「なぜ」と「どのように」。

質問するときの技術として、「どのように」と問いかけるか「なぜ」と問いかけるか、というものをたまに見かけることがありまして、「どのように」であれば解決策へと目が向くとか、「なぜ」ならば原因へと目が向くとか、色々書かれています。

その中でも見かけるものとして、あ、ここから先は私見としてご覧ください、「なぜ」よりも「どのように」と問いかけたほうがいい、というものがあります。

何かでうまくいかなかったとき、「どのように」すればうまくいくだろうか、と考えたほうがいい、とかですね。「なぜ」と問いかけてしまうと、できなかった原因に目がいくので、それがよろしくないというような。違ったかな。

ポジティブとネガティブ、という対比で見かけることもあるのですが、僕自身はどのようにとなぜ、どっちも大切だろう、という立ち位置です。

たぶんその問いかけには順番があって、最初になぜが来て、その次にどのように。

解決策というのはエラいたくさんあると思いますが、やせたいと考えている人にとって必要なやせ方は、人によって違うと考えているからです。

3週間かけてボクシングの試合のためにやせる必要がある人もいれば、3日間で一時的にでも体重を減らしておく必要がある人もいる。

こういう場合、やせ方って違ってくるだろうな、と思うわけで。

このボクシングの試合のためにやせる、もしくは、一時的にでも体重を減らしておく必要がある、という目的なしに、「どのように」と問いかけてしまうと、解決案は色々と出てきそうですが、見当違いのものもでてきそう。

たとえばですけれど、ボクシングをやっている人に対して減量の期限が3週間だった場合、そのボクサーの事情を知らずに「飲まず食わずで3日過ごせば体重減らせますよ。人間3日食べなくても大丈夫ですから」といったところで、ボクシングの勝利には繋がりにくい。

うーん、コレは極端な例ですが、どのように、という質問が生きてくるのは何らかの目的があるときのように思います。

セールスライティングを勉強すると、一度は写経をしなければ、と考えたことがあるかと思いますが、この写経だって「なぜ」が先にくる。

ダイレクト出版さんの認定セールスライターになりたい場合と、楽天に出店するような会社さんのランディングページを書きたい場合なら、少なくとも写経題材が変わってくるはずなんです。

他にもたとえば、ジーン・シュワルツの5つの気づきレベルとか、マズローの欲求段階説とかを加味すると、写経すべき題材は違ってくる。

目的なしに「どのように」と問いかけてしまうことで、コレはこれで大切な視点ではあるけれど、これから書くセールスレターには必要ないのに、「これは売れているコピーだから」とその背景を考えずに写経してしまったり(そもそも写経しなくてもいいかもしれませんけれど)することってあります。

だからまずは「なぜ」があって、その次に「どのように」かな。

セールスライティングを学ぶ時も、実は同じでして、まずは「なぜ」で、その次に「どのように」なんだと僕は思います。

P.S.
インターネットの情報はやはり体験しておかねばならない、と思ったことが昨日ありまして、お店の紹介を記事にする時、自分の舌とか目とか、身体を使って体験することってやはり大切だと確認。

昨日の夜に行ったお店は紹介しづらいけれど、しかし今日の昼に行ったお店は、日本からやってきた日本の方に、見た目も味も、雰囲気もいいタイ料理を食べさせたい、しかも、肩肘張らずに、それでいて、「よくこんなお店を知っているね!」と自尊心まで満たしてしまうというわがままオーダーに応えるお店でした。興味があれば、続きはこちらから

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なぜ。

自分の今の経験で、言い方を変えると思い込みで解釈してもこじつけてしまうものだから、考えないほうがいいですよ、とは僕がよくする話です。しかし、考えないほうがいいとは言っても実際のところ考えていることは僕でも多々ありまして、それは何を考えているのかというと、「なぜ」を考えること。

こんなふうに生きるといいんじゃないか、という人がいるとして、しかしその人の考え方とか行動基準とか、会ったときはもちろん1ヶ月とか3ヶ月でわかるわけではない。

しかし、今の自分とその人の違いを生み出しているものは考え方とか行動基準とか、環境とか、いろいろな要素が混じり合っているわけだから、一緒に行動してみてその人を観察し、真似てみる。同じようなものを買ってみて、同じようなものを食べてみる。同じセミナーに参加してみる。

根っこの気持ちでは応援するという意味合いでセミナーに参加することが増えてきたように思いますが、もちろん学んではいるけれど、その人がなぜそういう講座やセミナーを開いているのかに思いを巡らし、その仮説が「ああ、そうだったのか」とわかる瞬間もまた、他では得がたい経験です。

僕が木坂さんや島田さんのレターを写経し続けるのは、もちろんセールスコピーの原理原則に則って、売れるレターの構造を身体に染み込ませることにあるのだけれど、その先に感じられるのは、その人の価値観とかコア・バリューとか、ミッションとかビジョンとか・・・うーん、在り方かな。どう在ろうとするのか。

これは、ジョン・カールトンやロバート・コリアーなんかもそう。

ジョン・カールトンは、いわゆる「ゴー・ネガティブ」があまり好きではないといいます(使うかどうかはまた別の話かと)。なぜなら、人がモノやサービスを購入するのは、「こうなりたい・こうありたい」という未来を購入するためであって、決してネガティブになりたいわけではないからです。

