、リサーチの時にこの見方は使えますから、試してみてくださると。

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ライティングの手が止まった。そんな時にチェックしてみるべきこと。

セールスライティングクラスに限らず、このブログをご覧の方、僕に興味を持っている方は少なからずライティングを生業としていたり、今後はライティングで独立しようとしていたり、と考えていらっしゃると思います。

僕はここ2年ほど、コーチングやLicense to beatやセミナーを開催するなどしており、クライアントさんから依頼されるプロジェクト的な仕事もありまして、

結果プロモーション全体のライティングは増えているものの、毎月納品する1本いくらのライティング案件の数は減っています。

しかし3年前から1年前にかけては、それこそ毎日のようにセールスレターなりニュースレターなりを書いては納品していました。

小野さんは手が止まることってないんですか?と聞かれることもありましたし、どうなんだろうと思われる方もいると思いますが、手が止まる、というよりも文章が出てこない時は確かにあります。

しかし、必要なので書かなければならない。

そんな時にどうしていたか。あらためて書いておきたいと思います。

*リサーチ不足でないか?

まず僕がチェックするのはここ。いわゆる読み手や見込客のリサーチ、商品やサービスのリサーチ。

リサーチ結果を事実として並べられないようであれば、まずリサーチが不足していますし、〜だと思うとか〜らしいのように伝聞推定のカタチでリサーチ結果が並んでしまった場合も、リサーチ不足だと判断します。

この場合の自分に向けた処方箋は、急がば回れでして、

すなわちリサーチをきっちりやるということです。

この時役立つのは、例えばですがダイレクト出版さんで発売されている15ステップリサーチだったかな、そういったものと、

確かセールスライティングスタートアップガイドにも書いたと思いますが、そこに書いてあることをただやる。

急がば回れとはよくいったもので、実際に体験することに勝るリサーチはない。

見込客を観察することもそうで、一足飛びにリサーチできると思ったらその傲慢さを改めるべきで、たんに自分の思い込みでリサーチのようなことをしていたと気づくときもあります。

だから伝聞推定ではなくて、事実としてのリサーチ結果、素材を机の上に並べられるか。

これを僕はチェックするようにしています。

*アウトプットは日々の習慣になっているか?

最初に紹介したリサーチはいわばインプットですが、インプットと両輪であるアウトプットを、毎日の習慣にしておく必要があります。今でこそその意味は変化しておりますが、もともと僕がベネマンのブログを始めたときというのは、毎日書くことで文章の引出しを増やそうと考えていました。ダイレクト出版の小川さんが、毎日書いていたのに書かなくなったらパフォーマンスが落ちた。だから、1日3000文字をノルマとして書くことを課してみたらパフォーマンスが良くなった、みたいなことを知ったことも、動機になっています。

僕の場合は1日3333文字以上、1ヶ月で10万文字以上をノルマとして書き続けたのですが、すると文章が指先から出てくるようになっていました。これは徐々に変化するので劇的に変わるかというとそうではないですが、ある時2時間かけて書いていたブログが、15分でできるようになっていたりします。

この時、インプットした言葉を意識せず、「考えずとも」アウトプットできるようになっているわけですが、手が止まるときというのは「考える」とか「悩む」とか、そういう状態の時でしょうから、考えずとも書けるようになれば、手が止まらなくなるのは、まあ当然なんですが。

経験ある人なら、わかると思います。ああ、そうだよね、と。

少々大雑把な話ですが、考えずに書けるように毎日アウトプットする、これを意識して書き続けてみてください。

車も自転車もスキーも、考えてはやりませんよね。身体が反応する、という感じでしょう。

ライティングも、同じことができます。

*ヒマなのではないか?

