レジを鳴らすライティングスキルは細部に宿る。

お楽しみ様です。小野貴正です。

ビーコンコーチングで取り組んでいるオウンドメディア記事のチェックをしていたところ、レジを鳴らせるセールスライターさんとそうでない方の違いを思い出したので、それについて記します。

もしあなたが、一度はセールスレターの仕事を受けることができたものの、その後継続依頼がないとか、異業種交流会や懇親会でクライアント候補になりそうな社長さんといい関係になったと思っても、その後連絡が来ないとか、そういう体験があるならば・・・、もしかしたら役に立つかもしれません。

もちろんコレは、僕の経験上の話ですので、これが正解というわけではありません。関係性により、そうでないこともまた然り、ですから。

たとえば、何らかのセールスレターを書くとします。この時、クライアントさんからはペルソナやベネフィット、オファーなどの指示があるとして、後は任せました、と言われたとします。ちなみにこのクライアントさんは、セールスレターを使ったセールスを数多く経験している会社さんです。実際、セールスレターを作成するに当たり、サンプルファイルも複数くれました。

この時もしあなたが、このサンプルファイルを確認せずにセールスレターを書き始めた場合、クライアントさんはあまりいい印象を持たないかもしれません。なぜならば、使ってほしい、参考にしてほしいからサンプルを渡すはずなので。そこまで深く考えなかったとしても、「少しは役に立つかな」という気持ちはあるはず。特に初回依頼であれば、クライアントさんもライターさんがどんなコピーを書いているのか未知数ですし、サンプルとしての実績を見たとしても少しは不安な気持ちも残るもの。

であれば、そのサンプルは活用すべきだと僕は考えます。

レイアウトとか、フォントのサイズとか、フォントの種類とか、色文字の使い方とかアンダーラインの引き方とか、好みのスワイプファイルとかリードタイプとか、そういうものがわかるからです。

レジを鳴らせるセールスライターさんというのは、クライアントさんの脳を覗きこむことにも長けていて(無意識にやっているかもしれませんが)、どうすればクライアントさんとの信頼関係を築くことができるのかを知っています。

だからまずはクライアントさんとの信頼関係を結び、その後でレジを鳴らす。これは同時並行でやることが可能です。ただし、レジを鳴らしさえすればクライアントさんとの信頼関係が結べるかというと、これは難しいと考えています。そもそも、信頼関係なしにゴーサインは出ないので。

ジョン・カールトンとかダン・ケネディとかのように、「セールスライティングの大御所だ」という他者理解ができているなら話は別ですが・・・そうではないなら、やるべきことをやる必要があります。

そして脳を覗きこむことに長けている、レジを鳴らすことのできるセールスライターさんは細やかです。神は細部に宿るという言葉がありますが、レジを鳴らすコピーは細部に宿る、と言ってもいいほど。

意識しないまでも、改行位置とか、フォントのサイズとか、フォントの種類とか、細かいところで読み手は「アレ?」と感じるものです。読ませるコピーにはペルソナを設定して彼らの悩みを言い当てて、共感して・・・というような論理展開や、心理トリガーが役に立ちますが、それができていても、レイアウトが読みにくかったりしたら読み手の脳に「警報」が鳴ります。

広告を読みたくて読む人はいないので。なんか変だぞ、売り込まれるぞ、と感じてしまったら、たとえそれが誤解であっても離脱されるものです。

何度も音読して読み返して、細部までレジを鳴らすために「読み手視点」で書き切ることができるか。

レジを鳴らせるセールスライターは、細やかさを持っているものだと、僕は考えています。

P.S.
PagesとかWORDファイルを開いた瞬間に、レジを鳴らせるライターさんかどうかはわかると言ってもいいほど、細やかさは大事じゃないかな、って思います。読み手やクライアントさんに配慮した細やかさがあるかどうか。これがあるなら・・・初めての依頼でクライアントさんに何のメールも返信しないとか、ファイル拝受の連絡をしないとか、クライアントさんが不安になるようなことは、しないと思いますが・・・これ、多いみたいですよ。

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Judgement is unnecessary.

