コントロールを打ち破るということを、人は潜在的に望んでいない。

昨日の続きです。

セルフコントロールできない人がビート・ザ・コントロールすること。これは可能なのだろうか?

普通に考えれば、どうして自分を律することができないのにビート・ザ・コントロールすることができるんだよ、となるわけで、これは難しいんじゃないかな、と思う。

しかし、これは僕もそうなんですけど、何から何までセルフコントロールできる人じゃないとビート・ザ・コントロールできないかというと、たぶんそうではない。

夏休みの宿題を最終日にやるとか、クライアントから依頼された案件を最終日にやるとか、「締め切り効果だ」というような知識を使ってもっともらしくそれを正当化することって多々ありますが、

この例からみても、何から何までセルフコントロールできているわけではないと思います(セルフコントロールの定義にもよりますよね)。

だからある部分ではセルフコントロールとビート・ザ・コントロールというのは不可分の関係性だけれども、それ以外の部分ではそもそも関連性がない。

全てではなく、ある部分においてはセルフコントロールしなければならない、ということだと僕は考えています。

だからこそ、一番大事なことを一番大事にする、という言葉がビート・ザ・コントロールにはエラく重みを帯びてくるわけですが・・・

もったいない精神を発揮すると、「いやいや!毎日のビジュアライズだけセルフコントロールするならば、日誌だって写経だって、ブレットライティングだってやったほうが良いに違いない」というふうに、

他のことまでセルフコントロールして習慣化しようとするものですし、僕もそうだったのですが、

基本的に脳は、現状維持を好むものです。

特に意識的に稼働させることのできる脳ではなくて、無意識を司る方の脳。

6万回の意思決定を毎日していると言われる脳のうち、95%を担当する無意識を司る脳のほうですね。

生命を維持するためには省エネの方がいいですから、

「昨日生き延びたのだから今日も昨日と同じように」
「今日も生き延びられそうだから明日も今日と同じように」

エネルギーを使うのが無意識を担当する脳です。

言い換えるとこれは、現状何者かにコントロールされているのだとしたら、本質的に人は、それを打ち破ることを望んでいない、ということです。

なぜなら、仮にその状況にストレスを感じ、苦痛を感じていたとしても、

生き延びているという現実はあるわけですから。

やがてそのストレスや苦痛にも慣れていき、ゆでガエル状態になります。だからますます、そのストレスフルな環境に於ける耐性は強化されていく。ますます、コントロールを打ち破ることを、望まなくなる。

僕はこう考えています。無意識、潜在意識を司る脳の話です。

しかし6万回のうち潜在意識担当の脳が95%を取り仕切っているわけですから、

意識的に「こうなりたい」「こうありたい」と欲するならば、その潜在意識の支配を打ち破る必要があるんですよね(と僕は考えています)。

だからビート・ザ・コントロールというのは何よりもまず、

「自分自身を現状維持のコントロールから解き放つこと」

これが、とても大切です。

この支配はとても強力ゆえ、意識的にセルフコントロールしても3日持てば良いほうでしょう。

だから3日ボウズという言葉があるのだと思いますが。

極力、意識的なセルフコントロールを1つに集中させる必要があります。1つの行為でもいいですし、一連の流れでもいいです。

大切なのは、

一番大事なことを一番大事にしているかどうか

一番大事なことを一番に行うようにしているか

一番大事なことに一番時間もお金も投資しているか

だと僕は考えています。すなわち、

一番大事なことを行うことに、フォーカスすることが大切です。まずはこれだけでいい。

2つも3つもセルフコントロールしようとしても、うまくいかないんじゃないかな・・・。

上記はそのまま、誰かの目的や目標をそのまま自分に当てはめてもうまくいかない理由にもなるのですが、

それはまた明日にでも。

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