弾み車はどのひと押しで弾みがついたのだろう?

『ビジョナリー・カンパニー2』を読了しました、、、付録はまだなんですけどね。弾み車の話を読んで、なるほどと思ったのでメモ。

弾み車をインターネットで検索すると、

動力を伝える回転軸に取り付ける重い車。その慣性を利用して回転速度を平均化し、また回転エネルギーを保有する。フライホイール。勢車(せいしゃ)。 “弾み車はどのひと押しで弾みがついたのだろう?” の続きを読む

糸をひくような球筋。

現在、実家におりまして、久々に野球を観ています。

WBCの日本対イスラエル戦を観ていて思ったのですが、日本の先発ピッチャー、エラく雰囲気ありますね。千賀投手。

落差の大きなフォークと回転が良さそうなストレート。

あの、指先からボールが放たれる瞬間に「ピッ」とでも鳴っているかのようなストレートは、軽やかに投げているようなんだけれども、エラく伸びていて、

あれ、捕ったら気持ちいいだろうなぁ、と思いました。

キャッチャーが「パーン」と鳴らして捕れば、ピッチャーも乗ってきますし、バッターは嫌な感じになるでしょうね。

YouTubeか何かで古田さんの捕球がエラくウマいと話題になっていましたが(?)、観てみるとたしかにウマい。

変化球だろうがストレートだろうが、捕球の瞬間に「ピッ」と止まる。

あれは審判からも好印象でしょうし、ピッチャーも投げやすいだろうし、いいキャッチャーというのは捕球からかな、と思います。

そういえば野村さんもその昔、たしか野村さんだったと思うのですが、いや、達川さんかな、広島の。ピッチャーというのは音を鳴らしてあげると乗ってくるので、音をだすためにわざとキャッチャーミットから綿を抜いて、革一枚で捕っていたというような話を見たことがあります、本で。

その気持ち、わかるなぁ、と思いまして、僕も高校時代、肩を壊してピッチングができなかった時、よくピッチャーの同級生に呼ばれました、ブルペンに。

なんでかというと、「お前はキャッチャーより捕るのがウマいから」とのことなのですが、ピッチャーをやりたかった僕にしてみれば複雑な心境。

しかし確かに正捕手はキャッチングしても音を鳴らさないけれど、僕が捕ると「パーン!」と音が鳴る。

実際、手が痛かろうが内出血を起こしていようが、ピッチャーが気持ちよく投げられるならと痛いのを我慢してキャッチングしていました。

そんなことを、千賀投手の球筋を見て思い出した次第。

コピーもあんな風に、読み手の求めるところにスーッと伸びていくようなメッセージを込められたらなぁ、と思いつつ。

ああいう球を見ると、お金を払ってでも観に行きたくなりますね。

プロフェッショナルの仕事というのは、そういうものなのだと思います。お金を払ってでも観に行きたくなるかどうか。

そういえば、先ほど、セールスライティングの裏話セミナーの募集を開始したわけですが、同じようにお金を払ってでも話を聞きたくなるかどうか。

常に、試されているんだと思います。プロフェッショナルというのは、そういうものなのでしょうね、きっと。

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なにも足さない。なにも引かない。

お酒が飲めない(と思われる)僕にとって、ウイスキーというのはなぜかあこがれの対象であり、あの琥珀色の液体を見るたびに、そのボトルの流線型を見るたびに、飲まないのに買いたくなります。

なかでもあこがれるのは「スコッチ」という響き。そして「シングルモルト」。さらに、「マッカラン」。

一度でいいからマッカランをグラスにトクトクと注ぎ、『スパイダーマン』でグリーンゴブリンが「メーカーズマーク」をグイッと飲むかのように、飲んでみたいなぁ、なんて考えています。

そんな僕にとって、サントリーの山崎もあこがれの対象でして、ジャパニーズウイスキーという響きもいいですが、なんといってもその世界観とコピー。

「なにも足さない。なにも引かない。」

という西村佳也氏によるコピーを知ったのは、村上龍か村上春樹の小説かエッセイかだったと思いますが、これは非常に具体的なシーンを想像させることのできる抽象化されたコピーだと前のめりになった記憶があります。

混じりけのない、シンプルでピュアなものであることから、透明感とかそういうものをも思い起こさせるコピーだと思いますし、男性的な力強さも感じます。

最近、島田さんと訪れたミラノのサルトである河合さんもまた、そんな雰囲気を感じさせる人でして、

彼の提案はジャケットの特性をそのままに、またそれを羽織るものの見た目や雰囲気もそのままに、ただ互いにフィットするものを合わせるだけ。

そんなシンプルさと力強さを感じるものでした。

コピーも同様で、口数の多いコピーというのはその背後に自信のなさがある、的なことを木坂さんは言っていましたが、自信がないときほど人は、あれこれ言いたくなります。

言い訳など想像するとわかりやすいかもしれません。聞いてもいないのに、次々と口から出てくる。特に、形容表現が登場する。

いいコピーは名詞と動詞でできている、といったのはジョン・カールトンですが、まさに「なにも足さない。なにも引かない。」なんですよね。

いいものであれば、それを表現する名詞と動詞に形容詞や副詞をつける必要がない。

もちろん全く形容詞と副詞をつけないというのは果たして可能なのかどうか、日本語においては可能なのかどうか、まだまだうかがい知れぬところではありますが、極力名詞と動詞で、動きがわかるように、五感が反応してしまうように表現するというのは、言葉を扱って仕事をする僕らにとって、大切な技術だと思います。

ウイスキーもオーダージャケットも、そしてコピーも、似ていますね。

行動もまた、同様です。

「なにも足さない。なにも引かない。」という感じでいきましょう。

ただ、行動するだけですから。

P.S.
写真は、島田さんから拝借。こちらのブログと同じ画像です。ありがとうございますー!