ものごとをつねに善か悪か、正か否かに分類しなくなれば、意識はもっと穏やかになっていきます。判断という重荷を捨て去った瞬間、心のなかで交わされる対話はもっと穏やかになり、無心の境地(思考と思考の合間)にもずっと簡単に入っていけるようになるのです。

定義、レッテル貼り、説明、解釈、評価、分析、判断などをやめることが大切です。このようなことをすれば、心のなかで騒がしい対話が始まってしまいます。

引用:『この瞬間どこからでも、あなたの望む富はやってくる。』ディーパック・チョプラ著/サンマーク文庫刊

はじめて勤めた会社の先輩プランナーがとても本質をついた言葉を教えてくれました。

「クライアントへの提案内容はどうなった?と聞くと、今考えています、というヤツラが多い。でもオレに言わせれば、アレは考えているんじゃない。考えているふりをしているだけだ」

僕はこの言葉を最初に聞いた時、エライドキッとしたことを覚えています。その先輩が言うとおりだったので。まさに考えているふりをしているだけ。

商談でも雑談でも人との会話を思い出してみると、確かによく「今考えています」と言います。仕事をする時はもちろん、学校でもよく聞きます。数学とか英語の問題、世界史の問題を先生から当てられて、答えがわからない時、「今考え中で・・・」とか言う。

しかし、僕らは考えるということを履き違えているんじゃないかなって時折思います。なぜなら、何もない中で、何も材料が集まっていない中で、僕らは考えることなどできないはずなので。

何もない中で、何も材料が集まっていない中で、僕らは考えることなどできない。

思い出してみて欲しいのですが、「今考え中で」という言葉が口から出た時、頭のなかを覗いてみると、真っ白であることが多いのでは、と思います。もちろん毎回毎回そうではないかもしれませんし、今まさに方程式の解が出ようとしている寸前かもしれません。

しかしもし真っ白ならば・・・そもそも何を考えればいいのかわからない場合は・・・考える前に準備することをすっ飛ばしてしまっている、ということです。

考える前に必要な行動。それは、関連する情報を集める、ということだと僕は考えています。関連する情報を集めるために、資料を集めて読んだり、インターネットを調べたりする。そして十分な情報を集めてはじめて考えることができる。

セールスレターでも起業アイデアでも、情報を集める前に考えてしまうことってあると思いますが、それは考えているふりをしているだけです。まさに「我」が入った主観的な思考に過ぎません。見込み客や市場はあなた自身ではありませんから、これだとレジを鳴らせる確率はなんとも言えないわけですから。

だからこそまずは情報を集める。リサーチが大事、ということです。

そして、冒頭のディーパック・チョプラ博士の言葉。

定義、レッテル貼り、説明、解釈、評価、分析、判断などをやめることが大切です。このようなことをすれば、心のなかで騒がしい対話が始まってしまいます。

情報を集め、考えはじめた時に意識すべきはコレじゃないかな、ということを共有したく、この文章を紹介しました。情報が集まったのであればなおのこと、主観的に考える必要はない。主観的に考えるということは「心のなかで騒がしい対話が始まってしまう」ということです。コッチのほうが自分にとって得なんじゃないかとか、メンツが立つんじゃないかとか、カッコイイんじゃないかとか。

やるべきことは、レジを鳴らすために、情報をぼやっと眺めて客観的に考えること。情報を前にした自分を俯瞰して考えるイメージです。

もちろん情報集めも「これは必要に違いない」と主観的に考えて集めてしまうと、ズレてしまうことがありますが。

そんな時は「判断は必要ない」と言う言葉を思い出してみると、いいんじゃないかな、って思います。

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休むべき時のサイン(僕の場合)

お楽しみ様です。小野貴正です。

久々に東林間の部屋に戻り、なんか腰を痛めたものの、予定通りに先ほど東海大相模まで走ってきました。予想通り、優勝おめでとうの横断幕とかが出ており、周辺の商店街にも優勝おめでとうのポスターがたくさん。

賑やかになって、なんかいいですね。

野球部は練習していたっぽいですし、なんか試合もしていたっぽいのですが、彼らが東海大相模かどうかはわからず、しかしいつもよりも人は増えている感じです。優勝効果、ですかね。学校の垂れ幕を写真に収める方もいらっしゃったので。

帰宅後はコレまた久々にエルセ・シャワーヘッドで水を浴びてスッキリし、玄米炊いてごま塩ふりかけて食べようかな、と思案中。走ってスッキリしたはいいですが、腰が痛い。それで、夕方出かける前にちょっと休もうかな、と。

