集中していたら妹をニラみつけた件。

割と兄弟仲はいいほうだと思いまして、妹には優しい兄貴だと思いこんでおりますが、先ほど妹が僕の肩を叩いて「ねえねえ、これさあ・・・」とか言うので振り返ったら、

思わず飛び出した一言が「何だよ」でして、妹がビビっておりました。

最後に妹を泣かせたのは妹が18歳の頃でして、車の免許を取ってうれしかったのか、「お兄ちゃんドライブ行こうよ」と言っていたので「いいよ」と答えたものの、

その後も何度かドライブドライブ言うので、「うるせー」と一喝。

すると二階に上がってしまい机に向かって泣いているじゃありませんか。そんな思い出があります。

さすがに妹も30歳になっていたので、あ、泣かしたのは12年も前なのか・・・今日は泣きこそしませんでしたが、いつどこで震えだすかわかりませんから、家にいて集中することは両刃の剣だな、と思った次第。

一人で集中したければ一階の美容院で仕事すればいいのですが、ほら、今って寒いじゃないですか。だから二階のほうが暖かくて離れたくないわけですよ。

おっとここまで書いて、オレはやらない理由を書いているにすぎないのではないかと客観視し、まあ妹を泣かせるなんてめったにあることではないので、そういうことこそむしろラッキーと考えたっていいよね、と思い直しました。

上記は今さっき起こった実話なのですが、こういうことを理由にしてやらな言い訳をつくりだしている人ってどれだけいるのかなぁ、とふと思いました。

実際のところはわからないし、本人のみぞ知ることでしょうが、もしこれ読んでドキッとしたなら、客観視できている証拠かと思います。

客観視できているのであれば、それを自覚して、やらない言い訳を捨て去ってアクセルを踏む。これだけです。ただし、本当にそれをやる必然性があれば、ですが。

ここをショートカットしてしまうと、いわゆるノウハウコレクターとかチャンス追求型になりかねない。人間誰もが、そういう性質を持っているとは思いますが、これでうまくいくことってそんなにないんじゃないかな、と思います。

言わないだけで、楽していそうな人たちだって、かつてはやっていたでしょうし、いまでもやっているものですから。

話がそれました。

行動量を上げる参考になれば、幸いです。

そうそう。

妹をニラみつけたらそれを目にしたのか母がやってきまして、アンタは妹をもっと大切にしなさいと言うではありませんか。

まぁ、それは確かにわかるけれども、実家にいようがどこにいようが仕事している僕を母も見ているわけですから、もうちょっと長男の肩を持ってくれてもいいだろうに・・・なんて僕は思わないですけどね。

兄貴とはそういうものだろうと。兄妹が平等だなんて言うものは、それぞれに違う接し方をしてこそ平等なのです。

これ、コヴィー博士も言っていたような。兄妹ではないかもですが。

夕食中にひらめいたことがあって、それをメモしておかなかったら失念してしまったという・・・メモは携帯しなきゃ、ですね。

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言葉と実体との一致を、自分も人も感じるもの。

言葉を発信する以上、どうしても実体以上の自分を見せようとしてしまい、言葉と実体との不一致に悩み、苦しむ人たちっていると思います。

僕が「できなかった言い訳、やらない言い訳に気合の言葉はいらない」と言っているのはここにも理由がありまして、そもそもできないこと、やらないことには他に理由があるのだから、それを頑張りますとか次こそは絶対と言ったって身体は反応してくれないもの。

またできない自分を目の当たりにし、こんなはずはないとまた気合の言葉で自分をごまかし、またできない自分を目の当たりにして・・・

これを繰り返していたら、とてもシンドいと思います。

だからやらないことにはそもそもそれを必要とする理由がないのではないかと、ネガティブに自分を見つめる。ポジティブにできるできる言ったってできないものはできない。そこに必然性がないのであれば。

マインドとかメンタルの面でポジティブであることは、周囲をも幸せにしますし、本音でポジティブであればそれこそいいとは思うけれど、

実は自分で気づいているネガティブにフタをしてのポジティブであれば、全員が全員ではないけれどもうまくいかなくて普通だと僕には思えます。

そして自分自身でもそうなのだから、ハタからその行動を見る人たちにしてみれば、たぶんもっと顕著にそれは伝わるものでして、

例えば普段日本で記念撮影をたくさんしてFacebookにアップしている人が、アメリカに行ったと言っておきながらFacebookに写真をアップしていなかったら、アレと思う。

言葉になるかどうかは別として、なんか変だな、程度には感じる。

お金を稼いでいそうな人、お金を稼いでいますと公言している人が、いざ会ってみるとカップラーメンとかワンコインランチとかばかりだったら、アレと感じるもの。お金を稼いでいるとわざわざ公言しているならば、そういう風に見られたいと思うはずですから、であれば会う場所や食べるものは選びそうなもの。

しかしそうしないということは、お金を稼いでいないのか、また何らかの理由でお金を使わないのか、いずれにせよ、違和感を人は感じている。

だからこそ言葉と行動の一致というのは大切なことだと僕は考えておりまして、これはある意味、健康で豊かな人生を送るに必要なことだとも思ったり。精神的な、心の豊かさというか。

口はどうしても開くと喋りたくなるものだと思いますし、僕自身ああ今日は喋りすぎたと反省することしきりではありますが、

言葉と行動の一致を意識していきたいものだと思いまして、記しておくことにします。

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やらない言い訳は2016年に置き去りにし、自分との約束を守り続ける2017年を迎えよう。

現在、押上のスカイツリー近辺にいます。

妻の親族が明日タイとシンガポールに帰るということで、妻と長男次男と一緒に昨晩はスカイツリー前のホテルに泊まりました。

妻の従姉はこの部屋に満足したようで、おかげで本日はホテルを移動する必要がなく、個人的にはホッとしましたし、妻も喜んでいるので割と今日は落ち着いて過ごせるような気がします。

