「考える」と「悩む」の違いは?

現在、新横浜駅の新幹線プラットフォームにいます。

新幹線の時間まで15分ほどあるので、グループマネジメントクラスのLINEグループチャットを見ながら、ふと気づいたことを。

言葉の定義の話ですので、私見として。

「考える」ことと「悩む」ことは異なると思っておりまして、こう書くと多くの皆さんは「それはそうだろう」と頷くかと思います。

しかし、本来は「考える」ことを「悩む」と表現していたり、また逆もあるでしょう。

僕はどういうふうに定義しているかというと、

*経験や材料が集まっている状態で、5W1Hを用いるなどし、解決策を見つけることを「考える」

*経験や材料が集まっていない状態で、またそれらが必要だと気づかない状態で考えてしまうことを「悩む」。あるいは解決策を見つけるための経験や材料がないなかで考えてしまうことを「悩む」

こんなふうに定義しています。

これらは今言葉にしてみたので、いずれ定義や表現を行進するかもしれませんが、20年近くこの定義を用いています。

なぜこの定義になったのか?

25歳から28歳まで勤めていたリクルート社での経験によります。当時の僕は学びディビジョンカンパニーというところに所属しており、担当していた仕事は専門学校や大学短大への企画営業です。具体的には、進学リクルートブックという高校生が進路選びに使う情報誌があるのですが、この誌面を広告として学校に営業していました。集客、というよりは学生を集めるための広告を営業し、学生集めという課題を解決してもらうことが仕事でした。

当時、JSコーポレーションという会社やマイナビという会社などが競合で、リクルートよりも安価で広告を売っていましたから、高価なリクルート広告を買ってもらうためには、買うことによりクライアントが課題を解決できると実感、また、実際に解決してもらわねばリピートはありません。

市場はほとんど飽和状態ですから、売上を毎年伸ばすためには、学生を前年よりも多く集め、広告予算を増やしてもらう必要があるわけです。

だからこそ、ものを売るというよりは解決策を売る。そんなことをやっていました。

ところが25歳当時の僕は社会人経験はじめてということもありまして、そもそも広告とは何か?企画とは何か?提案とは何か?がわかっていません。

そこに入社初日から登場したのが、同じ部署の土門さんという一つ上の先輩でして、「君はまず、毎日企画書を書いてきなさい」と。そんな指導を受けました。

書いてきた企画書を土門さんに見せるのですが、その時言われたのが「今の君には頑張れとしかいえないな」というセリフでして、論理も根拠もないから、提案に値しないだろうと。まずやるべきことは他にあるんじゃないの、というメッセージだったと今では思っています。

そんな土門さんに言われたセリフの一つが、「それは考えているのではなくて、悩んでいるだけだ」というもの。定義は、先に紹介したとおりです。

この先輩は年間で億単位の広告予算を企画とプレゼンテーションで得てくるなど、実績は抜群でしたから、言われて悔しいのだけれども、これは真似しようと思ったんですね。

それで、今に至ります。

考える前段階、すなわち経験も材料もないのに「考えています」という人はいますが、それは悩んでいるのだと僕は思います。

考えるためにやるべきことをやる。「悩んでいる」のであれば、解決策を見出すための経験や材料を集める。

これが、第一歩なんじゃないかと思います。

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