さて、休むべき時のサイン。

今日のように腰が痛み出したとかあれば、それもひとつの休むべきサインとして捉えていますが、それ以上に最近気をつけているのが、なにやらモノ申しはじめた時。たとえばですけど、「最近Facebookのニュースフィードでイライラするな」とか「もうこのニュースレターはダメだな」とか。

頑固親父さんが言う「オレが子供の頃はヨ・・・暑くて外に出ないなんてそんなひ弱なこと言わなかったもんだぜ」とかみたいに、「ひ弱な」とか言ってしまった時。

要は、主観的に物事を捉え、それを口に出したりしている時点で、休むべきサインだと考えています。なぜなら、思考と思考のはざまに入ることができていないので。だから、我が入ってしまう。ありのままをありのままで捉えることができない。

こんな時は情報を一旦遮断して、身体を伸ばして目をつぶり、眠ってみるといいのかなと考えています。コレは過去の経験上の話です。そういえば今日は、腰のせいか眠れてないことを思い出しました。もしかしたら脳の短期メモリがいっぱいなのかもしれません。デリートしなければ、ですね。

ここまで書いて、批評家はなぜあまりよろしくないのか、ピンときた感があります。批評が主観的な考えとなっている場合、そこには我が入り込んでしまっているから、かなと。

そうではなくてありのままをそのまま見て捉えること。主観で述べるのではなくて、客観的に捉えてそのまま述べる。意見を述べるなら、前提条件として客観的な状況なども述べておく。

こう意識してみるだけで、在り方とかセールスレターの書き方とかがいい方向に変わると思いますが・・・いかがでしょう?

ちなみに思考と思考のはざまに入ることって、いわゆるクリティカルファクターの壁を超えると似ているんじゃないかな、と思います。ワイズマンが言っていましたが、ボヤッと眺める。ミスターシンクロニシティもそう言っていたかもです。

後半、意味不明になりましたがこのまま残しておきます。なんか自分でブツブツ言い出したな、と思ったら、休むべきサインかもしれませんよ。

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生殺与奪権を握られるな(起業の注意点)

「毎月決まった分量を発注してくれるので、とても助かっているんです、、、しかし、、、」

コレは誰の言葉かというと、実は僕の言葉。

小野さんはどんなクライアントさんと付き合っているんですか、と言われるとだいたいこんな回答に行き着くことが多いです。僕の場合、付き合っているお客さんがとても限定的なこともあり、どこかに依存するという状況を避けるよう、売上の割合を分散するように考えています。ライティング報酬は30%、ディレクション報酬は20%・・・みたいな感じです。

同じお客さんからの依頼でも、ライティング報酬とかディレクション報酬とか、別のプロジェクトとかもありますから、ダン・ケネディじゃないですけど複雑化するように努めています。お金の得方を複雑化する。どこか一つや二つに寡占されないようにする。

なぜなら、どこかに頼るということはそこに生殺与奪権を握られるということ。誤解を恐れず言うと、コレだと公務員、サラリーマンと変わりありません。僕にとって公務員やサラリーマンは、国や地方公共団体、また会社というたった一つの組織に給料を頼ってしまっていると言えます。だから、その組織が倒れたら自分もダメージを受ける。生殺与奪権を握られているとは、そういうことです。

時間と場所と収入を自分でコントロールしたくて独立起業したにも関わらず、この肝心要の部分を誰かに握られてしまっては元も子もありません。

ですから僕は常にこのバランスは見ています。バランスがマズイな、って時は他の取り分を増やすようにする。しかし現実的に取り分が増えるまでは時間がかかるときもあるので、それを肝に銘じて取引先との付き合いを大事にする。だから成果を出す。こんな感じです。

複数の水脈を持つことの大切さをワイルドサイドの島田さんもブログやメルマガで話されていますが、その島田さんは一つの考え方として報酬の取り方も工夫すべきだとアドバイスをくれました。それは例えば、成果報酬での取り分を複数持っておく、ということ。

この成果報酬って、僕はウマくいった試しがありません。受けたことは何度もあるのですが、どれも報酬にツナガッた試しがない。。。

その理由は、見込み客に至るハードルがエライ高かったとか、クライアントさん側にその準備ができていなかったとか、いろいろあるのですが・・・コレはコレとして、誰かに学ぶのも大事だな、とも思いました。

