自分の限界を超えておく。

ランニングをする際、またサウナに入ると決まって行うことがありまして、それは、もう10メートル走ろうとかもう1周走ろうとか、サウナならあの人が出るまではここにいようとか、あと1分は入っていようとか。

先ほどまで水風呂に浸かっていたのですが(井戸水でエラい冷えておりまして僕が知るなかでベストな水風呂です)、あまりの冷たさにすぐに出たくなるものの、いやいや、ここはあと1分、、、手首の運動と太ももの筋膜をほぐしてから出よう、、、とじっとしていると、先ほどまでエラい冷たかった水風呂が、冷たくなくなる瞬間がやってきます。

サウナ好きにはおなじみの現象だと思いますが、こうなると長い時間水風呂もサウナも楽しめるようになりまして、なんというか、一段上のステージに行ったような感覚です。

コレ、セールスライティングを学ぶ時も同じことが言えると僕は考えているのですが、もうこの1本で限界だ、と思ったらあと1本書く。

ブレットで100本書こうと決めたら、110本書く。

コレは私見であることを断っておきますと、基準値を高めるというのは日頃の取り組む方次第だと考えています。

量にこだわることもそうですが、質がわかるようになってきたら質にこだわる。

できれば、数値化できること、計測できることで、自分が設定していた目標値の更に上を行く。

木坂さんのセミナーで学びましたが、4%チャレンジだったかな、身体的な限界値に4%上乗せしてトレーニングすると、もっとも効率的に成長、基準値が上がっていくのだとか(確か、そんな感じだったかと)。バーベルと上げるとか、わかりやすいですよね。

心理的な限界値は身体的な限界値よりも下にあって、「もう無理」と言うときって心理的な限界値なのだそう。

だから、「もう無理」と言えるときはまだいけるよね、という意味だと。身体的な限界値は上にあるから。

食べ物の例が面白かったのですが、「もう無理」という場合は心理的な限界値であるから、身体的にはまだいけると。だからもっと食べさせるそうです(肉体を鍛えている人…体重を増やす必要がある人の話っぽいです)。

ではどこまで食べさせるのかというと、コレ以上食べたらもどす、というところまで。なぜならもどしたら、体重が減ってしまうので、またイチから食べさせないといけないから。

大切なのは限界を超えた時の感覚なんじゃないかな、と僕は感じまして、エラいゼーゼー言っているんだけれども、そこを超えた瞬間の軽やかさというか清々しさというか、もう倒れ込んでしまうというか、こういう感覚を味わっておくと、基準値が高い人間に育っているような気がします。

自分の限界を超えておく。

いい仕事をするにも、いい暮らしを送るにも、超えておきたいですね。

ビート・ザ・コントロールのメルマガはこちらからどうぞ




“自分の限界を超えておく。” への4件の返信

  1. そうですね。

    ほとんどの人がひとりでは追い込めないからトレーナーやコーチが必要と言われていますよね。

    限界を超えた目安としたら肉体的に強制アウトになったときでしょうか、、、椅子に座ったままパソコンの前で寝落ちした後藤さんのように。。

    今回の例でいうと、ブレット100本→110本は限界を超えているのではなくて、負荷80が85になった程度ですね。ブレッドライティングで限界を越えるとしたら、もう指が動かなくなるとか、意識飛んで白目剥くとかではないですかね。身体がストップを止めない限り限界を超えていないのです。

    ねむいとかお腹減ったとか疲れたとか指が痛いとかは心理的限界ですから。心の甘い声を無視して、身体の声にしたがって生きましょう。僕もまだまだ限界突破できないです。。

    1. メッセージを書くとき、
      合理的であろうとする自分が顔を出して、
      それは理解されようとする現れなのだと思います。

      しかしそれでうまくいくかというと、
      そういうわけではないので、

      身体の声に従い、自分が限界突破します。

      身体の声、、、思うにこちらのほうが、魂の声に近いと感じました。

      ありがとうございますー

  2. むかーしむかし小野くんと同じ中学校のバスケット部に名物「平野ダッシュ」というしごきメニューがありました。全力で走らない者がいればこれ全体責任とさらにもう一本ダッシュ追加。ダッシュすればするほど疲れて遅れる者が出るので負の連鎖でこれが永遠に続きます。もうかれこれ30年近く経ちますが、人生苦しいと思う時未だにこの平野ダッシュが頭をよぎります。ダッシュの間に微妙な休憩があり、顧問の平野先生もそこらへんの限界を観察してダッシュ量を調節していたのか走っている間に意識が飛んでしまった人はいなかったので、しまださんの言う限界突破ではなかったのだと思われますが(今これやったら体罰だなんだとニュースになりそうですが)。

    ただ最近は限界突破(近く)の反動を恐れて身体が自動的にブレーキをかけているようにも感じます。運動でも仕事でも身体的限界近くまで精神で身体を動かすのは可能なのですが、それをすると反動で風邪をひいたり、怪我をしたりします(捻挫や腰痛とか膝に水がたまったりとか)。徹夜とかするとリズムが崩れたり体調が崩れたりするので、長期的に見ると結局効率が悪くなったりするので、むしろサイヤ人のように無理に限界突破で急成長させないで、徐々に上限を上げていく「ゆでガエル型」限界突破モデルを意識しています。ベストキッドのように「あれ?いつの間にか出来ている」みたいな(ゆでガエルは環境に適応するというよりは環境変化が小さいために限界を超えたという感覚が麻痺している感じです)。中長期的な「慣れ」が必要なスキル、例えば語学力向上とかは特にそういうやり方が向いているような気がしますがいかがでしょう(同じドラゴンボール世代だと思うので言いたいことはなんとなくわかってくれると信じてます…)。いつか何かのご参考までに。

    1. 平野ダッシュ 笑

      バスケ部のそれを眺めながら、
      ああ、またやっているとバット振りながらつぶやいていました。

      たぶん、限界突破は一度それを超えると、
      基準値が高まる体験をするので

      漲るエネルギーのようなものを
      感じられるようになる、という認識です。

      身体はつかれていても、心地よいというか。
      オレ、伸びしろありまくりじゃん、みたいな。

      たぶん限界を超えることと徹夜とは
      ちょっと違うのかな、と思います。

      結果的に徹夜していたよ、みたいな感じかな、、、

      ハンマー投げの室伏さんが言うに(同い年だね!)、
      「もう限界だ」という人に限って限界までやっておらず、
      周りの人から見れば限界までやっている人のほうが、
      自分では「いや、まだまだ足りない」と言うものだそうです。

      だからたぶん限界を超えるには、
      どこに行きたいのかがわかっている、
      その必要もあるのかなぁ、と思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください