インドからタイ経由、中国。

現在、上海にいます。

朝の5時過ぎに浦東空港に到着したということで、チェックインまで時間もあるし、久々に地下鉄乗って街に出て、麺でも食べようと2号線へ。

乗っている間にふと思い出したのですが、当然のように上海行きの飛行機は中国の方でいっぱいでして、

なんかとんでもないエネルギーを帯びた飛行機だったように思います。

思えば搭乗前にライティングをしていたスターバックスでも、僕の隣に中国の方々が集団でやってきまして、

一人の女性がまぁ金切り声とまではいきませんけど、エライ勢いで喋りまくるわけです。

僕がライティングしている間はずっと喋っていた感があるので、30分はそんな調子でしたでしょうか。

この時すでに、人に酔っていた僕は「これはこの場を離れなければ」と察知し、免税店に行くことを理由にその場から脱出したわけですが、

アレが機内でしかも隣の人だったら、コインバトール到着時のインド人酔いどころではなかったかもしれません。

奇しくも今回、タイを挟んでインドと中国という、世界における人口2位と1位の国へと訪問したわけですが、

大地からグオーンと唸るようなエネルギーは両方の国から感じました。

人口増というのは、単に子づくりが盛んとかそういう話でもないんだな、と。そう思った次第。

上海の地下鉄2号線は相変わらずドアが開くと降りる客を待たずに乗り込んでくるし、エライ勢いで席までダッシュしてきます。

こう書くと誤解もあるでしょうが、なんというか、むき出しの本能っていいなぁ、と思うわけです。

インドも中国も、あるいはタイだって興味のあるものを見かけたらじーっと凝視してくるわけなんですけど、僕の場合「ジーっと見たら変な人だと思われるんじゃないか」なんて自分で勝手に評価してしまい、二の足を踏んでしまうもの。

もちろん個々人が自分の都合を優先させて動きますから、いさかいもあるでしょうし、毎日すったもんだかもしれません。

しかしそれでも、我慢して我慢してストレスでいっぱいになって、自分や家族に当たり散らすよりかはずっといい。

そう僕は考えています。

もしかすると今の日本に足りないものは、インドとか中国の純粋さかもしれないなぁ、なんて思います。

純粋は、時として危険というふうには思っていますけど。

そうそう、今回インドにも初めて訪れ、中国との類似点を見つけたのですが、

両国ともに、ごはんの量が多い。

これです。

今日はお昼に上海焼きそばとじゃがいもの炒め物を食べたのですが、これは誰が食べるんだよ、というくらいにはドカンと大盛りが来ます。

少なくとも2人前はあるのに、じゃがいもの炒め物は15元でしたので、たぶん200円から250円の間でしょうか。

値段はともかく、とにかく量が多い。

しかしインドのそれもなかなかのものでして、以前ブログに書きましたが、ハリドワールからデリーまでの高速鉄道ではサンドイッチの前菜に始まり、カレー2種にライスとナン、そしてデザートっぽいものまで登場するという、やはりエラい量の食事がデフォルトである模様。

実際ガイドのチャマンさんに確認しても、「インド人はよく食べますから」とのことですから。

なんというか、食が豊かな国は、エネルギーにも溢れており、そういう国は国内の物価から考えても、相対的に食べものは安価なんじゃないかな、と考えています。

これはインドや中国、タイやトルコで感じた、私見ですけどね。

そんなことを考えつつ、コンビニで購入した「イタリアンヨーグルト」なるものを飲んで、なんというか、カフェラテとヨーグルトをあわせたような味わいだったのですが、その意外な美味しさに感激し、

やはり中国は奥が深いなぁ、と思った次第です。

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バンコクのホーム感(世界の至る所で、この感覚を)。

昨晩、タイのバンコクに戻ってきました。

エア・インディア機がバンコクのスワンナプーム空港に着陸したのは、確かタイ時間で19時30分ころ。日本時間の21時30分ですね。

ケイコさんからデリー離陸前に届いていたメルマガを送信しようと、あ、その前にワイルドサイド部の島田部長から、

「小野さん、LINEのプッシュ通知は僕もオフにしていますが、城ドラだけはオンですよ!」

と言われていたので、搭乗口そばにあったトイレでそれを思い出したこともあり、城ドラにログイン。

島田さんが将棋のようなところもあると話していましたが、あれは確かに奥が深いなぁ、と思いました。キャラクターによって向き不向きもありますし、相性のいい同士そうではない同士もある。