ちょうど、プロモーションのお手伝いをしているタレントさんが固定費を下げて集客を望んでいるという状況があったので、このタレントさんにお願いし、島田さん率いる秘密結社ワイルドサイドのプロモーターさんとチームを組んで、プロモーションに取り組むことになったのは、僕にとってありがたい状況でした。

何より、餅は餅屋といいますから、タレントさんに早く成果を出せることが大きいですし、タレントさんが収益の柱を持つことができるのもそう。

個人的に思うのが、このレベルの取組をするにはそういうステージに達している必要があるってことで、ステージを飛び越えてこれをやろうと思っても、なかなかうまくいかない気がします。

じゃあどうすればこのステージに達しているのかを測れるのかというと、それはたぶん、そういうステージの人と出会えるようになった時です。

生殺与奪権を握られないこと。そのために複数の水脈を持つこと。そして餅は餅屋に学ぶこと。

ステージ理論と合わせて、それぞれ変化させていくべき点だとふと思ったので、記しておきます。

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網走行きの準備中。

お楽しみ様です。小野貴正です。

書籍のセールスレターライティングとニュースレターのライティング、そしてオウンドメディア記事のテストライティングを今日明日明後日で納品する予定でありながら、先程まで高校野球の決勝戦を見ていました。決勝戦観戦、久々です。東海大相模が優勝しましたね。地元住民として、優勝おめでとうございますと、ありがとうございます、です。

高校野球の観戦ついでに、8月9月10月のスケジュール確認をし、手配すべきものは手配しておこうと思いました。8月31日は再び茨城へ行く予定があり、9月1日からは上海経由でバンコクに行きます。月末になると未来預金や各種支払い、今月は税金の支払いと9月10日までに源泉徴収と復興特別所得税の支払いがあるので、いついくらをどこに支払うのかを書き出しておきました。案の定、結構な支払いボリュームなので、コレは書き出しておいて良かった・・・。なんかモヤモヤしていたのは、把握していない出費に関するモヤモヤだったのだな、と。

8月9月についてはバンコク東京間の航空券をまた手配すればいいくらいなのですが、10月には網走と大阪でビーコンコーチングがあります。ですからその航空券とかを手配しておきました。コレで日取りと支払いについては先が見えるようになったので安心、ということですね。

何度かブログにも書いていますが、モヤモヤしている時とかなんか得も言えぬ怖さがある時って、僕の場合は「曖昧」であることが理由であったりします。ですから、いつどこでいくら使うのかを明確に書きだすこと。コレが精神に安定をもたらす秘訣になる。

実際に書き出してみると、コレなら大丈夫、と思えるものです。支払額が結構なボリュームであっても、です。むしろ支払額が結構なボリュームであることを脳はなんとなくでも認識しているからこそ、モヤモヤしてくるのだと僕は考えているので。コレを早く明確にすればいいだけです。

網走に行くのは初めてなので、知床半島とかにも行ってみたいと思いますが・・・コレはコーチングとの兼ね合いで決めようかと。ココでビーコンランチミーティングとかやったら、おもしろいな、とも思いますが。もし開催することになったらメルマガで案内しますね。

しかし飛行機の手配をしていて思いましたが、国内線てエライ高いですね。海外に行くほうが安いなんて、どう考えてもなんか変だよな、と。

円安で株価が上がることを僕は不思議に思うのですが、国内線の高さもまた不思議な現象なんですよね。

P.S.
写真は、、、赤福本店です。網走とは関係ないですが。。。

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外宮(げくう)

伊勢神宮[外宮]

伊勢市駅前の参道を歩いて五分ほど進むと、目の前に豊受大御神をお祀りする外宮の森が広がります。

第二十一代雄略天皇のとき(西暦478年)、天皇の夢枕に天照大御神が現れ「私一人ではさびしいし、食事も心やすらかにとれない。豊受大御神を御饌の神としてそばに呼んでほしい」といわれたそうです。

そこで天皇は、天照大御神のお食事を司る神として丹波国(京都府)から、穀物神として農民が信仰する地方神だった豊受大御神を伊勢にお迎えしてお祀りしました。こうしてお米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神として、外宮にご鎮座されています。

御饌とは、天照大御神に捧げる食べ物のことで、豊受大御神にはそれを調達する役目がありました。外宮の御垣内にある御饌殿では、毎日朝夕の二度、天照大御神に御饌をたてまつるお祭りが絶えることなく行われています。

