行動は言葉よりも雄弁に語る。

ペタンと背中が床にくっついて緩む空気感。

ベストパフォーマーズの東京ワンデーセミナーが開催されまして、ストレッチポールを車で運搬し、ビデオカメラと三脚を片手にスタッフ参加してきました。

ハタから見ていてもセミナー前とセミナー後の姿勢が変化しておりまして、わかりやすいのは、セミナー前、というよりもトレーニング前になるのかな、床に仰向けに寝ても背中が床にピッタリくっつかず、どこかが浮いている状態。

しかしセミナー後は背中が床にピッタリ付く。

「弛緩された」わけではないけれど、あの長いストレッチポールを背中に置いて、バンザイしたり両手を広げたりするエクササイズのあとで、ストレッチポールを外して床にペタッとくっつくときの空気感は、緩むという表現がフィットします。

こわばって、緊張していた身体が緩むんですよね、たぶん。だから、それがほぐれて伝わってくる。

この状況を言葉で伝えようと試行錯誤するのですが、セミナーを受けた本人に伝えることが難しい。

自覚がない場合も、あるので。

だからその緩んだ空気感を眺めることができると、また、他の人の緩んだ様子を見ることができれば、効果が伝わるんだけどなぁ、でもビデオでも伝わりにくいんだろうなぁ、と地団駄踏んでいました。

行動は言葉よりも雄弁に語るとはよくいったもので、自分の行動って自分ではリアルタイムに見ることってできない(できなくはないでしょうが)。だから、自分のことは自分が一番よくわかっていない、という状態が生まれるのかなぁ、とか考えています。

自分が考えている自分像と、他者から見た自分像というのは、どれも自分ではあるけれど、他者から見た自分像のほうが、確かに説得力がある。

目に見えていたり、耳に聞こえていたり、しているわけですから。

だから自分を知ろうと思った時は、小学校入学と卒業などの歴史だけではなく、他者からどう見られていたのかを調べたほうがいい。そう考えています。

僕だけかもしれませんが、つくづく自分が考える自分というものは、他者からすると真逆であったり、気のせいであったり、ということを経験しています。

客観的な指標、例えば踏み台昇降運動とか、立位体前屈とかをしてスコア化するなど、基準を持って、自分を知りたいものです。

言葉よりも、行動で判断されていますからね、僕たちは。

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