セールスライターになりたい人など、いない。

セールスライターになりたい人は他にいませんか?
独立起業したい人は他にいませんか?
時間と場所の自由が欲しい人は他にいませんか?

経済的な自由を含めて僕は思うのだけれども、そもそもそうなりたい人なんて誰もいないだろうと。

なぜなら、これらは手段であり、言うなれば物理的な特徴にすぎない。この場合物理的というのは、働き方とか書き方とかで明確に表現できるもの、としてください。

セールスコピーを学んでいる方はご存じだと思いますが、人は特徴を求めているのではない。一見特徴に見えるものを好んでいても、その実その背後にあるベネフィットを求めて行動するわけです。

例えば、4Kのテレビならば、「子どもの運動会で場所取りしなくても、遠くから撮影しさえすれば表情クッキリだなぁ」とか、「ああ、今年は早起きしなくていいなぁ」とか、「妻からガミガミ言われなくてうれしいなぁ」とか、ですね。

その特徴を手にする人、その特徴を求める人によってベネフィットは変化するものですが、欲しいのはベネフィットであり特徴ではない。

いや、確かにその特徴そのものを欲しくはあるけれども、特徴は動機にならない。

動機になるのは、ベネフィットなんだと、僕は考えています。

だから「セールスライターになりたい人は他にいませんか」とか「独立起業したい人は他にいませんか」とか「自由が欲しい人は他にいませんか」とかを見るたびに、

最近は、自分自身が恥ずかしくなることもあります。

このブログでもかつて書いたセールスレターでも、こういう表現を使っていたことはありますし、あえて使うこともあるのですが(特徴を伝えるだけで、ベネフィットに脳内変化されるような、そういう人たちを対象にレターを書く場合はそうですね)、

ここに反応する人たちは、そもそもそのスキルを得るまでやり続けることは難しいだろうと。

なぜなら、動機がないからです。やり続ける必然性がないのに、修行など誰もしたいとは思わない。

やっぱり「なぜ」がないと。

「なぜ」に対する回答がない場合、仮に回答っぽいことはあっても主張になっていない場合、動機が希薄ですから、やり続けることができない。

どう生きるのか?

そして、ラクをしたい脳、生存本能を司る脳を知らないとなぁ、と思う。

じゃあどうすればいいんだろう、どうすれば手段としてのセールスライティングや独立起業や時間や場所の自由と言うものに気付いてもらえるのだろう、どうすればその人自身の在りたい生き方に気づくのだろう、というのがこの2年間における僕のテーマであるのですが、2年前よりも1年前、1年前よりも今のほうが、

こうすればいいんじゃないか、ということが姿を現しているなぁ、と思います。

長男を歯医者さんに連れていき、ここ3日ほど同じ場所から写真を撮っていたら、こんなことが言葉になりましたので、参考までに残しておきます。

セールスライティングスタートアップガイドの無料入手はココから↓




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です