自己重要感は、没頭した時に与えられるもの。

PAPA PAZZO STORONZO PROGRAM・・・クレイジーパパのほうがとおりがいいのかな、このコミュニティに参加している関係で、岡本敏子さんの著書を読んでいます。

岡本敏子さんのことを僕は知らなかったのですが、岡本太郎さんの秘書でありパートナーであり、といった女性。

僕自身、言葉にできなかった言葉を持っている人だな、と二人に対して思うとともに、エラく興味を持ちました。

ある著作を読んでいた時にふと気づいたのが、自己重要感とかセルフイメージとかってどうすれば高まるのか、というもの。

そう気づくに至ったキッカケとなる文章を引用すると

生き甲斐が見つからないと言う。生き甲斐はいつだって、いま自分の足もとにあるのよ。それを見ていないだけ。

生きている、いま。そのいまを精いっぱい輝かさないで、何が自分なんですか、と言いたい。

私は岡本太郎と共に五十年走ってきた。自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった。十分に、ギリギリに生きた。極限まで。

だから、自信をもって言う。そんなことを考えるヒマに、一歩踏み出しなさい。踏み出さなければ、なんにも始まらない。

(『いま、生きる力』岡本敏子著/青春出版社刊より引用)

今ここが大切ということは僕自身そう思うし、今ここが大切であること、今ここに没頭するには自分のコアとかルーツとか、そういうものに素直だからなんだと思います。

よく世間で言われるような、「自分らしく」という言葉の意味を僕はよくわからず、しかしそういうものを求めて少なくとも、悩んでいるだけというか、何も行動していないというか、「生きていない」のであればそのままでいいはずがない。

僕はあまり使いませんが、「本当の自分」というたぶん聞き心地がいいんでしょうね、そういう言葉にすがり、たとえばバックパック背負って旅をし続ける人もいますが、そんなことしたって自分なんか見つかるはずがない。

今ここで何かに没頭している自分。

それが自分であり、言いたくないけどあえて言うならば、本当の自分であり、

もっと言ってしまうと、全て本当の自分だろうと、僕には思えます。今ここで行動する自分の姿が、他者理解を生み出すのですから。

ああ、話がそれました。

それたついでに、今ここが大切、かつコアとかルーツが大切だというと、「どっちが大切なんですか」なんて聞いてくる人もいますが、どっちも大切だろうと僕は思います。

今ここが在るのは過去が在るからなのだから。

すべてつながっているわけだから、今ここが大切なら過去だって大切。

どちらが大切ですかなんて、答えなどない。

もちろん、今ここに没頭することなしに過去を見てばかりいたって何も生まれない。それこそ岡本敏子さんの言うように、「自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった」に同意でして、過去ばかり見ている人、悩んでいるだけの人は、ヒマなんだと僕にも思えます。

むしろ今ここに没頭すること、一歩を踏み出した結果、不思議なもので、過去を思い出すことだってある。

ああ、これがオレのコア・バリューなのかもしれないな、そんな感じ。

身体性を伴った動きと記憶は連動しているのだと僕は考えていますが、なんというか、今ここを大切にして本音で行動すると、自ずと過去を思い出すってよくあるし、経験したことがある人もいらっしゃると思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と悩まれる方は、今ここに没頭してほしいな、と常々考えておりまして、つまりは人からの評価を忘れた時、評価されるものだと僕は体験しているからです。

昨日チャットをしていた時に、僕を「いつも一生懸命に、前向きな」と表現された方がいました。僕自身は、そういう認識はなかったし、そういう評価に感謝するわけですが、

自分のことで恐縮ながら、自分自身で認識がないことを人は見てくれているものなんだと思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と感じているならば、まずやるべきはFacebookとかメールとかインターネットから自分自身を遮断し、どう評価されているんだろうとか思うヒマのない環境に身を置き、今一番大切なことを一番大切に、没頭して行動することです。

すると自ずと、評価されるようになります。自ずと自己重要感やセルフイメージも高まります。

自己重要感やセルフイメージを高めるものは、言葉ではなくて、行動。

一歩踏み出して、また一歩と踏み出し続けましょう。

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視点を持つ。自分を知る。

昨晩は小坂さんと陰陽五行などなどの話をして近況報告しつつ、今朝は富士山とご対面。

実家は割と富士山に近い場所ではありますが(車で2時間かからない程度)、なかなかお目にかかることはないので、澄んだ空気に思わず微笑む。

昨日のセールスライティングクラスでは新たな課題として「セミナーを開催するとしたら誰にどんなセミナーを開催するか」、そして本日の自分という器クラスでは「3,000万円をあなたに支払うとしたらそれは誰か。対価としてどんな価値を提供するか」というものを出していました。

