コピーライティングでメシを食うならキッチンパパへ行こう。

3日間の京都滞在で2回行ってきました。キッチンパパ。

この店は2003年から2005年までの京都滞在時に知ったお店で、たまにごはんを食べに行っていました。ホットペッパーの営業の一貫なのか、他の理由かは覚えていないのですが、ウマイお米が食べたいならばキッチンパパへ行け、を合言葉に、自転車に乗って男3人とかで大盛りにおかわりでいただいておりました。

割と何でも美味しく食べられる僕でありますので、何もキッチンパパへ行かなくても美味しいお米は食べられるのですが、しかし普通に炊いたお米であるにもかかわらずキッチンパパのお米には、純粋なお米の味わいがあります。

普通なんだけれども、美味しい。

その謎を解こうと思いまして(これは後付けなのですが)、久々に千本上立売まで行ってきました。

キッチンパパは、150年間続く大米米穀店の奥にある洋食屋さんです。入口を開けるとまず米穀店がありまして、ここで一瞬置物かというほど気配を消されているおばあちゃんがたたずんでいらっしゃいます。

そのおばあちゃんの笑顔に見送られながらキッチンパパへのバネ式扉を押しますと、そこには喫茶店風というか、昭和的な洋食屋さん風というか、僕の語彙のなさを悔いるばかりではありますが、落ち着く空間が広がっています。

洋食屋さんですよ、という雰囲気の店員さんに誘導されて席に着くと、早速メニューを拝見。注文時には、ごはんの量を聞かれまして、一瞬躊躇したもののもちろん大盛りでと注文。

待つことしばらくしてでてきたハンバーグとチキン南蛮、そして大盛りごはんをいただいてみますと、うん、やはり普通に家で食べられるんだけれども、普通に純粋に美味しい。そんな味わいです。

たぶん、ハンバーグとかチキン南蛮とか、お米そのものならば、他に唸るお店ってあるんです。だけれども、今日も通ってしまうほどに(しかもお米も購入するほどに)、後味マイルドなお店なのです。

京都の日比野さんに説明したときは、「いわゆる波動がいい、ってやつです」とお話したのですが、これだとわかる人にしかわからないだろう、ということで、今日も名古屋に行く前に、バスに飛び乗りキッチンパパへ行ってきました。

限定品であるミスジのビフカツを頂きたかったのですが、ディナー限定ということで他のメニューを注文し、両親にお米を送ろうと料理を待っている間に米穀店の方へ。

おばあちゃんはウトウトしておりまして、僕が目を離すとまたウトウトしていらしたのですが、「どのお米がおすすめですかね」と尋ねると、流石に150年の歴史がある米穀店です。「好みによるんだけれどもねー」とペルソナの気づきレベルを意識した話術で、説明してくださいます。

すると、先日惚れ惚れするような接客をしていたシュッとした若い男性店員がやってきまして、おばあちゃんは彼を見ると接客をバトンタッチ。

ムム!彼はどうやらやり手なのか、と思わず膝を打って先日の接客を思い出していました。

赤ちゃんを抱っこした女性が店を出るときはさり気なくバネ式扉を開いたまま固定しておき、見送っていましたし(気づかれず、お客さんの深層意識に良店を印象づける方法。だからこそ、イヤラシクない!)、僕が一膳目を食べているときにやってきて、「そのお米は京都産のミルキークイーンですが、もしおかわりされる場合は、富山産のコシヒカリになります」とわざわざ伝えに来てくれまして、これは三杯目も期待していいのか、という思いを抱かせてくれました(隙間理論!)。

ごはんの味わいがまさに何にでも合う、という感じだったので、カレーをリクエストしたところ、通常メニューにはないのですが、としながらもランチの日替わりでカレーに近いものをやるときもあるんです、と教えてくれたあたりも、QUESTフォーミュラでいうところの、S、Stimulateしているな、と感じました(まさに、隙間理論を実践)。

今日のお米購入時に、「お兄さんは、こちらの息子さんですか?」と聞いてみると、聞き取れなかったんですが、たぶん「そうです」と。

なるほど、家業を継ぐというのは立派な男を育てるのかと一人うなずきながら、ローマの靴職人、アントニオのことを思い出しました。

「めずらしい銘柄なんです」という新潟県産の「新之助」を両親に送り、再びキッチンパパのほうへ。

厨房を見ると、そのお兄さんを少し恰幅良くしたような若い男性がいたので、どうやらこの店はパパと息子たち、そしておばあちゃん、まさに家族経営でやっているようです。

自分たちのルーツに無意識でしょうが誇りを持ち、来てくれるお客さんを普通にもてなす。

無意識の内に出てくるさりげなさは、サービスにおいては最高級のものだと感じておりまして、なぜならそれは、どんなお客さんにとっても受け入れられるものだからです。しかも、いい気分になれる。

コピーにおいても、無意識に出てくるようなさりげなさをどう言葉にするか。しかも、無意識を意識して。

思わぬところで、コピーライティングを学びました。ありがとうございます。

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