これを認めることは勇気が必要ですが、考えるというよりも悩んでいる状態というのは、ヒマだからと僕は考えています。

まさに目の前に危機が訪れていて、即断しなければ命の危険が、という時に、「手が止まってしまって」なんて悩まない。

だから、そういう悩む時間がある分だけ、ヒマ、もしくはヒマのような状態なんだと認めてみるといいかと。

その後どうするかというと、まず締め切りを決める、かつ予定を入れる、しかもライティングに関係のない予定ですね、デートでもいいですし、ナイターを観に行くのもライブに行くのもいいでしょう。

リラックスする効果もあるものだと思いますが、締め切り時間が差し迫るほどに、僕らは「どうすれば納期に間に合うか」とシンプルに考えるようになります。

これは自分を追い込むというよりも、脳の習性みたいなものを利用する感じです。

1時間使っても3時間使っても出来栄えは変わらなかった、というのは割とある話だと思います。僕自身も、そういう経験はしていますし、納期が短いほどにシンプルに考えて書くようにしていました。

だからあえてスケジュールを入れる、というのを試してみるといいでしょう。ただし、納期は決して延ばさないこと。クライアントさんには「約束の時間までに納品します」とあらためて伝えた上で、スケジュールを入れて書くようにしてくだされば。

以上、参考になれば幸いです。

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「この本のレターを書くときは一通り読まれてからレターを書いていたのでしょうか?」

今日は京都に来ておりまして、これからオウンドメディア記事の書き方講座をシークレット開催。

シークレットというより、変則的な募集をしていたので気づかなかった方もいると思いますが、うまくできれば一般募集を開始、という感じにて考えています。

内容は、半日のセミナーでライティング実績をその場で獲得、もちろん報酬も獲得できるというもの。実戦で書いてこそと僕は経験上考えているので、そういう場をどうすればよりよくできるだろうと、思案中。こういう環境であっても書かない人はいるので・・・毎日あーしようこーしようと考えています。

今日参加するメンバーの、その後のライティング具合を見て、改善していいものをつくっていければ。

ちょうど質問が来ていたこともありまして、セールスライティングクラスの話題を。

このクラスではオウンドメディア記事の書き方を最初に学び、その後はビート・ザ・コントロール株式会社が発注するオウンドメディア記事を書いてもらうこともでき、もちろん実績として使うこともできますし、報酬も獲得することができます。

今のところ、クラウドソーシングで獲得するライティング案件に比べると報酬単価は高い方みたいでして、実績ゼロから営業をかけてライティング案件を獲得していった後藤さんは0.3円で書いていたと言っていましたから、それに比べると3倍以上の文字単価設定。

ただこの単価も、いつまで継続することができるかはわからないですが・・・需要と供給のバランスがあるので。

しかしここ2年ほどはこの単価をキープできているので、これからオウンドメディア記事の種類が増えるかもしれないことを考えると、2017年は大丈夫かな、と個人的には思っていますけど・・・どうだろう。

現在セールスライティングクラスに参加するメンバーのなかでは常時20万円前後の請求書を出してくる人もいますし、ゼロからライティングをはじめて今では10万円の請求書を3ヶ月連続で出してきているメンバーもいます。

もちろん、セールスライティングクラスという名称なので、オウンドメディア記事のみならずセールスライティングも学べるクラスでして、つい最近までやっていた課題というのは、あるセミナーをセールスするためのセールスレターを書く、というもの。

これも実戦の場を用意して、その人の書いたレターから集客できたら成果報酬を渡すなどする予定。

それで質問というのは、このセールスライティングクラスに参加するメンバーから来たもの。

このクラスはグループということもあり、基本的に個別に回答することはしておらず、その一つの理由に、利己と利他のバランスと言うか、そういうものがあります。

誰かの質問が、他の誰かに役立つこともある。そういう提供の精神的な、そういうものも大切ですよね、ってことで。

今回貰った質問というのは、全部で3つ。

セールスライティングクラスにおいて、セールスレターを書く際に使いやすい、僕が書いたものを資料として配布したのですが、そのセールスレターにグイグイ前のめりになって。これは買いたい〜となったとか。

本のレターということは、僕がダイレクト出版さんとのスプリットテストで勝ったものということですから、数百万円とか数千万円は売れたものであるはず。

そのレターをスワイプファイルとして使う場合の質問のようで、良い質問だな、と思いましたので、順番に回答していきましょう。

1)この本のレターを書くときは、一通り読まれてからレターを書いていたのでしょうか?