僕がこの課題を出している理由というのはいろいろとあるので、参加するメンバーの皆さんには想像してほしいなぁ、と考えているのですが、その中のひとつに「視点を増やす」というものがあります。

セールスライティングクラスにしても自分という器クラスにしても、共通して設定しているテーマのひとつに、「いかにしてそれをやり続けるか」というものがあります。

セールスライティングクラスならば、いかに書き続けるか。

自分という器クラスならば、いかに自分という器を広げ、深め続けるか。

ただやり続ければいいという、一見カンタンそうに見えながらも誰もが難しいと感じているこの行動をいかに続けていくのか。

そのためには共に自分のコアというかコア・バリューというか、そういうところを知る、もしくは感じておく必要が有ると僕には思えます。

なぜならば、単にやり続けるという最もシンプルな行動を取るときにこそ、そしてその行動を別に取らなくてもいいのではとハタから見て思えるときにこそ、

なぜそれをやるのか

という問いへの解を自分自身で持っていなければ、やらない言い訳を生み出すものだからです。

なぜブログを毎日やったほうがいいですよ、写経を毎日やったほうがいいですよ、と僕が勧めるのかというと、1日休んでしまうと「昨日休んだからいいや」という言い訳を生み出すからなんですよね。だから毎日やる。

しかしそれでも、何も考えずにやり続けるようになるには一定の期間、「もうやめてもいいんじゃない?」という脳からの囁きと向き合うことになる。

だからここで、「やらなければならない必然性」を見出し、それを言語化しておくことがとても大切、というのが僕の考えです。

そのためには「なぜそれをやるのか」に関して、自分で答えを出さなければならない。

しかし自分一人で考えたって思いつくことには限度がある。自分という器は自分という経験でできているのであって、その経験から飛び越えようとすることは、脳の性質からするとなかなかできない(現状維持したがりますよね)。

そのために「初めての経験をする」というテーマで活動しているのが自分という器クラスなのですが、今回の課題というのは「自分を相対化して眺める視点」を提供することで、自分自身を別の角度から眺めてほしい、という狙いがあります。

視点を持つ、視点を増やす、ということですね。

自分自身を知るというのはある意味人にとって永遠のテーマのようにも思えますが、だからこそロマンがある。

視点を増やしていきましょう。

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環境が人をつくる。

「お肉が好きだからって全部食べた。そしてお米が全部残った。そのお米は誰が食べるの?」

ホテルの部屋でごはんを食べたいとなり(妻がですけどね)、妻はタイが恋しくて日清のカップヌードルトムヤム味を買ってきてとリクエスト。

次男はまだごはんをそう食べないのですが、長男は割と何でも食べる。

しかし食べたいものをリクエストしなかったので、何がいいかと探す。

そういえば、上牧温泉でカルビ焼きのお弁当を食べていたな、と思い出し、同じお弁当を見つけて部屋に戻る。

和洋室に備え付けられた掘りごたつ風のテーブルに4人で腰を掛け、たぶん、この2週間で初めてじゃないかな、一緒のテーブルで4人でごはんを食べる。

iPadでYouTubeを観ながらのごはんを「ごはん中に観るのをやめなさい」と諭し、長男はお弁当を食べることに集中。

ところがその食べ方が、お肉だけ食べてごはんをそれほど食べないということだったので、言葉を選びながら長男と対話していく。

「もしユウキとそのお弁当を分け合うとする。お肉を全部食べてごはんだけユウキにあげる?」

「お肉だけ食べてごはんは余ったとする。余ったごはんをお母さんにあげる。それってお母さんはうれしいと思う?」

「お米をつくった人がいる。トモヤがつくったレゴをユウキが壊したら、泣いて怒ったよね。お米をつくった人がその残ったお米を見たら、どう思うだろう?」

親の背中を見て子どもは育つとはよく言ったもので、理由はどうあれ妻と僕の背中を見て長男の行動があり、長男の行動を見て次男の行動がある。

普段一緒にいないからと言って、ごはんの食べ方や礼儀について、長男と向き合うことを妻の責任にすることは違うだろうということで、

何度も怒りたくなる気持ちを感じつつ、深呼吸しては言葉を選び、長男と対話していく。

言葉を選ぶのは、今日この瞬間の言葉による会話が、長男や次男のコアをつくっていくと信じているから。

僕は決してそれだけで決まるとは思わないけれども、ある視点からすると子どもは親を選ぶことができないゆえ、親によって子どもの人生はほとんど決まるといってもおかしくないかもしれない。