攻撃的なキャラクターばかり集めても、背後に回られたら城が攻撃されてしまうとか、空中戦に強いキャラクターを集めても、地対空攻撃に強いキャラクターが相手にいると空中戦も何もなくなってしまうとか。

自分の攻め方、守り方をキャラクターの特長に合わせて構築していき、相手の出方を読んで奥の手も用意しておく。

個人的にはセールスライティングに活かせそうなので、License to beatのセールスライティングクラスに参加する方々にはぜひ参入してもらおうかなぁ、と考えています。

自分という器クラスとビーコンコーチング、タレント化プログラムの参加者にも、ですね。

なぜなら、選ぶキャラクターや戦い方、城レベルの上げ方に、その人の性格が出るからです。

性格はその人の生まれや育ちに関係するんじゃないかな、と思うので、ルーツが見て取れるんじゃないか、というのがその理由。これは推測というか私見ですが。

トイレで城ドラをプレイし、そうですね、20分程度はやったかな、スッカリ人がまばらになった搭乗口付近を歩いてイミグレーションへと向かい、ほとんど人のいない入国審査を経て、スターバックスへ。

意に反してエラく混んでいたのでエアポートリンクの駅そばでメルマガを送ろうと移動。

フットマッサージをやりながら送ろうとしたのですが、良い座り心地の椅子ではなかったので、

そばにあったベンチでメルマガ送信作業を行いました。

終了後、マッサマンカレーを食べつつ、ああ、タイに帰ってきたのにカレーが追いかけてくると笑い、ちなみに今朝はカオソイというカレーヌードルを食べたのですが、やっぱりカレーが好きなんだなぁ、とルーツを再確認する次第(母が言うに、僕がお腹にいた時、美容師の母は忙しくても食べられるよう、いつもカレーを用意していたそうです)。

その後は城ドラをプレイしながらエアポートリンクでパヤータイ駅へ行き、BTSに乗り換えてチョンノンシー駅へ。

22時30分ころにコンドミニアムへと到着し、長男次男にインドのオートリクシャーとタクシーのおもちゃをおみやげとして渡し、妻にはアッサムティーやサンダルソープなどを渡しました。

ちなみに今妻が車の修理費請求書を持ってきまして、インドで聞いた時よりも10万円近く高い請求書になっており、

ああ、家に帰ってきたなぁ、と。

インドのデリー到着当初はどうやってホテルに向かえばいいのかわからず、あたりを窺いながらの移動となりましたが、

同じような雰囲気のバンコクではそうではなく、城ドラをやりながらでも移動することができる。

なんというか、バンコクのホーム感にホッとしつつ、こういうホーム感を世界の至る所でも感じられるようになりたいんだよな、と再確認できたこともまた、インドに行ってよかったと思ったことの一つだなぁ、と感じています。

身体性を伴った経験以上に、自分の生きる方向性を感じられるものも、そこにホーム感を感じられるものも、なかなかないと思いますので。

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ハリドワール。ガンジス川の沐浴。聖地巡礼。

昨日の夕方。

早朝にハリドワールに到着し、ガンジス川で手と足だけだけれども沐浴をしたので、

これで沐浴経験したし、もういいかな、と思っていたところ、ワイルドサイド部のはるか嬢が、

「私は夕方に沐浴します〜」

と話す。

あ、また来るのかと思いながら、でも僕は見学でもしていようと心に決め、夕方を迎えました。

バザール(?)を通り、再びガンジス川へ。リシケシュと合わせるとこの日三度目のガンジス川。その流れはまさに急流でして、子どもたちが泳いでいるのだか溺れているのだかわからないけれども、流れに乗って笑い声を上げている姿はなかなかにたくましいものがあります。

そういえばタイでも、妻のいとこたちがチャオプラヤ川上流の源流で、エラく大きな魚がたくさんいる中で飛び込んで泳いでいる姿を見て、その水の濁り具合といい似ているなぁ、と思い出しました。