(小野回答)
一通り読むことはもちろん、一度は写経しています。手書きで書き写してから、あるいは過去に写経していたセールスレターをスワイプファイルにしています。

手元にスワイプファイルを置きながら書いてもいいのですが、スワイプファイルの価値というのは「全体の構成」「流れ」にあります。売れる構成と言うか流れになっている。だから引き込ませることができる、ということです。

だから全体の構成、流れを意識して使う必要があります。

スワイプファイルを見ながらのライティングは部分に焦点を当ててしまう危険をはらむので(ダメということではないです)、個人的には全体の流れを音読したりしながら把握し、その上でスワイプファイルとして使うことをオススメします。

2)文面の言葉の言い回しはスワイプですか?それとも小野さん自身から生まれている文脈でしょうか?

(小野回答)
どちらもあると思います。「小野さん自身から生まれている」という方、厳密には、僕自身から生まれているというよりは、読み手の使う言い回しにを使っています。読み手にとって違和感なく読めるレターを意識していますので、スワイプファイル通りの言い回しで違和感なければそのままで、違和感あれば読み手の使う言葉、言い回しに変更します。

どうすれば読み手が違和感なく読み続け、購入ボタンを押すか。考えていることはこれだけです。

3)ペルソナはご自身で設定されたものですか?

(小野回答)
ダイレクト出版の寺本さんが聞いたら苦笑するかもしれませんが、僕は全て自分をペルソナとして設定していました(例外もあります)。その理由はセールスライティングクラスで話していますので、収録映像を観て復習してほしいのですが、客観的かつ主観的に書くためにも、この方法は一理あると思います。くれぐれも主観だけ、客観だけで書かないことです。

以上、お役に立てば。

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公正であるということ。

昨日はグレートジャーニーの初回、オープニングセレモニーを開催。

オープニングセレモニーの前日にはVIPコースのプライベートセッションがありまして、2日続けてのグレートジャーニーイベントとなったわけですが、参加動機を聞いていると結構な驚きがあったり。

「左手に小野さん、右手に島田さんて贅沢ですよね」

みたいな話を聞いた時は、めずらしく聴き取れたわけですが、え、そんな感じで捉えられているんですか、と思ったし、

License to beatから参加するメンバーの話を聞いたら、

「かつては会社で相談したくなくとも相談せざるを得なかった存在だったのに、今ではお金を払わなければ相談できないなんてうんぬん」

なんて言っていましたし(これはたぶんです)、なんというか、自分のことって自分ではわからないものだな、とあらためて思ったわけです。

僕自身は意識していないどころか、そういう風に感じてもいなかったけれども、人は行動と結果でそういうふうに感じ取っているというかそんなことを感じた次第。

以前、小坂さんともそういう話をしたことがありましたが、講座などに参加する人たちよりも、主催する側のほうが学びがあるというか、そんなことを思い出しました。

何らかの価値を感じてグレートジャーニーにも他のプログラムにも参加するわけですから、そういう話を聞いていると、僕自身も対価はちゃんと区別しなければならない、と思ったり。

島田さんが、クレイジーパパもグレートジャーニーもコンセプトが違うので、と言ったのですが、これ、そうだよな、必要だよな、僕も思ったんですよね。

License to beatに参加し、かつグレートジャーニーに参加する人もいる。

両方のプログラムで僕が同じことを喋っていたり、同じような対応をしていたら、「片方に参加すればいいんじゃないか」って思うわけで。

僕個人としては、そんなこともありますよねとゆるく構えていたとしても、両方参加する人たちの側から見たら、どうだろう?

