セールスライティングにおいても希望的観測は抜く。

セールスライティングのスキルをあらためて磨き、活用していくことを考えた時、この4年間で結果を出せた時と出せなかった時の差は何なのだろうか、と考えてみました。

一言でいってしまうと、セールスレターを書く時に希望的観測があったかどうか。これかなと思います

よく、「リサーチが大切です」とは耳にしますが、希望的な観測を含めていないリサーチは、10のセールスレターがあれば1もないんじゃないかと思います。つまり、普段目にしているセールスレターというのは、何らかの希望的観測をもとにしたリサーチが入っていて、それが僕たちに違和感をもたらす原因になっているんじゃないか。そう考えてみました。

これまで書いてきたセールスレターのなかで数字を出したものは、僕自身が経験してきたことをもとに書いたセールスレターでした。

社員のマネジメント。会社の人材採用戦略。起業方法。心理学。語学スクール。

数字になったかどうかはわからないのですが、高濃度ビタミンC点滴療法に関するセールスレターもまた、自分の経験があったからこそ書けたものです。

僕はリサーチとはつまるところ、自分自身の体験、経験に近いものだと考えておりまして、コレは毎年鼻をへし折られる原因でもあったりします。

ダイレクト出版さんでセールスレターを書き、ビートし続けているのだからいい腕前になったものだ、などと思おうものなら、自分をペルソナにできないような心理的に未経験の分野がやってくると、数字を出すことができない。

「こんな感じだろうな」という想像は、まだまだ想像にすぎないんですよね。若い頃に図書館で人に関する番号が振られた本(人文系とか、そういう区分の話だったと記憶しています)を片っ端から読み、彼の昔話からおそらくは街に出て多くの人と語らい合ったジョン・カールトンのようには、まだなれていない。

きっとこうであろう、という推測は、まあ当たりません。僕の場合。

ですから、自分が体験して、自分がすでに経験していて、自分をペルソナにできる読者が対象の場合であれば、数字を出すことができる。

あらためて振り返ってみると、やるべき案件とそうでない案件というのは、自分自身をペルソナにできるかどうか。言い換えると、ペルソナ像を身体的に染み込ませているかどうか。「あ、わかる」という阿吽の呼吸レベルまで、彼女や彼を知っているかどうか。

例えば僕は、「ラクして稼ぎたい」という人の存在を知っているし、気持ちとしてはわかるけれども、「あ、わかる」とはならない。だから、彼らを対象にしたセールスレターは書いても結果が出ないだろうな、ということはわかります。

僕は分野では書く書かないを決めないほうがいいと、『セールスライティングスタートアップガイド』で話していますが、書く書かないを決めるとしたら、ペルソナが「あ、わかる」かどうか。

希望的観測が当たるならばいいのですが、僕の場合は当たらないので・・・

コレはやらないこととして書き出しておきました。

ただし、十分なリサーチ時間を確保できる案件なら、別ですけれど。

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