ガンジス川でも身体全体で飛び込んだら、魚がツンツンしてくすぐったいのかな・・・なんて想像するだけでちょっとくすぐったくなりました。

都市伝説的にチャオプラヤ川にはワニがいて・・・なんて話もありますが、ガンジス川にもワニがいて、ツンツンされたら怖いなぁ、とか。

はるか嬢だけが沐浴をするはずがなく、どうもワイルドサイド部の部員たちは沐浴する気満々の模様。

島田部長など水着で乗り込んでいましたし、イノックさんも水着持参。

中平さんなどガンジス川に到着早々ボクサーパンツ一丁になって、「行ってきます」とガンジス川に飛び込み、幹事カンちゃんはインド女子風にTシャツ来てワーイとジャボン。

なんだよ、みんな入る気マンマンじゃないか、インドでお腹をやられるとか水には注意だとか言っていたのに、何を考えているんだよ、と思っていたのですが、

その瞬間、「ビビったらゴー」を思い出し、

足だけ浸かっていた僕はそのガンジス川の冷たさに神経が研ぎ澄まされたのか、

一度ガイドのチャマンさんが待つ荷物置き場に戻ってシャツとタイパンツを脱ぎ、赤いボクサーブリーフ一丁になって、皆が待つガンジス川へジャボン。

おおぅ、冷たいぃ。

皆の様子を見ていると、インドの方々の真似をして、なんと潜っているではありませんか。

なんだよ、皆ガンジス川大好きなんだな、と思いつつ、僕もジャボンと潜る。

ガンジス川の冷たさに慣れてきた頃、やはりというか流石というか、島田部長が、

「対岸まで泳ぎましょう」

と提案。まぁ、想定内ですけどね。

二人一組で泳ぎ始め、その急流に身体を預けてクロール。

もちろん最短距離を泳ぐことは容易ではなく、ガンジス川に揉みに揉まれてはるか遠くの対岸に到着。

泳いでいるんだか溺れているんだかという姿は子どもたちと同様で、予想通りに島田部長はじめ僕もガンジス川の水を飲み込む。泳ぎながら

「ああ、ついにガンジス川の洗礼を受けたか」

と思いながら、まあ、インドでお腹をやられるのは儀式だからね、とある意味清々しい気持ちでした。

ちなみにその後ガンジス川の洗礼にあったのは、島田部長だけのようで、他の皆は大丈夫な模様。このあたり、さすがの島田さんだよな、と。

赤痢とかコレラとか、大腸菌とかですね、そういったものがありますので、基本的にガンジス川の沐浴はオススメする次第ではありません。

しかしインドの方々にとっては喜々としてガンジス川に飛び込んでいくあたり、本当に大切な儀式なのだと思います。

急流に身体を沈め、何度も何度も、ジャブンジャブンと潜る。知人たちときた方々は潜る度に破顔一笑。

いい空気でした。

ハリドワールでは夕方になるとプジャ・アールティという祈りの儀式があり、インドの子どもたちにとっては「アールティに連れて行かないぞ」という言葉が何よりもお仕置きになるそう。

それほど、ガンジス川と祈りはインドの生活に密着していることがわかるエピソードです。

雨が降る中始まったプジャ・アールティは、トルコのサフランボルで聞いたコーランの調べのようで、集まる人々が口々に祈りを唱え、両手を天にかざし、手を合わせる。

なんというか、こういう信仰って生活の中に根ざしたもので、インドやタイのような、「そこに信仰が在る」感は僕らにとっても大事なんじゃないか、ってやっぱり思いました。

私見たっぷりですけれども、ルーツが大切だという話は、信仰とも関わると思っています。

自分の両親、先祖への感謝とかも信仰であり、ルーツ。

コア・バリューとか価値観が書き出せない、書き出してもピンと来ないというのは、意識的に今持っている言葉で書きだそうとしているからでもあり、

それよりは先祖のお墓参りに行くほうが大切ですと僕が考える理由は、ルーツが大事だと考えているからなんですよね。

そんなことを感じた、ハリドワールでの沐浴でした。

今日は夕方に高速鉄道でデリーへ。

明日、ワイルドサイド部の部員が日本に戻るのを見送ったあと、明後日に僕はタイへと戻ります。

次の聖地巡礼が、楽しみです。

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ハリドワール、リシケシュ。人もバイクも牛も平等な国で考えた。

インドに来て一番最初に印象に残った言葉が、「牛も平等」というもの。

デリーでもコインバトールでもマイソールでも、牛は街の至るところにいましたし、インドにおいてはそれが当然と思うようにもなりましたが、

ふと僕が持っていた主張を思い出しましたので、それを書いてみたいと懷います。

ガンジス川の上流であるハリドワールには沐浴をしにインドの方々が集い、まさに聖地巡礼という雰囲気を感じさせる街でして、手と足だけでもとガンジス川の水に浸してみると、意外な冷たさに神経がピリッとし、前夜のアーユルヴェーダのおかげか覚醒していた脳がさらに研ぎ澄まされる、そんな感じを受けました。

その次に訪れたリシケシュは、島田さんが言うにビートルズが修行をした場所らしく、ツアー幹事の伊藤カンちゃんが言うにはヨガの聖地という位置づけだそう。

ハリドワールからさらに北の山へと入るこの街は、ハリドワールよりは落ち着いたたたずまいをみせ、雰囲気的にはむしろこちらのほうが、沐浴も厳かな感じを覚えました。

他のインドの街並み同様、ハリドワールでもリシケシュでも牛が人と同じように歩き、生活をしているのは変わらず、特にオモシロイと思ったのは、リシケシュに掛かる吊橋も牛が往来していること。

行く手を指示する人はおらず、牛が生きたい場所に行きたい時に行く。人と同じように橋も渡るし、車を避けるかのように端の方を歩く。

人も牛も、バイクも車も、猿も犬も平等に空間を使うというのはいいなぁ、と感じました。

ふと日本で感じる違和感を思い出したのですが、それは「歩行者優先」という空気。

もちろん、歩行者を優先することはいいことなのかもしれませんが、その結果歩行者側に、「歩行者は優先されて当然」という空気を醸し出していやしないか。車は歩行者を避けて当然というような、上から目線を投げかけていやしないか。

僕は、歩行者が優先されて当然という空気には違和感を感じておりまして、

なぜなら、それは本来譲り合いの気持ち、利他的な気持ち、優しい気持ちといった、自然と発生する気持ちから優先されるものだと考えているからです。

弱きを助け、弱きを守る。そんな、気持ちの賜物が歩行者優先なんじゃないかなぁ、と。

しかし歩行者優先という空気からは「それが当然』という雰囲気を感じ取ってしまい、車やバイクが走っているのにそれらに注意を払わず、払わないどころか道路を歩くかのような人々の姿を見るたびに、美しくない、と思うわけです。

私見ですが、タイでも中国でも、車やバイク優先という感覚を持っています。

でもこれはとても健全なことのように思えるわけで、なぜなら衝突して危険な目にあうのは、人のほうだからです。

僕は車もバイクも個人的に持っていないけれど(妻は持っていますが)、安全を考えたら車やバイク優先という社会のほうがいいと思ったりもします。

そんなことを思い出しながら、インドは誰もが平等に道を利用していることを眺めておりまして、これはアリだよな、と思った次第。

たとえ自分の私有物や私有地であっても、自分が優先されて当然、ということなど、ありえないのだから。

駅のプラットフォームで始発電車を待つ列や満員電車の優先席を見るたびに感じる違和感も、同じことです。

権利とか優先されて当然とか、そういう利己性よりも、利他性。

そういう日本になればいいなぁ、と思います。

僕が眺める範囲での私見ですので、そうではない日本の地域もあると思いつつ、記しておきます。

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ウーティーの朝。両極のある場所。

インド4日目の朝はウーティーでの目覚め。

デリーやコインバトールとは異なり、暑さの欠片も感じれらないようなこの街は、さながらスイスのグリンデルワルトとか、タイならカオヤイとか、日本なら軽井沢とかかな、そのあたりの雰囲気にとても似ています。

そのせいか朝の空気は冷たくて凛としており、思わず背筋がぴっしりと伸びるかのよう。

その空気感から標高が高いんだろうなということは伝わってきますが、ここウーティーにやってくる過程で僕は、インドの地理も気候も何も知らなかったんだな、ということに気づきました。