神話と伊勢『神さまのお話』より(株式会社アイブレーン発行)

外宮への参拝は朝6時頃、行ってきました。前日の夜に宿泊した旅館の女将さんから、遷宮の木材で作った木守は頂いたほうがいいですよ、とアドバイスされ、それが手に入る時間は8時くらいからだろうとのこと。そこで最初は母と一緒に参拝しに行こうと思ったのですが、6時に行くとすでに開いていたので、だったら父も呼んだほうがいいだろうと父を迎えに旅館に戻り、再度参拝しに行きました。

鳥居をくぐり、最初に目指したのは正宮。雨のおかげで外宮の参道からヒノキなどの香りが立っていて、正宮に向かう道のりが清々しい。

やがて右手に姿を現した正宮は、甲浦の家に飾ってあったポスターの写真そのもので、多くの神官が新しい正宮に向かって拝んでいる雰囲気が感じられるほど神々しい様子。雨に濡れて空気が澄んでいる様子もまた、神々しさに拍車をかけていました。

衣食住の神さまである豊受大御神が祀られている正宮。ここを雨の中で参拝できたのは、衣食住の原料に雨が必要なことを考えたら、何者かが演出してくださったのではないか、と感じられるくらい、素晴らしい参拝経験でした。

その後は荒御魂を祀った多賀宮、そして土宮や風宮などの別宮を参拝。父が内宮より外宮のほうがよかったと言っていましたが、同じ理由かどうかはさておき、僕自身は山の上に多賀宮があるなど、外宮は自然のままそこに在る感じ・・・というのかな、そんな雰囲気がありました。ですから外宮の方がなんとなくですが、気持ちが穏やかになります。

単純に内宮は、御神札を販売する方々の雰囲気に有り難みがなかったから、という主観的な理由で外宮のほうが・・・と思っているのかもしれませんが。

その後は父が天照大御神の木守もいただくというので、旅館をチェックアウトしたあとは内宮に行ってきました。そして再び参拝。風に関する別宮を参拝していなかったので、ココを参拝。女将さんから勧められていたのですが、ココは行っておいて良かったです。内宮の中でも山と川の神の雰囲気が感じられやすい、別宮かもしれません。

ちなみにこの日の内宮は大雨の影響で五十鈴川の水には触れられず。父が前日に行っておいてよかったとふと思ったようです。僕としても内宮→外宮と参拝しましたが、女将さんの話から父が内宮にまた行きたいとなったので、外宮→内宮という正式な参拝経路をたどることもできたので、良かったです。

特に父は神話の世界にも興味が出てきたようで、お伊勢さんから帰ってきたら神話とか神宮のパンフレットとかをテーブルに広げて楽しんでいます。

次は月読宮や伊雑宮などの別宮も参拝するつもり。お伊勢さん参りで日本神話の世界にも触れる。式年遷宮の意味を知る。そして参拝が楽しくなる。

日本が生んだ循環型社会のシステムを知り、なんかうれしくなりました。

また機会があれば、外宮や内宮について、書いてみたいと思います。

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内宮(ないくう)

「ヤマトヒメのご巡幸」

第十代崇神天皇の時代に疫病が蔓延し、たくさんの国民が死んでしまうという危機を迎えました。そこで、崇神天皇はアマテラス(八咫鏡のこと)をご自分が住むご店外の大和の笠縫邑にお祀りするように皇女のトヨスキイリビメに命じました。そこでアマテラスよりニニギが授かった八咫鏡は笠縫邑にお祀りし、その写しの鏡を作って、皇居にお祀りしました。

第十一代垂仁天皇の時代になると、神々の恵みを得て、天下泰平の世の中になりました。垂仁天皇はさらに神々のお祀りごとを丁重に整えようと考えて、皇女のヤマトヒメにアマテラスをお祀りするのに相応しい場所を探すように命じました。

ヤマトヒメは笠縫邑を出て、伊賀から近江、美濃などを巡って、ついに伊勢の五十鈴川の川上に適地を見つけたのでした。

ヤマトヒメが伊勢についたときに、アマテラスはヤマトヒメに「この神風の伊勢の国は、常世の浪の重浪帰する国なり。傍国の可怜国なり。この国に居らむと欲ふ」と託宣されました。こうして、伊勢の地はアマテラスの神意にかない、この時から二千年におよぶ神宮の歴史がはじまりました。

