アンタが良くてもアタシには良くないのよ。

グランドデザインを拠りどころにして短期目標を設定し、次回上海でのプライベートセッションを予約。

昨晩はプロジェクトの件でチャットワークに書き込みしつつ、おまたせしてたセールスレターの修正箇所を列挙。

そして来週に控えるLicense to beatのライティング2クラスの会場を予約。

そんな感じで行動していたら、時間が4時を過ぎておりまして、今日のグレートジャーニーで運転することを考えたら眠くなってきて就寝。

6時頃から両親が活動を始めてくれたみたいで、7時過ぎに起きてみると部屋がキレイになっている。

先程まで筋膜リリースをやりつつ理想の一日をよみあげていたのですが、その時母が

「この部屋閉めておくよ」

というので、いやいや、そのままでいいよ、と僕が返すと

「だって、アンタの知り合いに見られちゃって恥ずかしいじゃない」

と言う。

母は昔から、僕がコドモの頃から、狭い家が恥ずかしくて・・・と言っておりまして、あ、これ僕の妻と似ていますね、ことあるごとに「〜で恥ずかしい」と言うんです。

奇しくも今日は僕がホスト役になるグレートジャーニーなわけですが、このテーマはルーツを辿る、ということ。

これは私見ですが、情報がインスタントに誰でも手に入れることができる現在(それでも情報の入手には鍛錬も必要ですし、本物志向ならばそれは本物からしか手に入らないとは思いますが)、同じような目標を語って、同じような未来を描く、というか想像する。

でもそれは想像に過ぎず、実現することはない。夢はあってしかるべきだと思うけれど、何が何でも実現したい夢だったら、僕はいいと思います。

同じような目標や同じような未来を叶えることが難しいのはたぶん、その人でなくてもいいことだから。

誰にでもできそうな未来というのは、誰も叶えることができない。なぜなら、そこに必然性がないから。

だからこそ、自分の生まれ育ちとか、ルーツを辿る、ということに着目しておりまして、幼いころのクセとかそういうものが、今の自分をつくっていたりする。だったら、そのルーツに未来を発見することもできるのではないかと。

そう考えると、なぜ僕が海外によく出るのか、タイや中国、トルコに親近感を持っているのかは、ルーツに答えを見出すことができます。

僕らがどれだけ彼らから好かれているか、愛されているかを、僕ら自身が知らない。

僕はこのあたりにエラく危機感を持っておりまして、それは息子たちを連れて世界をめぐる、例えばシベリア鉄道に乗ってモスクワまで行き、その後はベルリンで妻と合流するとか、そういう計画を立てていることとも関係があります(ホントに、ゆるりとした計画ですけどね)。

話を戻して、母との会話。

そういえば昔から母は「恥ずかしいから」と言っていましたが、僕は昔から友だちを母が言うところの狭くて恥ずかしい我が家に連れてきておりました。

新興住宅地であったこのエリアは一戸建てばかりで、当時は割と裕福な、会社員の中でもそれなりの立ち位置にいる方々が購入していた場所だったみたいです。

実際、僕の友人の父は知る限り数人、上場企業の役員とか、海外支社の社長とか、そういうところまでやっていたみたい。

彼らの家に行けばいいのに、僕の家に来るのはなぜかというと、ファミコンがあったから(あと、『キャプテン翼』とかマンガ)。

母とは違い、僕は自分のいる場所に恥ずかしさというのを感じたことはたぶんなかったんですよね。

これはタイで結婚式を挙げたとき、妻が恥ずかしいと言っていた住まいに友だちを連れて行った時も同様です。ちなみに恥ずかしい理由は、確か散らかっていたとか、バンコク郊外の借家だったから。

はからずも、グレートジャーニーが始まる前に、自分のルーツを思い出したひとときでした。

昔も今も、恥ずかしいという感覚が、たぶんあまりないってことですけど、こういうの、たぶん大切です。

そういうのが、自分自身である、ってことだと僕は考えてるので。

では、皆さんを迎えに行ってきます。

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何のために学ぶのか?未来だけじゃなくて過去もみる。

早朝にバンコクへ到着し、次男を幼稚園に送った後で再び空港へ。

今日明日はLicense to beatの3クラス特典、「南国ロマン体験」の開催日でして、参加者を待っているところです。

このあとはホテルにチェックインしてもらい、その後はタイ式フットマッサージミーティングかな。で、タイ料理ではなくて熟成肉のお店に行く予定。

女性の皆さんには申し訳ないのだけれども・・・南国ロマン体験とは男にとってのロマン体験を考えていたため、女性にとっての南国ロマンとは何か、というのが現在到着を待っている僕の課題となっています。

今日のバンコクは僕にとってはめずらしく快晴。遠くまで見渡せる透明感あふれる空気は、記憶にないほどです。

さて、昨日はコンテンツライティングクラスとQUESTセールスライティングクラスを開催し、土曜日には自分という器クラスを開催したのですが、全体を通してのテーマに「体験」と、そして「半年後により良く暮らしている」というのがあります。