人はどこかで聞いた話、どこかで読んだ話をさも自分が体験したかのように仕舞いこみ、それを当然のように捉えてしまうことがあるものですが、

今回の訪インドで学んだのは、

「行ってみて体感してみないと、実のところはわからない」

ってことだなぁ、と。つくづく、思います。

デリーやコインバトールでは熱いお湯がでなくても、バンコク同様に「暑い国だから」と一括りにしたようなことをつぶやいていましたが、

ウーティーではシャワーを浴びる前に「熱いお湯がたっぷり出るといいなぁ」とつぶやいているわけですから、人の五感というか身体性を伴う経験というのは、本当に素直なものです。

不思議とこのブログを書く今現在、僕自身も素直な感覚で胃腸から食道を通り、喉の奥からスラスラと出てくる感じで言葉を出すことができています。

いつもスラスラ書くといえばスラスラ書いているわけですが、脳を空っぽにして言葉を出していくというのは、ストレスとかそういうものがあるとなかなか難しい。

考えずに書くというのが僕自身のライティングにおけるテーマですから、文章の頭からオシリまで、首尾一貫して無意識で書くということができれば、その文章はオーケーということになります。

しかし頭からオシリまでそういう状態で書くというのは、結構ホネなんですよね。

どこかで一瞬、邪念が入るというか。

*もっと自分をよく見せよう

とか

*ちょっとくらい話を盛ってもいいよね

とか

*人の経験を自分の経験のように書いてもいいよね

とか。

そういう邪念が入る度に、客観視する僕が「経験以上に見せようとしないほうがいいよ」とささやき、僕は現実世界に戻ってくるわけですが。

今日はそういうことをする必要がなく、ここまで書き続けることができています。

グリンデルワルトの空気感は今でも覚えていますが、あの朝の肌寒い、そういう触れるだけで肌が切れそうな、尖った空気と太陽のやわらかな暖かさ。

ああ、そうか。

僕は両極を感じられる場所が、好きなのかもしれないな、と思う。

それは人もそう。

どちらかに偏った人など、本来存在しないだろうと感じるので。

今日はウーティーからマイソールへ。マイソールは2連泊するようなので、ニュースレターのライティングをする予定。

では、また明日。

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インドの洗礼(精神を凌駕することができるのは、習慣という怪物だけなのだ)。

昨日の続きを書こうとしたところ、個人的にインドの洗礼を受けましたので、その話題を絡まて(絡められるのかな・・・)。

先ほど、ワイルドサイド部(ご存じない方は、島田さんの『ワイルドサイドを歩こうよ』と賢者舎をチェックしてみてください)の皆さんと一緒に、デリーからコインバトールに移動。

デリーのインディラ・ガンディー空港でムンバイ経由コインバトール行きの飛行機に乗り込み、一回目の機内食で豆カレーをいただくまでは元気だったのですが・・・

ムンバイに着陸し、目覚めた瞬間に頭痛を感じて以来、つい先程まで(インド時間の19時)ぐったりして眠り続けておりました。

いったいなぜか、考えてみたところ・・・

インドの洗礼と言っても

*到着初日のスタンディング豆カレーでお腹がゴロゴロ、ではありません
*シャワーのお水でオシリがヒリヒリ、でもありません
*もちろん、オートリキシャの運転手と一戦交えたわけでもありません

想像するにこれは・・・

*インド酔い

じゃないかなぁ、と。

インド酔いとは何かというと、これはあくまでも私見たっぷりの定義ですが・・・

「インドの方々の濃い顔と濃い眼差し、インドの方々の濃い香り、インドの方々の濃い香水、インドの方々の濃い自己主張、インドの方々の濃い騒々しさ」

・・・にすっかり酔ってしまった、という感じかと。

飛行機の中でこんなことがありました。

たぶんあれば、エアバス321機でして、真ん中に一つ通路があり、エコノミー席はその左右に3席ずつ、ビジネス席はその左右に2席ずつ配置された機材なのですが、

僕の席は後ろから2つ目の「31D」だったんですね。

ムンバイに到着してから頭痛を感じ、薬を飲んでもおさまらなかったのですが、思い出すに、本当に騒々しかったんです。

トイレ待ちの列ができることはやむなしとしても(後ろにトイレがあるので)、ムンバイ到着コインバトール離陸用の機内食を後方で積んでいる間、ずっと「ピー」という避難訓練のような音が聞こえてきますし(難聴の僕でも聞こえるのでよほどの音だったかと)、インドの方々はエラくマイペースで通路際にいる僕の頭とか肩にガンガンぶつかりまくりますし、通る度にインドの方々の濃い香りが鼻を突いてムオッとなりました。