神話と伊勢『神さまのお話』より(株式会社アイブレーン発行)

20年に一度の遷宮による真新しい雰囲気が漂うなか、内宮に行ってきました。内宮とは伊勢神宮(正式には「神宮」のみで伊勢神宮を指すそうです)にある天照大御神を祀るところです。天照大御神は皇室の皇祖神、日本民族の総氏神とされています。

『日本書紀』においてはスサノオが「姉」と呼んでいることなどもあり、女神とされているとのこと。そして太陽神、です。

内宮に行って何に驚くかというと、若い人たちの多さ。そして鳥居をくぐる時に頭を下げる若い夫婦やその子どもたちの何と多いことか。

父が内宮の方に聞くと、今年は参拝客が少なくなっているとか。そんな中でも若い人たちが拝みに来ているというのは、なんか流れでもあるんだろうな、と感じます。

若い人たちに驚きつつ、さらに驚いたのは式年遷宮。

内宮でも外宮でも、定められた周期、伊勢神宮の場合は690年から20年毎に行われているのですが、簡単に言ってしまうと正宮や別宮を定期的に新しくする儀式です。正宮や別宮の隣に移転して新築するスペースが用意されており、そこに新しい正宮や別宮を建てて、古いものを取り壊す。そしてその取り壊したスペースに、小さな社(呼び名が正しいかどうか不明です)を設ける。20年後にまたその小さな社の場所に新しい正宮や別宮を建てて、神体を遷す。

コレを20年毎に690年からずっとやっているわけです。1300年以上です。コレはスゴイ。

そしてふと気づいたのですが、コレをやるおかげで、宮大工や宮司の衣服、神さまへのお供え物などの需要が生まれます。しかも内宮も外宮も多くの別宮やそれ以外にも宇治橋とか鳥居とか宝殿とか御饌殿などを有しており、これらも20年毎に造り替えられますから、常に需要を生み出すようにしているんじゃないかな、と。

老朽化したり壊れたから直すのではなく、スケジュール化してしまっている。循環させているんじゃないかな、と思いました。それで、コレはスゴイ仕組みだな、と。

式年遷宮をミスターシンクロニシティがこんなことは日本しかやっていない、と言った意味がわかってきました。

明日は外宮について記してみます。

P.S.
伊賀や五十鈴川、外宮より先に内宮に参拝したことで起こったシンクロニシティについても、機会があれば書いてみたいと思います。父も母も目を丸くするほど、不思議なことが起こったので。

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神宮へ向かう途中に(徳島港にいます)

お楽しみ様です。小野貴正です。

朝4時過ぎに民宿を出て、伊勢神宮に向かい始めました。元々は淡路島を通って琵琶湖のある大津、そして草津を抜けて伊勢道を南下する道で行こうと思いましたが、なんとなくフェリーがいいんじゃないかな、と思い、現在徳島港です。

8時の南海フェリーに乗り、和歌山港に向かいます。その後は国道と高速道路で伊勢神宮、という感じです。

朝道路を走っている最中、エライ道が空いていたので・・・コレは行きと同じ琵琶湖→淡路島→徳島というルートの逆を行ったほうが早いんじゃないかな、と思いましたが、それを見透かしたように車のエンジン電子制御システム点検ランプが点灯。コレはやっぱり海路で行けということだな、と受け止めた次第。

和歌山港に着いたらネッツトヨタが近隣にあるみたいなので、そこに行って見てもらおうとは思いますが。いずれにせよ、流れに委ねていく、という感じかな。。。

昨晩は宮司の叔父さんから伊勢神宮の内宮(ないくう)と外宮(げくう)について聞いてきました。やっぱり祀られている神さまが違うとのこと。内宮は天照坐皇大御神、外宮は豊受大御神が主祭神で、天照大御神は太陽を神格化した神であり皇室の祖神。豊受大御神は衣食住の神であり、阿波にある上一宮大粟神社の御祭神である大宜都比売神と同一神だとか(本居宣長の『古事記伝』とかに書いてある模様)。何でもこの神だけが国生みより登場し続ける唯一の神だとか。