昨日のクラスでも割と熱が入ってしまったのは、「どう生きるのかにより、半年後の目標は変わってきますよ」ということ。

毎日の安定・生活の保証のようなものを求めているのか、誰もが通ったことのない道を求めているのか、社会をより良くしたいと思うのか。

もちろん個人個人の「どう生きるのか」に対する回答は人の数だけ存在しているはずでして、だからこそ僕が違和感を感じるのは、例えばですけれども、セールスライティングを学びたい、という理由が似通っていること。

ひとりひとり違う(似ていることはあっても)のに、なぜゴールは同じ言葉なのか。ひとつ思うのは、先を見すぎているというか、先しか見ていないのではないか、というのがあります。

自分の生まれや育ちを見ないで、先だけを語るというのは、誰もができる。

しかし、僕らには人と異なる両親がいて、祖父母がいて、ブラッドライン、ていうんですかね、脈々と受け継がれている何かがあって、それは決して人と同じであるはずがない。

僕と妹のような兄妹であっても、生まれてから今まで出会ってきた人々は異なるわけですから、育ってきた環境、育まれてきた環境というのは異なるわけで。

『進撃の巨人』がクレイジーパパの課題図書だったこともあり、先日の「正しさとは」ディスカッション後に再度読んでいるのですが、

主人公が属する調査兵団の人数が減っていくごとに、各々の役割とか個性とか、そういったものが際立っていくのを感じました。

人数が多い時は気づかなかったけれど、そもそも人って各々の役割とかあるはずだよね、と感じまして、今これを書いています。

僕はコア・バリューとかマスタープランとか、そういうものが大切だとマイケル・マスターソンに学んでいるのですが、例えば理想の一日というものを書き出すにあたって大切にしていることは、僕自身に違和感がないかどうか、です。

違和感はたぶん、自分の生まれや育ちを見ようとしない時に、発生するのだと僕は考えています。

コア・バリューもマスタープランも、自分の生まれや育ち、これまでの環境から切り離すことは、たぶんできない。

セールスライティングを学ぶ理由もまた、自分の生まれや育ち、これまでの環境から切り離すことはできないんじゃないかな、と思います。

自分のルーツを辿る、ということの意味は、もしかしたらここにもあるのかな、と感じました。

なんだか、全てはつながっているんですよね、たぶん。

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大切なことは脳のどこかに眠っていたりする。

セールスライティングをキッカケにビート・ザ・コントロールのブログに辿り着かれた方なら、セールスライティングはもちろんダイレクト出版にも興味があるでしょうし、マイケル・マスターソンの本を読んだことがあるならば、コア・バリューやマスタープランにも興味があると思います。

昨日、あるブログからのトラックバック承認申請がワードプレスから届いていたので、それを確認してオンにしたところ、リンクされた記事を読んでみたら「再新再生」に関するものでした。

2015年4月に山口県の萩市で行った、再新再生については『7つの習慣』をお持ちならばそれを見てくださればと思いますが、そういえばそうだったな、とある事件に関してすっかり忘れていた事実を思い出したので、記しておこうかと。

僕が行った再新再生はこちらの記事を見てほしいのですが、この過程のなかで僕は自分が大切にしている価値観と思われるものに触れ、自分の真意を見つめた結果、砂浜にあることを書き出します。

そのあることとはどんなことかというと、自分の真意が見つめた結果、言語化された不安です。7つか8つ程度、砂浜に書いたと記事には書いてあるのですが、具体的に何を書いたかは今となっては覚えていません。

しかし、そのうちの一つはおそらくですが、仕事・報酬のいただき方について書いてあるはずで、なぜなら同じ月の日誌に、ダイレクト出版さんとの契約形態を成果報酬に切り替える、と書かれていたからです。

一部の読者さんはご存じだと思いますが、僕は2015年9月にダイレクト出版さんとの業務委託契約を解除しています。

これは僕自身がスプリットランテストに勝てなくなったこと、またダイレクト出版さんの求める働き方ができなかったことによるものだと理解していますが、それを寺本さんが会社のため、また僕自身のためにも慮ってくださり、契約を解除してくれたと考えているのですが、

成果報酬というカタチに切り替えることはできなかったものの、契約解除の連絡が来たときはビクッとしながらも、チャンスだ、と思ったんですね。

なぜなら、この働き方だと望むように生きられないことが明らかだったからです。会社員時代と同じような状態になる、そう感じていました。

この話をする時、僕は日誌を書くことの大切さと本音で動くことの大切さを伝えるわけですが、もとはといえば再新再生を行ったからこその結果だったかもしれないな、とも思った次第。

だから昔を辿るというか、ルーツを辿るというか、そういうことはやったほうがいいとなんとなくでも思っていたんですね。

島田さんから、The Great Journey Projectの話を聞いた時、前のめりになっていったのは自分がそういう経験をしていたからこそ。

大切なことは脳のどこかに眠っている。

たまには昔好きだった場所に行ったり、励んだスポーツやゲームをしてみたり、そういうことをしてみることこそ、今の仕事とか生活をより良くするためには必要なんじゃないかな、と思います。