今この瞬間、僕や妻がどんな言葉を使うのか。

どんな行動を取るのか。

どんな表情を見せて、どんな背中をみせるのか。

子どもたちは、全て見て、感じ取っているのだと思う。

ワイルドサイドの島田さんがクレイジーパパのコミュニティをはじめると聞いた時、ああこれは、男として必要なことだよな、と感じたもの。

父親の背中を見て子どもたちはやっぱり育つと思うし、どれだけ振り幅が大きな父親で在るかで、子どもたちの振り幅もまた大きくなると思うし、それが子どもたちの器を広げるのだと思う。

子どもたちのコアは、僕らが担っている。

そう考えると、島田さんとの会話から生まれたルーツを辿る旅もまた、僕ら自身は知っておく必要があると思うし、

これは僕の泣きどころ・・・セミナーで歴史の話をすると僕という人間が生まれるに至った両親や祖父母、ご先祖さまたちを思い涙が出るのですが・・・

なぜ僕が親孝行したり先祖を大切にしたりということをやっているのかというのも、自分自身のコアがそこに在るからなんですよね。

彼らがいなければ、僕はいないのですから(少なくとも今の僕にはそう思えます)。

ひとりひとりの足跡をたどるという、そんなコミュニティが2017年早々生まれようとしているのも、今の僕らの環境と無関係ではないように思います。

環境が人をつくっているのだとしたら、その環境をまず知ること。

自分というものが「どう在るべきか」の答えは、たぶん環境を知ることなしに導き出すことはできない。

自分がどこに向かうべきなのか、という答えは、自分の足跡が知っているのかもしれない。

長男と対話していたら、そんなことを思いました。

明日は、香港から。

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自分の面白さを探そうワークショップ(ワイルドサイド部)。

賢者舎前のワイルドサイド部部活動として開催されたこのワークショップ。

ビーコンのLicense to beat「賢者舎クラス」に参加しているメンバーも3人、僕を含めて全員一緒に参加できたことはないのだけれども(僕はそういう認識はなかったのですが、ビーコンに参加する皆さんはハタから見たら自由人みたいですね)、

部長の島田さんやワイルドサイド部の部員さんには了承を得て(たぶん)、気付いてみたらここ3ヶ月程度は参加させてもらっています。

僕自身が関わっているプロジェクトにスタッフ参加するときもあるので、

こういう大家族的というか、そうそう、イタリアのマフィア的な「ファミリー」というか、

そういう感じで付き合いができるのはうれしい。

ココ2回ほど、ワイルドサイド部の部活動では持ち回りで部員が講師を務め、前回は中平さんが「親指シフトでハピハピ」だったかな、そんなテーマでワークショップを行い、今回はザッキーニだかザッキーだかバーグだかのコードネームを持つ林崎さんが担当。

テーマは「自分の面白さを探そう」ワークショップ。

「面白さ」とか「面白い」という言葉を林崎さんはよく話すと思っていたのですが、今回のワークショップ用の案内を拝見すると、ああ、きちんとその理由はあるんだな、と感じた次第。

さすがに木坂さんのマスタークラスにフル参加している男だなぁ、と。

「面白い」ってなんだよと言われても、使い続ける。ブレないですよね。

賢者舎でも木坂さんマスタークラスでも常にど真ん中の最前列に陣取る男なので、その周辺の席を「ザッキーニ席」と命名するほど(僕が個人的に、です)。

「面白さ」の定義にもよるのですが、案内状を拝見する感じだと、

あ、これは、自分のコアとかコア・バリューとか、そういうものを探すことに近いな、と考えまして、賢者舎クラスの皆さんにも伝えた次第。

個人的にエラいいい経験をさせた貰ったな、と思うのが、

*WORK1:面白いと思ったことを書き出す(たくさん)

*WORK2:なぜ面白いと思ったのかを書き出す

*WORK3:自分にとっての面白いを抽象化し、それが何かを書き出す

たしかこんな感じのワークだったのですが(意訳しています)、

*WORK1回答:タイとか中国とかトルコとか(バンコクやチェンマイ、上海、イスタンブールやサフランボル・・・)に訪れた時、面白いと感じた

*WORK2回答:人との出会いかな・・・

*WORK3回答:魂の共鳴というか、その人の本音に触れること(だったかな)

こんなふうに書き出してみると(厳密には口に出してみるとです)、

ああ、ビート・ザ・コントロールと僕が主張している理由が、意外な視点からもストンと来たな、と思ったわけです。

コアやコア・バリューの探し方というのはお葬式のワークとかルーツを辿るとか、いろいろあるけれども、この面白さを探そうワークショップもいいなぁ、と感じた次第。

どれも基本は、スッと自分の内側から出てきたことを、外側の視線を意識することなく、書き出せるかどうかなんですけどね。

これができないから彷徨う人が多いんだろうなぁ、とも思ったという意味でも、実り多いワークショップでした。

今日はこのへんでー。

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