頭の中の常識を理解することは奥が深い。

チェンライのお寺、というよりも芸術的建築物にいます。ワット・ロンクンです。写真を撮ることのできない建築物内も見どころがありまして、高僧のような絵とともにトランスフォーマーなど近未来的な絵が同じ壁面に描かれています。

時空を超えた感のある絵です、私見ですが。

運良く天候に恵まれまして、白い建築物の背後には青空と程よい量の白雲。しかも輪郭がクッキリの白雲ですから、建築物の鋭利な姿と迫力に引けを取りません。バランスは美しさの条件なのでしょうか。

妻はというと拝んでいたと思ったら、写真を撮ることに余念がありません。角度的に自撮りで対応できなければ、いよいよ僕の出番です。昨日の撮影では上手じゃないと言われたので汚名返上、名誉回復の機会であります。

とは言ってもそんなふうには思えないところもありまして、なぜなら妻のオーダーというのは、白く撮って、だからです。

もともと日に焼けたような肌色なのに、なぜコレを白くできるのか?妻に指示された通りにカメラの明るさを全開にすると、なるほど白っぽくはなる。

その状態で撮ってみて、その後妻に見せたところ、白すぎて後ろの建物が見えないじゃない、と。

なるほど、一番は君を白く撮らないといけないけれど、背景のキレイさも大切なのですね。バランス、大切です。

しかしふと思ったのですが、白く撮ってと言われても、黒く撮ってとは言われたことがありません。もしかしたら、黒く撮ってと言われる文化圏もあるのかもしれませんが。

実物見たら白いかどうかは一目瞭然なのに、写真は白くしたい、、、なんとなくですが、わかる気もします。黒く撮ってとは思いませんが、肌をこんがり焼いてみたいとは思うので。

まだまだ、他者への理解が充分でないな、と思う出来事でした。頭の中の常識を理解するというのは、奥が深いです。

今日はパヤオという街へ移動し、その後はピッサヌローク。

また暑いタイに戻ってきました。

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“頭の中の常識を理解することは奥が深い。” への2件の返信

  1. チェンライは出張で何度も行きましたが、ここには行けなかったです。アーティストが建てた作品が、名前も見た目も寺というのはタイらしいですね。

    そういえば、チェンライにあるラオスとのイミグレ近くにワット・プラケオがありました。バンコクにもビエンチャンにもありますが、ここまでエメラレルド像が来たのかと驚きました。

    1. おお、行かれていましたか、チェンライ。

      ワット・ロンクン、個人的には訴えてくるものがある場所なので、
      ぜひ行ってみてください。

      ワット・プラケオ、複数ありますよね?違ったかな、、、

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