途中から胃のあたりがキリキリしてきまして、ああ、これはストレスだ、と感じられるほど。

たまに通る、ワイルドサイド部員の方々の香りは無臭なので、その時だけが憩いのひと時でした。

実は飛行機に乗った時も、やはりというかそうだよねというか、僕の指定座席には別のインドの方が座っており、そのジェームズ・ブラウンみたいな人が、

「子供と妻と一緒に座りたいんだ。オレの席、こっちだから代わってくれるかい?」

と申すので、通路挟んで反対側の通路側席だし、「いいよ」と伝えると、

今度はその隣の女性が、

「あら、私の娘が25番の席にいるんだけど、代わってくれない?」

ときたので、思わず反射的に、「25?どこ?」と聞き返すと、あそこと指差した瞬間にその女の子(中学生とか高校生くらいかなぁ)が立ち上がり、

なんだよ、25の真ん中席じゃねーかよと思った瞬間、

「NO!オレは通路側がいいんだ」

と叫び、その女性が「チッ!」と舌打ちしたのもお構い無く、通路側の席に座って眠りにつきました。

到着初日も、メトロで空港からニューデリー駅に着いたまではよかったのですが、そこから先はバスによるホテル到着ルートをGoogleマップは指示していたと知り、

とりあえずインドの方々と一緒に、Kamla Marletでカレー屋台のスタンディング豆カレーを食べ(20ルピー・・・40円程度?)、自転車タクシー(たぶんリキシャ)に相談したら「オレに任せておけ」と、13年前にバンコクで聞いたような展開になり、

見当違いのところで降ろされ、「あっちだぜ」というので「ありがとう」と伝えた僕は親切そうな自転車に乗った男性と子連れの男性にホテルの場所はどこかを聞くと、「それはそっちじゃないぜ」となり、

そのあとなぜか、やはりジェームズ・ブラウンみたいな面持ちの、やたらと歯が白くて黒いピアスをしている男性がやってきて、

エライコンビネーションで、あれよあれよというまにオートリキシャ(タイで言うトゥクトゥク。三輪自動車のようなもの)に載せられ、僕を観光に連れていけない(ボッタクれない)と知ると、

「そのホテルに行くには、90ドル掛かるぜ」

とのたまうではありませんか。

おいおい。インドは20ルピー、約40円でカレーが食べられる国だぜ。どう考えても、その辺行くのに9,000円でタクシーなんてありえないだろ、となり、

丁重にお礼を言って、その場をはなれ、ボッタクリ(私見です)ジェームズ・ブラウンが追いかけてきたのですが、彼らがきた瞬間、白ひげを生やしたオートリキシャの運転手が僕に「乗れ」と指示し、難を逃れたのです。

ちなみに、ホテルについてから100ルピーを渡したのですが、約200円ですね、一瞬その白ひげの目が泳いだ瞬間、

「ああ、やはりインドは奥深い」

と妙に悟りました。定価で購入したいなら、交渉。これ、鉄則ですね。

長くなってしまったのですが、まぁ、初日から「昔のバンコクみたいだ!」と興奮しつつ、ただ人の濃さとマイペースぶりに関してはインドのほうが3レベルとか5レベル程度高く、

知らず知らずのうちに疲れてしまったのかなぁ、と。昨夜はそんなに寝ていませんし(これが実は、一番の元気ない理由かもですね)。

とはいえ、今日の日課だけは行うことができていることを残しておきます。

「精神を凌駕することができるのは、習慣という怪物だけなのだ」

本編は、また明日にでも(インドの話のほうがお好みそうでしたら、インドのエピソードをまた紹介します)。

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