やっぱりできるだけ、日本を楽しんでもらいたいなぁ、と思いますので、愛憎入り交じるというか、そんな感じの心境です。

押上に泊まったことは、個人的には幸運でして、なぜなら昨日の木坂さんセミナーは両国でしたから近いですし、食いトレ部の活動も虎ノ門でしたから、新橋経由で押上までは20分程度だったからです。

活動する場所と寝る場所が近いことは気持ちにゆとりができるという意味でも、2016年にたくさん経験したことのなかでおすすめできることです。

かつて片道1時間とか2時間を使っていたことを思い出すと、だからこそ近い方がいいとわかるわけですが。

経験に余計なものは何もない。まさに、ですね。

さて、昨日の食いトレ部活動は以前島田さんたちと行った虎ノ門の料亭へ。

ケンタロウ部長が言うに、「ジビエスペシャルと命名しました」とのこと。年末にそんなエネルギーチャージできるようなものを食べるなんて、これまでになかったなぁ、と個人的には冬の寒さも相まってしみじみしておりました。

たぶんですが酒粕を使った大根の料理と、白子を食べた時は、まさに言葉にならないという表現がフィットするほどの美味しさでして、

熊も初めて食べましたが、思いのほかスーッととけるようで美味しい。

キノコや里芋(たぶん)が盛りだくさんに煮込まれたなかに、店主に言われるまま山椒をかけると、不思議と一層美味しくなる。

店主も言っていたように思いますが、山のモノ同士で相性が良いというか、味を引き立たせ合うというか、

そういうコミュニケーションを感じました。互いに、引き出し合う。

熊鍋のスープでつくったおかゆを食べている時、どこかの国だったかな、そこでは魚を食べないという話題を木坂さんと店主がしていたのですが、

「うまくないから食べないんだと思いますよ」

という店主の一言がふと耳に入りました(実はこの言葉程度しか昨日は聴き取れておりません・・・)。

これは的を射ているなぁ、と感じた次第でして、確かにうまければ食べるよね、とはスッと腑に落ちる。

商品やサービスだって同じでして、うまかったら食べる、よかったら手にされるのだと思います。

セールスライティングとかマーケティングとかを学ぶと「まず売れ」のような感じで、商品やサービスの特徴やベネフィットなしに売ろうとする気持ちになってしまうこともあると思いますが、

そもそもとして、その商品やサービスが手にされるもの、誰かの悩みを解決するもの、誰をうれしくするものではない限り、

どんなにセールスライティングやマーケティングを学んでも、それらが売れることはないと思います。

というか、売ってはいけないものですよね、これらは。そもそもの市場がない、ということなのですから。

この点島田さんが、この商品やサービスに100万円を支払うほどの熱狂的なお客さんが一人でもいますか、と聞いてこられるのはなるほどな、と思います。

ビル・ゲイツに呼ばれて食事をつくるとか、川端康成にチップをもらって生活をしていた若かりし頃とか、そういうことを口に出すわけではないんですけど(あ、でも昨日はおかゆを出す前に、これは自分で言うのも何ですがなかなかですよ、という感じで話しておりまして、エラく好感持てました)、

なんというか、経験が醸し出すスケール感というか、そういうものを漂わせている店主の一言は、それ自体が証拠になっているというか社会的証明になっているというか、そんな圧倒感さえありました。

2016年を振り返ると、島田さんとのス・ミズーラ受注会に木坂さんのマスタークラス参加、そして食いトレ部参加でジビエスペシャルでの食べ納めなどなど、

License to beatをはじめたこと以外にも、うーん、生活そのものが自分自身にエラく潤いを与えてくれるようになってきた感があります。

かと言って写経とかブログとかビジュアライズとか、3年前からやり続けていることはそのままにしておりまして、僕のお腹の中では今でも、

誰よりも貪欲に、誰よりも量をこなす

誰もができることを、誰もがやらないレベルでやる

これらを大切にしています。

今一番大切なことを、一番大切にする

もそうですね。

僕はその人が発する言葉と行動をほかの人は、無意識に感じ取っていると思っています。

たとえばなぜ、ブログの読者が増えないのだろう・・・自分の商品やサービス、オファーに申し込みがないのだろう・・・ということにふと気づいたなら、

自分自身の言葉と行動を、振り返ってみるといいと思います。

なぜ、僕を「ストイックですよね」と言ってくれる人がいるのかというと、僕の言葉と行動が一致していることを見てとっているからだと考えています。

「お金が十分にないので・・・」と言って自己投資をためらう人がタバコを1日2箱も3箱も吸っていたり、休みの日のパチンコをやり続けたり・・・

「やりきります!」と言っている人が毎日お酒を飲んだら眠ってしまったり、一日10時間は寝ないとダメなんです、と言っていたり・・・

「私はこういう人なんです」と決めつけてしまい、変化したいと言っておきながら変化を拒み続けていたり・・・

それが「今一番大切なこと」であればいいのですが、そうでないならば、それらを一度断つこと無しに、その人の言葉を信じる人は出てこないもの。

木坂さんがいうところの「読まれる人になる」「選ばれしリーダーになる」ことなしに、独立して事業を興すなどできるはずがない。

僕自身の2016年を振り返りつつ、2017年は別のステージに行くことを決意し、

僕自身に緩みがないかどうかを確認するために今日の記事を書きました。

自分自身へのやらない言い訳は2016年に置き去りにして、

自分との約束を守り続ける2017年を、迎えよう。

2016年、お世話になりました。

2017年もまた、ビート・ザ・コントロールを志向する皆さんにとって最高に変化を促す年であることを祈念して。

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