最近はこんなことをよく考えています。求める価値に応えることができているのだろうか。

これはLicense to beatをはじめたときからそうしているのだけれども、チャットワークとかで個別返信するのは、基本的にマンツーマンでやっているタレント化プログラムかビーコンコーチングだけ。

そういうふうにしているのも、参加するメンバーの求めるそれぞれの価値に応えるため。

実際自分がプロモーションする立場ならば、グループセッションを行っているタレントさんには「個別対応しないほうがいいですよ」と言うでしょうし、良かれと思ってタレントさんもやっているのなら、そういう気持ちを慮ったら言いづらいこともあるけれど。

コミュニティやプロジェクトを公正に運営していくというのは、それらに応じた線引き、距離感は大切なことなんだと思います。

今回、島田さんのクレイジーパパ、プライベートセッションがあるエグゼクティブコースに参加して、何が驚いたかって(想像はしていましたが)、島田さんの提供するものがガラッと違う、ということでした。

2015年から、特に2016年は木坂さんのマスタークラスにも参加していたこともあって、時折プロモーションのやり方とかそういうアドバイスを耳にしたことはあったけれど、

今取り組んでいるグランドデザインなんかは、これこそ見込み客の脳に飛び込んで行うコンサルティングだよね、というもの。

プロジェクトのスタートと似ているのですが、例えば僕が稼げるならば売るものはなんでもかまわないタイプなのか、稼げるとわかっていても情熱をもてるものでなければやらないタイプなのか、そういうものを雑談や質問から確認した上で、こういう風にした方がいいですよね、と提案してくれます。

島田さんが開催するランチミーティングとかワイルドサイド部に参加したことがあるなら、引き出しがエラい豊富なことに気付くでしょうし、相談すれば何らかのアドバイスっぽいことをしてくれるから、実際これが効果的だったりするのだけれども、だったら今の関係性をキープできればいいんじゃないか、って思ってしまうんじゃないかと思う、そういえば。

でも、やっぱり想像通りなのだけれども、その人のステージとか、どこまで踏み込んでくるかで島田さんの対応は変化しているんですよね。

ああこれは配慮だよな、って思います。例えばですが、200万円とか300万円の着手金と売上に対するロイヤリティを投資してでも顧問になって欲しい、という人への配慮。

だから主催する側は、複数のプログラムをやるなら明確にコンセプトをわけているかどうか。

参加する側は、そのコンセプトを良しとしているかどうか。そのコンセプト以外を期待していないかどうか。

これが大切なんだと思います。

ビーコンが主催する講座とかプログラムは、参加する人が何らかのかたちで成長することを約束するものなので、長期的にその人が変化するかどうか、に焦点を当てることが大切。

僕もこの程度ならいいだろうとついついサービスしてしまうことがあるけれど、そういう風に甘えてばかりもいられない自分を感じつつ、求める価値に対して公正でなければ。

そんなことを、考えました。

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自己重要感は、没頭した時に与えられるもの。

PAPA PAZZO STORONZO PROGRAM・・・クレイジーパパのほうがとおりがいいのかな、このコミュニティに参加している関係で、岡本敏子さんの著書を読んでいます。

岡本敏子さんのことを僕は知らなかったのですが、岡本太郎さんの秘書でありパートナーであり、といった女性。

僕自身、言葉にできなかった言葉を持っている人だな、と二人に対して思うとともに、エラく興味を持ちました。

ある著作を読んでいた時にふと気づいたのが、自己重要感とかセルフイメージとかってどうすれば高まるのか、というもの。

そう気づくに至ったキッカケとなる文章を引用すると

生き甲斐が見つからないと言う。生き甲斐はいつだって、いま自分の足もとにあるのよ。それを見ていないだけ。

生きている、いま。そのいまを精いっぱい輝かさないで、何が自分なんですか、と言いたい。

私は岡本太郎と共に五十年走ってきた。自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった。十分に、ギリギリに生きた。極限まで。

だから、自信をもって言う。そんなことを考えるヒマに、一歩踏み出しなさい。踏み出さなければ、なんにも始まらない。

(『いま、生きる力』岡本敏子著/青春出版社刊より引用)

今ここが大切ということは僕自身そう思うし、今ここが大切であること、今ここに没頭するには自分のコアとかルーツとか、そういうものに素直だからなんだと思います。

よく世間で言われるような、「自分らしく」という言葉の意味を僕はよくわからず、しかしそういうものを求めて少なくとも、悩んでいるだけというか、何も行動していないというか、「生きていない」のであればそのままでいいはずがない。