これは阿波が日本の起源とか言われている理由に関係するのかな、と思いました。またわかったら記してみるかもしれません。

予定では、今日は内宮とおかげ横丁に行き(母が赤福好きなので、赤福のかき氷を食べさせてあげたいのです)、明日は早朝に外宮に参拝しようかな、と考えています。

宿泊する旅館が天保元年にできたところらしく、外宮に歩いていける距離だとか。そのWEBサイトを拝見したら、外宮参拝は早朝がおすすめというので、それに倣おうかな、と考えた次第。

Wikipediaを見たら、外宮→内宮の参拝順が正式とされているらしいですが、まぁ、、、内宮から行こうかな、と

さて、フェリーに乗り込みました。一番前に車を止め、階下に上がると、、、エライ大勢の方々がお子さん連れで乗り込んできたので、グリーン席券を買って両親を連れ出しグリーン席へ。それで現在、このブログを書き上げようとしています。

車のチェックにどれくらい時間がかかるのか不明ですが、可能ならば早めに到着し、神宮に鎮座する山を明るいウチに拝見したいところです。

出雲大社で感じたようなエライ重厚な雰囲気が神宮にもあるのかどうか、楽しみです。

P.S.
和歌山港そば、国体道路にあるトヨペットが営業していたので車を見てもらっています。

P.P.S.
写真は、、、徳島港そばにある末広大橋。末広がりな大橋とはコレは意味がある、ということで通過してきました。この橋が見えるところに、徳島港のフェリー乗り場があります。

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8月15日(そしてQVC)

小野家のご先祖様・・・と言っても小野家の場合は祖父が本家としてお墓を建てていたので、祖父と祖母、そして叔父のお墓参りを15日に親族でしてきたところ、ちょうど8月15日のサイレンが鳴りました。お墓からは街並みを見ることができ、そこから親族で黙祷していたのですが、このタイミングで終戦記念日のサイレンとは初めての経験です。

ちょうど昨日、安部総理が戦後70周年の談話でしたっけ、なんか話していましたが、たまたまでもあの話は聞いておいてよかったような気がします。子孫たちにお詫び行脚を残すことも先祖代々受け継がれてきた歴史や世界観を残さないことも、僕はよろしくないだろうと思うので。全体の話は聞いていないですし見ていないのでわかりませんが、一部分だけはよかったな、と個人的には思いました。

最近、日本のなかでも歴史が見直されているのか、戦前の方々がこの時期にテレビに登場するようになった気がします・・・実際、以前からですかね?しかし、そういうリアリティのある話・・・テレビで放映されている話であれば本質を見る必要がありますが・・・を聞くことができるのも、エライ貴重な機会なんじゃないかな、と思うんですよね。中学校で社会の先生をしている僕の妹は、教科書通りのことなら知っていますが、そうでないことはたぶん知らないので。歴史に関しては日本の場合、教科書に載っていないことこそ大事なんじゃないかな、と思ったり。

トルコのエルトゥールル号事件や日露戦争の話、タイの元首相の話とかマレーシアの元首相の話とか、たぶん今でも(未確認なのですが、、、)教科書には載っていない。諸外国の方々がなぜ日本人を見て近寄ってきてくれるのか、何も知らないまま生活するって単純にもったいない。

諸外国との比較ではなく、普通にいい国ですよ、日本は。そしてコレは僕自身も知りませんでしたが、日本の伝統文化も伝承されている儀式も、受け継がれているものにはスゴイものがある。

外国に行って見ると、それがよくわかる気がします。

そんなわけでとりあえずですが、神職の免許は取りに行くことにしました。ちょっと宮司をやっている叔父さんの声が聞き取りにくく、どこに行ってどのくらいの期間で取れるのかはわからないのですが、それは調べればいいかな、と。

昨日、宮司の叔父さんとか親族の叔父さんと父を交えて話をしましたが、コレはどうも結論が出そうにないな、と。勘ですが、それぞれの長男たちには神職の話をしていない感じがしたので。継ぐ継がないは別として、僕のいとこたちにも話をした方がいいんじゃないかなって思います。

しかし、せっかく話をしても、話をするだけだとそういう機運がどこかに行っちゃう可能性があるので、とりあえず行動に移しておけば、というわけで、神職の免許を取りに行く、と宣言しておきました。