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視点を変える。コピーが変わる。

ビーコンの対面セッションのため、新宿へ移動。

実家最寄り駅の橋本駅までバスで向かい、橋本駅到着後は京王線で新宿へ。始発駅なので準特急の席に座れたのですが、お手洗いに行こうかどうか決めかねていたので目の前に停まっていた区間急行に乗り込み、とりあえず京王多摩センターへ。

お手洗いに行くまでもなく、このまま新宿に行ってしまおうと決め、多摩センターで準特急に乗り換え。

すでに席はほぼ満席だったので、ドアそばで立つことに。

しばらくは車内と車外の景色を眺め、特に何も考えずただジーっと見ていただけだったのですが、ふとドアに貼られていたシールに目がとまり、これはいいものを見つけたと写真を一枚。

京王線、やるなぁ、と。

日本の電車に乗ると、「戸袋に手を引き込まれないようにご注意ください」というような表記が自動ドアに貼られていますが、京王線のそれはとても秀逸でして、

子ども用の表記も用意しているのです。しかも、子どもの目線に合わせて。う〜ん、これはやられた。

子どもがこの言葉を見たらより興味を持ってしまって戸袋に手を引き込まれることもあるかもしれませんが、子どもの目線の高さにシールを貼り、言葉を子ども言葉に書き換える。

視点が変わるとメッセージが変わることの好例だな、と思いました。

男性向けなのか女性向けなのか。既婚者向けなのか独身者向けなのか。成人向けなのか未成年向けなのか。

大雑把に視点を変えるだけでも、メッセージやコピーは変わってくるはず。世代が違えば使う言葉も異なってきますし、盛り上がる話題も異なりますね。

最近、僕の周りでふつふつと盛り上がっている音楽だって、X世代もいれば、LUNA SEA世代もいる。そうそう、Xといえば、X JAPANとXは違うよ、とかね。あ、構成人員や曲が違うという意味ではなく・・・察してください。

まあ、いろいろあるわけです。

視点が変わるだけでコピーが変わるということは、市場自体も変わるということ。同じ男性向けファッションや釣りの記事を書くにしても、視点を変えるだけで新しい市場が出現したりするわけです。

読み手の役に立つような記事を書く場合、形式としても読み手に寄り添った記事を書く必要があります。

写真のような、子ども向けの言葉でメッセージを書くとかですね。

今書いている何気ない一文でさえ、視点を変えれば強烈なメッセージを生み出せる可能性持っています。これは、読み手とのコミュニケーション次第。どこまでも読み手と寄り添えるか。斜め後方から並走するイメージ。

ライティングのスキルを磨き続けていきましょう。

P.S.
写真が小さくて見えないじゃないか・・・という方のために。下のシールには「ひらくドアからてをはなしてね」と子どものイラストともに書かれています。

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マーケティングは排除である。

お楽しみ様です。小野貴正です。

先ほど、友人が日本へ飛び立ちました。明日の朝には日本に到着してから何らかの企画をLINE@宛に流すそうなので、寒い機内で風邪を引かぬことを願います。

最終日は今の事業をどんな事業へと切り替えていこうとしているかについての話を主にし、その後はコピーの話がメインになりました。コピーの話がメイン、というよりも、彼がリリースしている企画に関するアドバイスと「僕ならこうする」を伝え、その場で文章のアウトラインを書き上げた、という感じです。

その時一つ面白い気付きがあったので、それを共有したいと思います。

コピーを書く時にペルソナを決めて書く、というのはよく聞く話だと思いますが、コレを知っていながらも多くのライターさんは「この人もあの人も」と欲張り、見込み客を広げすぎてしまう傾向があります。

例えばですが、あるメルマガ読者さんが300名いたとします。しかしメルマガを毎日書くにあたり、300名を見込み客として書くわけではありません。

「この人」に向けて書き、そうでない人にはむしろ読んでもらわなくてもいい。そういう感じで書いたほうがいい。なぜなら、誰にでも読んで欲しいは誰にも響かない文章と同じだから。

友人もそれは頭では分かっているものの、文章を作っていくウチに「あ、こんな人も読んで欲しい」「あんな感じの人にも読んで欲しい」となり、文章自体がだんだんぼやけていく。

コレを指摘しました。1つのメッセージにつき、見込み客は1つ(もしくは1種類)で考えると引き締まるよ、と。

ワイズマン先生の言うところの、「マーケティングは排除である」なんですよね、まさに。この言葉がエライしっくり来る。

あの人にもこの人にも読んで欲しいと考えると、自分の軸がブレます。しかし情報を発信するならば、軸がブレることはよろしくない。なぜならば、その軸を好む人こそが読んでもらうべき読者であり、長く付き合うべき読者でもあるので。

「これは主観だけど、どんなメルマガにも一定数の割合でノウハウコレクターさんているよ」

と友人に伝えたら、やっぱりな〜といっていました。普段のメインコンテンツよりもタイとかに行っています的な特別コンテンツは閲読率がよろしくないようです。

これはビーコンのメルマガでも同じで、コピーに関する内容だと閲読率がいいけど、タイに関する内容だと閲読率が下がる、ってことで。

だから情報発信するならば、どんな価値をどんな人に伝えるのかを具体的にすること。

でないと、呼ばざる読者さんを集めてしまうことになりますから。

そういう意味では、このビーコンのメルマガもブログも、デザインのし直しが必要なんだろうな、と思います。

P.S.
写真は深夜のトゥクトゥク

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