僕はあまり使いませんが、「本当の自分」というたぶん聞き心地がいいんでしょうね、そういう言葉にすがり、たとえばバックパック背負って旅をし続ける人もいますが、そんなことしたって自分なんか見つかるはずがない。

今ここで何かに没頭している自分。

それが自分であり、言いたくないけどあえて言うならば、本当の自分であり、

もっと言ってしまうと、全て本当の自分だろうと、僕には思えます。今ここで行動する自分の姿が、他者理解を生み出すのですから。

ああ、話がそれました。

それたついでに、今ここが大切、かつコアとかルーツが大切だというと、「どっちが大切なんですか」なんて聞いてくる人もいますが、どっちも大切だろうと僕は思います。

今ここが在るのは過去が在るからなのだから。

すべてつながっているわけだから、今ここが大切なら過去だって大切。

どちらが大切ですかなんて、答えなどない。

もちろん、今ここに没頭することなしに過去を見てばかりいたって何も生まれない。それこそ岡本敏子さんの言うように、「自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった」に同意でして、過去ばかり見ている人、悩んでいるだけの人は、ヒマなんだと僕にも思えます。

むしろ今ここに没頭すること、一歩を踏み出した結果、不思議なもので、過去を思い出すことだってある。

ああ、これがオレのコア・バリューなのかもしれないな、そんな感じ。

身体性を伴った動きと記憶は連動しているのだと僕は考えていますが、なんというか、今ここを大切にして本音で行動すると、自ずと過去を思い出すってよくあるし、経験したことがある人もいらっしゃると思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と悩まれる方は、今ここに没頭してほしいな、と常々考えておりまして、つまりは人からの評価を忘れた時、評価されるものだと僕は体験しているからです。

昨日チャットをしていた時に、僕を「いつも一生懸命に、前向きな」と表現された方がいました。僕自身は、そういう認識はなかったし、そういう評価に感謝するわけですが、

自分のことで恐縮ながら、自分自身で認識がないことを人は見てくれているものなんだと思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と感じているならば、まずやるべきはFacebookとかメールとかインターネットから自分自身を遮断し、どう評価されているんだろうとか思うヒマのない環境に身を置き、今一番大切なことを一番大切に、没頭して行動することです。

すると自ずと、評価されるようになります。自ずと自己重要感やセルフイメージも高まります。

自己重要感やセルフイメージを高めるものは、言葉ではなくて、行動。

一歩踏み出して、また一歩と踏み出し続けましょう。

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スケジュールを入れる時の考え方。

ワイルドサイドの島田さんがいつぞやのブログに、木坂さんの言葉を引用しつつ、僕はスケジュールがなさそうなのにうまくスケジュールをとっている、というようなことを書いていました。

それで気づいたことを今日は書こうかと。スケジュールに余裕がない!時間がない!と思っている方の参考になれば。

島田さんも書いてくれていましたが、そもそもとして僕はスケジュールに余裕がない、と考えたり発言したりすることはそうありません。

厳密には、余裕がないーと唸っていることもありますし、何かに集中していて歯を食いしばって目に力を入れて、ぐぬぬぬぬ、とやっていることもあります。

しかしそれでもまだやれるという感覚の方がウワテに来る。

3日徹夜するとか1週間ベッドや布団で寝ないとか、そういうことをこれまでの仕事でやってきましたし、それと比べたってまだまだと感じますし、仕事の種類や質が変わったからってやらない言い訳にはならない。