ところで、QVC。

愛媛の親族が義肢装具の開発製造販売をやりながら、健康というか美容というか、そういうモノを作ってQVCとかで販売していると昨日知りました。

今日突っ込んで話をしたところ、ビッグサイトの展示会で出店した際、(聞き間違いでなければ)ドクター中松から「あなたは天才だね」という言葉をもらったとか。

今度製品を送ってくれるので試してみますが、話を聞いているといいモノを売っているっぽい。

コレはなんかおもしろいタイミングで降ってきた話だな、と感じました。

オープンにできそうなら、またお知らせしますね。

8月15日。僕や僕の長男次男が誕生したことを守ってくださったご先祖様たちに、感謝です。

P.S.
8月15日に撮った白浜です。なんかエライ光が降りそそいでいますね。

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浅瀬が奥まで広い白浜と本格的な山でした、、、

お楽しみ様です。小野貴正です。

昨晩は22時頃に皆さんが寝てしまったので、、、これは電気を早く消せねばと、僕も早々に寝るようにしました。おかげで今朝はエライ清々しい朝でして、朝食後にランニングしに行ってしまうほど。それで朝食後は、海まで行ってきました。

甲浦には白浜という海水浴場があるのですが、ココは浅瀬がとても広くて奥まであるらしく、お子さんでも安心の海水浴場とのこと。僕にとっては白浜の海が海水浴場なので、この浅瀬が普通かと思っていましたが、確かにコレほど奥まで浅瀬があるって珍しいかもです。タイのラン島とかも比較的浅瀬が奥まであるかな、と思いましたが、白浜に比べたらそうでもないかな。。。

ココで20分くらい走り、ついでにキャンプのエリアとかを観察。家族連れで結構な人たちがキャンプしていました。お父さんとお母さんがサーフィンとかやっている人が多いようで、それでお子さんもそんな雰囲気。色黒な方が目につき、健康的でした。アレだけスリムなら、いい感じです。僕もココにいたら、それだけで身体のイメージが湧くので、明日もちょっと走ってこようかな、と思います。エライ暑く、汗はダラダラ流れますが。

そしてその後は、山に行ってきました。父が案内してくれるというので、鍬を片手に自転車で山へ行き、生い茂る草木を鍬で刈り取りつつ祖父の山へ。

山と言っても山まるごとが祖父の残した山ではないようで、ちょうど中腹部辺りから頂上の一部が預かっているものだとか。何も手入れがされていない今となってはどうココに畑を耕して、とか考えましたが、昔はさつまいもとかいろんなものを栽培していたとのこと。雨水を貯めておくための貯水池を設け、平坦な畑となるように、石を積む。昔ながらの工夫がそこにありました。

頂上に行くと、ヒノキとかが植えられていましたが、ハンモックを吊るしたらいいんじゃないかな〜と思ったり、一部のヒノキとかスギをもらってちょっとしたログハウスを作ったり。太陽光で電気を準備して、ポンプで清流の水を上に引っ張ってきて、イノシシとかを狩ったり、山菜採ったり、畑でいろいろ耕したりしたらそこだけでも生活できそうだな、と。

実際そこまで登るのにハードルが高いので、ホントは使われていない土地とかを使わせてもらったらいいのかな、と思いましたが。室戸高校の分校が今では使われていないので、そこを使えるように交渉したり、ですね。

これから親族で話をするので、いろいろ聞きつつ、僕が何を考えているのかを伝えてみようと思います。父が言うに、皆ビックリして何を言っているんだ、とか言われるかもな、ですが。

しかしコレまた父が言っているのですが、歴史というのは「なんだこりゃ?」から始まるものだと。

というわけで、ちょっと話してみます。神社は継ぐ、山も継ぐ、そして世界を転々とする、という感じに、です。僕がやりたいのは、僕が継ぐというより、次世代にそのまま引き継がれていく、ってことなのです。

P.S.
父が山の中で、やたらにデカイヤマモモの木を教えてくれ、オレは死んだらココに埋めて欲しいくらい、このヤマモモの木には思い入れがある、と話していました。祖母が昨年死んだあと、父はひとりでヤマモモに会いに来たのだとか。その昔、ヤマモモの木のあたりには畑があったのですが、祖母の母、僕の曾祖母ですね、・・・が肝っ玉母さん的に畑を切り盛りしてくれていたみたいで、そんなことが知れたのはこっ恥ずかしい感じもするのですが、引き継がれていくものなんじゃないかな、って思ったりもしました。

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