自分のルーツ。

「ルーツって大事だと思いますよ」

ワイルドサイドの島田さんにこう言われてから、耳に残っています。ルーツ。

どんな文脈の中で登場したのかは覚えていないのですが、推測するにたぶん、コア・バリューの話をしている時だったような。

僕は割と無意識を使うというか、無意識を意識するというか。セールスコピーを書く時にはこれを作法としています。ワイズマンの言葉を借りるとクリティカルファクターの壁を超える。このやり方はボーッとするなのですが、これ書くとやり方がわかりませんと言われそうなので、今日は名称にとどめておきます。

ダン・ケネディやジョン・カールトンの音声を聞いて、無意識を使うライティングを意識して、あるいは無意識に行っていたため、ワイズマンに事業プランニングを学んだ時に登場したクリティカルファクターの壁を超えるというのもしっくりきました。

コア・バリューは書き出すことをまずはオススメしているわけですが、これだって実は考えても出てくるものではないと思っています。無意識が知っているというか、そんな感じです。書き出すことがその触媒になることを僕は実感しているので、まずは書き続けてくださいと、そう伝えています。

一方で人は、自分に都合のいいように解釈したいもの。オメガとかロレックスとか、ジャガー・ルクルトを買う時に、奥さんには仕事で必要だからなど、もっともらしいことを言ったり。

世の中的に評価される生き方、在り方に引っ張られたり。

これが無意識からくるものならいいのですが、往々にしてそれは意識的に作り上げられたものだったりします。世の中の常識や評価基準という器に自分を入れてしまっている。これは逆です。自分という器に世の中の常識や評価基準を入れる。だから、選択することができる。これは自分に合うとか合わないとかね。常識や評価基準を全て受け止める必要はないと、僕は思う。

もちろん、礼儀やマナーは大事だと思うけれど。それだって形式だけ取り繕えばいいってものではない。見える相手見えない相手含めて、敬意や配慮が伝わるかどうかかな、と。

いずれにせよ、都合のいい解釈はコア・バリューから離れる可能性があります。だから、先日のビーコン合宿ではグループワークを通じて他者からどう見られているかを知ってもらいたかったし、真逆をみてください、という話をしました。

意外と真逆に、本音は隠されているものですよね、と。そしてその本音は、他の人が聞いたらギョッとするものかもしれないですよ、とも。必ずしもギョッとするものではないでしょうが、自分を眺める時の参考になれば、と思い、極端な表現を使いました。

自分のコア・バリューというものは、常識的なものから生まれたわけではなく、自分の人生が凝縮されたものになっていることが多いように思います。結果として常識的なものになることはあれど、自分という器にそれがあるイメージです。逆では、ない。

すでにコア・バリューはあなたの中に在りますよ、と。これまでの環境が自分をつくってきたわけですから、ルーツは見るべきものなんだと思います。

だから、ルーツ。

神職養成講座に通う姉弟さんになぜ通うのかと聞いたところ、そこに明確なものがあるわけでなく、ただ家が代々神社を継いでいるからっぽい。

僕はこういう無意識に在り方を委ねることって、人生を豊かにして周囲や社会も豊かにするものだと考えているのですが、

長くなりそうなので、また書きたくなった時にそれを書こうと思います。

レールが見えないのか、それともレールを選んでいるのか。行動は同じでも器が違えば、違った人生になるんじゃないかな。

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