だから、実際にこんなものではないと思い込んでいるので、実際にやれる。

もちろんこんなふうに動くことは、誰もができるとは思うけれど、「なぜ」がないのにできるとは思いません。

一方、

確かに上に述べたような話も大切だと思いつつも、そもそもの基準値みたいなものが高くない場合、僕のやっていることは異様かもしれないので、

むしろこっちの方が大切かもしれないということも書いておきます。

それは、スケジュールの優先順位を人基準にすることです。

僕の場合、この基準をもとにして予定を決めていますので、その人以外のスケジュールは移動させるようにしています。

僕が主催する講座やプログラム参加者、プロジェクトチームメンバー、そして僕が参加する講座やプログラムを主催する人。

セールスライティングやプロモーションのクライアントさんもそうですね、もちろんこの場合は全員ではありません。

これらを優先させると決めているから、仮にスケジュールが埋まっていても、ズラすように動く。

だからハタから見たらスケジュールがいっぱいのように見えても、僕自身はそうでもないと思っている。

もちろん、その人とのスケジュールを優先させようと決めるのも、コア・バリューとかマスタープランとか、理想の一日次第です。

こう考えると、一足飛びにはできないものだということにも気づきます。

何を学ぶかより誰からそれを学ぶのか。
誰から学ぶのかより何のためにそれを学ぶのか。

順番があるし、順番も、原理原則の一つだと僕は考えています。

いつもと同じこと書いたかもしれませんが、違う視点から書いているようにも思います。

参考になれば。

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集中していたら妹をニラみつけた件。

割と兄弟仲はいいほうだと思いまして、妹には優しい兄貴だと思いこんでおりますが、先ほど妹が僕の肩を叩いて「ねえねえ、これさあ・・・」とか言うので振り返ったら、

思わず飛び出した一言が「何だよ」でして、妹がビビっておりました。

最後に妹を泣かせたのは妹が18歳の頃でして、車の免許を取ってうれしかったのか、「お兄ちゃんドライブ行こうよ」と言っていたので「いいよ」と答えたものの、

その後も何度かドライブドライブ言うので、「うるせー」と一喝。

すると二階に上がってしまい机に向かって泣いているじゃありませんか。そんな思い出があります。

さすがに妹も30歳になっていたので、あ、泣かしたのは12年も前なのか・・・今日は泣きこそしませんでしたが、いつどこで震えだすかわかりませんから、家にいて集中することは両刃の剣だな、と思った次第。

一人で集中したければ一階の美容院で仕事すればいいのですが、ほら、今って寒いじゃないですか。だから二階のほうが暖かくて離れたくないわけですよ。

おっとここまで書いて、オレはやらない理由を書いているにすぎないのではないかと客観視し、まあ妹を泣かせるなんてめったにあることではないので、そういうことこそむしろラッキーと考えたっていいよね、と思い直しました。

上記は今さっき起こった実話なのですが、こういうことを理由にしてやらな言い訳をつくりだしている人ってどれだけいるのかなぁ、とふと思いました。

実際のところはわからないし、本人のみぞ知ることでしょうが、もしこれ読んでドキッとしたなら、客観視できている証拠かと思います。

客観視できているのであれば、それを自覚して、やらない言い訳を捨て去ってアクセルを踏む。これだけです。ただし、本当にそれをやる必然性があれば、ですが。

ここをショートカットしてしまうと、いわゆるノウハウコレクターとかチャンス追求型になりかねない。人間誰もが、そういう性質を持っているとは思いますが、これでうまくいくことってそんなにないんじゃないかな、と思います。

言わないだけで、楽していそうな人たちだって、かつてはやっていたでしょうし、いまでもやっているものですから。

話がそれました。

行動量を上げる参考になれば、幸いです。

そうそう。

妹をニラみつけたらそれを目にしたのか母がやってきまして、アンタは妹をもっと大切にしなさいと言うではありませんか。

まぁ、それは確かにわかるけれども、実家にいようがどこにいようが仕事している僕を母も見ているわけですから、もうちょっと長男の肩を持ってくれてもいいだろうに・・・なんて僕は思わないですけどね。

兄貴とはそういうものだろうと。兄妹が平等だなんて言うものは、それぞれに違う接し方をしてこそ平等なのです。

これ、コヴィー博士も言っていたような。兄妹ではないかもですが。

夕食中にひらめいたことがあって、それをメモしておかなかったら失念してしまったという・・・メモは携帯しなきゃ、ですね。

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