恥ずかしいという気持ちの正体。

昨日は血が滴る牛にむしゃぶりつきたい気分だったので、妻にその旨伝えると、私も牛肉食べたい、とのこと。

いつもは焼き肉に行くのですが、いやいや、焼き肉じゃなくて、血が滴る肉のカタマリをね、こうガブリとむしゃぶりつくのがいいんだよ、と説明し、

ステーキを食べようとなりました。

ではどこに行こうかと考えていたところ、最初はサイアムとかプロンポンのあたりで、サイアム・パラゴンとかエンポリアムとか、そういう商業施設のなかで食べたほうがいいかなぁ、と。

しかし妻がiPhone片手にウマイステーキ屋さんを探し、最初に候補となったのは確か「チョークチャイ」という割と人気のステーキ屋さん。

ここはアソークにあるのですが、妻の親族がデンマークブランドのミルクに原料を納入しておりまして、新年になると牛と豚の丸焼きを振る舞ってくれるいい人なんですけど、

その場所がカオヤイというところでして、そこにもチョークチャイがあるんですよね、確か。

カオヤイの牛なら一度経験していて美味しいですし、それにチョークチャイは一度行ってみたかったんですよね。

僕でも知っている程度には有名でしたし、なんといってもその立地はバンコクの三大ゴーゴーバー拠点であるソイカウボーイのそば。

ゴーゴーに行くかどうかはさておき、あの賑わいはいい感じなので、久々に雰囲気を味わいたいなぁ、と思った次第。

しかしその後妻が言うに、「あまり美味しくないらしいよ」というので(このへんはインターネットの口コミ効果ですね)、次に探しだしたのが

「ARNO’S BUTCHER AND EATERY」

ここ、結論から言うと大当たりのお店でして、しかもコンドミニアムに近い。同じナラティワート通りにあり、ソイ20をちょっと入ったところにあります。

プライムリブやサーロイン、テンダーロインなどのカタマリがオーダー場所のガラスケースに冷やされているので、そこから好みを伝えて大きさとかを注文し、席につく感じ。

店内の雰囲気は従業員がフランクなせいか、かしこまることなく皆でワイワイステーキを食べる感じ。

関心したのが、子どもたち用にiPhoneを立てるスタンドをパッと持ってきてくれたことでして、

周りの雰囲気に敏感な長男次男も居心地が良かったようで、とてもはしゃいでいました。

肝心のお肉ですが、妻や長男がめずらしく塩コショウのみで食べて美味しいというほどのもの。

プライムリブか何かを注文したのですが、噛みしめるほどに肉汁が滴る感じでして、まさに肉を食らう、という感じの満足感がありました。

ここは乾燥熟成肉を食べるお店なのですが、この100日だか120日だかの熟成肉は、ああ、熟成とはこういうことか、という具合に味わいがありまして、

誰かを連れて行くにはいいお店を見つけたなぁ、と妻や長男次男が喜んでいる様子を見ながら、思ったものです。

さて、恥ずかしいという気持ちの正体。

このお店に入った時、最初目にしたメニューが全て英語だったので妻が

「あなたが注文してね」

と来ました。え、そうはいっても注文受けるのはタイの人だぜ、と思いつつ、

「タイ語のメニューも有ると思うよ」

と聞くと妻が、

「英語ができないと思われたら恥ずかしいでしょ」

というではありませんか。

もともと僕の妻は人の目を気にする方でして、特にタイは階級社会でもあると僕は理解しているので、英語ができない=そういう階級であるかのように、捉えているのかもしれません。

しかしだからといってこれを恥ずかしがる必要は無く、それは本人のエゴとか我である場合がほとんどだから。

お店の人が妻に恥ずかしい思いをさせようとしているわけではないですし、恥ずかしいと思うのは「妻が勝手にそう思っている」だけのことです。

まぁ、なかなかこれを理解するのは、難しいかもですが。

とはいえ「恥ずかしいでしょ」と言っていたら初めての場所にはなかなか行けませんし、初めての経験もしにくい。

言うなれば、「自分という器」を広げて深めることは、できない。

幸いにもお肉はおいしく、サービスは素晴らしくで妻もめずらしく「ビール飲んでいい?」と聞いて、ハイネケンを楽しんでいたので、

そんななかで聞いてみました。

「恥ずかしいといって注文しなかったら、お肉が美味しいとかサービスがいいかなんてわからないよね。でも一度経験したら、どうやって注文したらいいかわかるから、恥ずかしいことはなくなるよね」

と聞くと、うん、そうだ、と。

実際妻は一人で鮭のムニエルを注文しに行きましたから、経験すれば恥ずかしいということはなくなる、ということを理解しているんだろうな、と思います。

これは世の中のことほとんどすべて同様だと思っておりまして、

恥ずかしいという状況を勝手につくりだしているのは自分ですし、恥ずかしいという状況はそれを経験することで恥ずかしいものではなくなるもの。

ああ、おもらしとかは別かも知れませんが、それでも一度人前でおもらししたら対処方法はわかる。

私見ですが、恥ずかしいという気持ちは、それを経験していない証拠でもあるかもしれないのですから、

ビビった時同様に、「恥ずかしい」という気持ちが芽生えたら、それを経験すべきなんだと思います。

そんなことを思った昨晩の夕食でした。

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