暮らすように仕事するには、どうする??

今日も台北にいます。

台北を拠点にして、昨日は九份まで。お茶屋さんの雰囲気が『千と千尋の神隠し』を彷彿させる舞台ですが(宮﨑駿さんとスタジオジブリは公式に否定しているのだとか)、雨で霧という天候が一層、不可思議さを醸し出していたように感じます。台湾茶のなかでも梨山烏龍茶を作法に則って(豪快に茶器にお湯をドバドバかける店員さんの姿にビビりました)楽しんだのですが、香りと甘み、そして苦味が際立っていました。烏龍茶でもこんなに違うとは。

九份と聞くと『千と千尋の神隠し』を思い出す人のほうが多いと思いますけれども、たまたまタクシーの運転手さんが教えてくれた「陰陽海」。この海は鉱山から流れ出てきた川の水が鉱物で黄金色になり、それが海に流れ込んで黄金色と紺碧色とが織りなす奇景が生まれるわけですが、それを楽しむことができるスポット。

金鉱の街なんですよね、九份は。Wikipediaによると

その昔、九份は台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、日本統治時代に藤田組によりその最盛期を迎えた。九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたものであり、酒家(料理店)などの建物が多数残されている。
しかし、第二次世界大戦後に金の採掘量が減り、1971年に金鉱が閉山されてから町は急速に衰退し、一時人々から忘れ去られた存在となっていた。

どちらかというとこの街がスポットライトを浴びるようになったのは、『悲情城市』という映画のロケ地になり、この映画が台湾で空前のヒットとなったことがその理由のようです(これもWikipedia参照)。

人の感じ方で伝わり方は異なってくる。そんなことを九份の茶芸館で思いました。

さて、暮らすように仕事するには、どうすればいいのか。

僕が考えるに、暮らしと仕事が一体となったものが自然だなぁ、と思います。今日は出かけるから(仕事ができない)、今日は仕事だから(出かけられない)、という言葉を使う必要がなく、出かけても仕事ができるし、仕事をしても出かけることができる。

中には暮らしと仕事を分けたい、という人もいると思いますし、それはそれでいいなぁ、と思います。日曜日に家族で出かけて、月曜日からの仕事に備える。こういう家族の姿やライフスタイルもいいですよね。僕は両親が自営業だったこともあり、土日は仕事だったので、土日に出かける友だちの姿に憧れはありました。ただ一方で、両親が自営業だったことが影響しているのか、休むにしても出かけるにしても自分側に選択肢は置いておきたい、そういう志向のほうが強かったのだと思います。

毎日の暮らしを営んでいるだけで仕事もできていた。

こんなスタイルのほうがいいんじゃないかって思うので、そのためにどうすればいいのかは頭のなかにおいています。

かつてのように、行くべき時にタイに行けず、長男からお父さんという名の知らないおじさんと見られることに、心を痛める。そういう毎日から、遠くに離れたい。

だからこそ、例えば自給自足の生活をするのか、時間と場所と仕事を選べるスキルを身につけるのかなどなど、自分の志向に合わせて行動を決める必要がある。そう考えたわけです。

僕の場合は、セールスライティングが「時間と場所と仕事を選べるスキル」でした。暮らすように仕事するための、手段ですね。

他にもそういうスキルはあると思いますが、自分の経験からするとこれはオススメです、ということで。

まずは、時間と場所と仕事を選べるスキルの修得に焦点を当て、この優先順位を最上位にすること。お客さんから選ばれるまでスキルを磨くこと。誰もができることを誰もがやらないレベルで励むこと。

暮らすように仕事するためには、こういう時期も必要だと僕は感じています。

自分にとっての優先順位を明確にしていきたいものですね。

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