だからその人の書くものにはその人が透けて見えるというか、その人の人となりがあらわれるものだなぁと思うわけでして、実際にジョン・カールトンのコピーを読んでみると(多分ローカライズされたものですが)総じて明るく前向き。読んでいて、心が躍る。

なぜ、ジョン・カールトンのコピーに心が躍るのかといったら、ゴー・ネガティブを好まないというところ、人はうれしい未来を購入するというところにたどり着く。

写経して忠実に真似をすることは大切ですが(選ばれる人になっていないならなおさら)、常に「なぜ」は脳に持っておく。なぜこの言い回しなのだろう。なぜこのヘッドラインなのだろう。なぜこの価格のプレゼンなのだろう。

忠実に真似はする。けれど、なぜは常に問いかけておく。

すると、ある日フッとああ、こういうことだったのか、とわかる時が来ます。

昨日、グレートジャーニーのスポット参加の件で、後藤さんとスカイプでミーティングをしていたのですが、その時「島田さんがなぜメダルと交換でランチミーティングができるのか」というような話になりました。

島田さんがワイルドサイドを歩こうよでランチミーティングをはじめてからもう2年以上経つと思いますが、当時から「なぜメダルと交換で?」「なぜランチミーティングを?」「なぜ実質無料で?」という問いを頭においてきまして、実際に僕もマイルと交換でランチミーティングをやってもみました。

それがふと後藤さんとのミーティング中に、ああ、島田さんがメダルと交換でできるのはそういうことか、と腑に落ちた感があったのですけど、

言いたいのはこういうことで、ある人が何かをしている時、それが考え抜かれたものであろうとそうでなかろうと、目に見えることだけではその理由がわからないことって普通で、1年も2年も頭に置き続けてわかるような感じになることってありますよね、ということ。

真似しているのだけれどもうまくいく人とそうでない人の違いは、「自分の解釈を極力加えず、忠実に真似するかどうか」だとはよく聞く話だと思いますが、

もう一つ加えると、「忠実に真似をするけれども、なぜを常に問いかけ続けているかどうか」じゃないかな、と思います。

あとは実際に試してみること。身体を動かして試してみることが、その答えらしきものを導いてくれる唯一の方法なんじゃないかな、と思うんですけどね。

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「なぜそれをやるのか?」は経験から生まれる。

コンドミニアムそばのスターバックスに来ています。

オフィスビルの1階に位置するこのスターバックスは平日こそ賑わいますが、土日は人もまばらで割と静か。

それでいて音声に寛容なタイだからか、店内でスカイプや電話で通話していても誰も僕を振り返らないし、皆思い思いに音声を楽しんでいます。

このへん、先ほどまでスカイプで打ち合わせをしていた日比野さんに伝えたのですが、文化の違いというか、電車のなかでの携帯電話の通話をマナー上おやめくださいという日本と、電車のなかでも携帯電話の通話をオーケーとするタイと、常に僕は二律背反のようなものを経験しているんですよね、だからいわゆる普通の感じ方や考え方とはちょっとずれているのだと思います、こんな感じに。

日本の文化はいいなと思うし、携帯の利便性を考えたら電車のなかで通話がしにくいってどうなのだろうと思うゆえ、タイの文化もいいなと思う。

両方よしでいいんじゃない、っていうのが僕のスタンスだったりします。

大体において、「こうでなければならない」ということは思い込みだったりしますから。

日本の電車しか経験していないと、電車のなかでは通話はやめておこうとなる人がほとんどだと思いますし、タイの電車しか経験していないと、電車のなかでは通話もオーケーとなる人がほとんどだと思います。

「なぜ、電車のなかで通話をしないのですか?」「なぜ、電車のなかで通話をするのですか?」

この「なぜ」に対する回答は、日本とタイとでは異なるでしょうし、なぜならそこで経験してこそ、この回答ができるはずだから(伝聞推定もありますね)。

経験してこそ、「なぜ」が生まれる。

僕は事業とかビジネスはもちろん、何かをはじめようとする時に必要なことを一つだけあげるとしたら、「なぜ」なんじゃないかな、と考えています。

「なぜ、ダイエットするのですか?」

「なぜ、タイと日本を行ったり来たりするのですか?」

「なぜ、会社員をやめて独立起業したいのですか?」

この時たぶん、伝聞推定で誰かが言っていたことを口にしてもそれをやり続ける原動力にはならなくて、自分自身が経験したことのみが原動力になる。

だからこそ、経験が必要なんだと思います、何かをはじめるには、身体性を伴った経験が。その「なぜ」に回答するには。

ビーコンのブログに登場する後藤さんだって日比野さんだって、何らかの経験があるからこそ今の選択をしているのであって、その行動には「なぜ」がある。

続けられるひととそうでないひとの違いのひとつは、「なぜ」があるかどうか。

僕はそういうふうに考えています。

「なぜ」今それをしているのか?「なぜ」セールスライティングを学ぶのか?「なぜ」独立したいのか?

もしなぜに対する回答が出てこない場合、自分の経験を幼いころから振り返ってみることが、そのヒントになるのかもしれませんね。

僕が毎日街に出るとゴミ拾いをする理由が、幼いころの行動に隠されていたように。

本当にやりたいことであれば、それは決して思いつきではなく、自分のなかに理由が隠されているはずですから。

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