しかし、再新再生で思い出したことを今また思い出すとは・・・アイソレーションタンクでも行ってこようかな・・・。

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自己重要感は、没頭した時に与えられるもの。

PAPA PAZZO STORONZO PROGRAM・・・クレイジーパパのほうがとおりがいいのかな、このコミュニティに参加している関係で、岡本敏子さんの著書を読んでいます。

岡本敏子さんのことを僕は知らなかったのですが、岡本太郎さんの秘書でありパートナーであり、といった女性。

僕自身、言葉にできなかった言葉を持っている人だな、と二人に対して思うとともに、エラく興味を持ちました。

ある著作を読んでいた時にふと気づいたのが、自己重要感とかセルフイメージとかってどうすれば高まるのか、というもの。

そう気づくに至ったキッカケとなる文章を引用すると

生き甲斐が見つからないと言う。生き甲斐はいつだって、いま自分の足もとにあるのよ。それを見ていないだけ。

生きている、いま。そのいまを精いっぱい輝かさないで、何が自分なんですか、と言いたい。

私は岡本太郎と共に五十年走ってきた。自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった。十分に、ギリギリに生きた。極限まで。

だから、自信をもって言う。そんなことを考えるヒマに、一歩踏み出しなさい。踏み出さなければ、なんにも始まらない。

(『いま、生きる力』岡本敏子著/青春出版社刊より引用)

今ここが大切ということは僕自身そう思うし、今ここが大切であること、今ここに没頭するには自分のコアとかルーツとか、そういうものに素直だからなんだと思います。

よく世間で言われるような、「自分らしく」という言葉の意味を僕はよくわからず、しかしそういうものを求めて少なくとも、悩んでいるだけというか、何も行動していないというか、「生きていない」のであればそのままでいいはずがない。

僕はあまり使いませんが、「本当の自分」というたぶん聞き心地がいいんでしょうね、そういう言葉にすがり、たとえばバックパック背負って旅をし続ける人もいますが、そんなことしたって自分なんか見つかるはずがない。

今ここで何かに没頭している自分。

それが自分であり、言いたくないけどあえて言うならば、本当の自分であり、

もっと言ってしまうと、全て本当の自分だろうと、僕には思えます。今ここで行動する自分の姿が、他者理解を生み出すのですから。

ああ、話がそれました。

それたついでに、今ここが大切、かつコアとかルーツが大切だというと、「どっちが大切なんですか」なんて聞いてくる人もいますが、どっちも大切だろうと僕は思います。

今ここが在るのは過去が在るからなのだから。

すべてつながっているわけだから、今ここが大切なら過去だって大切。

どちらが大切ですかなんて、答えなどない。

もちろん、今ここに没頭することなしに過去を見てばかりいたって何も生まれない。それこそ岡本敏子さんの言うように、「自分らしくとか、何が生き甲斐かなんて考えてるヒマはなかった」に同意でして、過去ばかり見ている人、悩んでいるだけの人は、ヒマなんだと僕にも思えます。

むしろ今ここに没頭すること、一歩を踏み出した結果、不思議なもので、過去を思い出すことだってある。

ああ、これがオレのコア・バリューなのかもしれないな、そんな感じ。

身体性を伴った動きと記憶は連動しているのだと僕は考えていますが、なんというか、今ここを大切にして本音で行動すると、自ずと過去を思い出すってよくあるし、経験したことがある人もいらっしゃると思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と悩まれる方は、今ここに没頭してほしいな、と常々考えておりまして、つまりは人からの評価を忘れた時、評価されるものだと僕は体験しているからです。

昨日チャットをしていた時に、僕を「いつも一生懸命に、前向きな」と表現された方がいました。僕自身は、そういう認識はなかったし、そういう評価に感謝するわけですが、

自分のことで恐縮ながら、自分自身で認識がないことを人は見てくれているものなんだと思います。

自己重要感とかセルフイメージとかが高くなくて・・・と感じているならば、まずやるべきはFacebookとかメールとかインターネットから自分自身を遮断し、どう評価されているんだろうとか思うヒマのない環境に身を置き、今一番大切なことを一番大切に、没頭して行動することです。

すると自ずと、評価されるようになります。自ずと自己重要感やセルフイメージも高まります。

自己重要感やセルフイメージを高めるものは、言葉ではなくて、行動。

一歩踏み出して、また一歩と踏み出し続けましょう。

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僕のルーツ、息子たちのルーツ。

長男も次男も朝はパパッと目が覚めたのは、窓から見える着陸態勢の飛行機の姿と、遠くから聞こえてくる飛行機の音があったからかもしれない。

まだ暗く、飛行機のライトだけがやたらとまばゆい、そんな時間に起きるなんてめずらしいなぁ、と思うほど。

成田のホテルを朝6時45分に出て、成田空港第2ターミナルへ。

「タイ人が多いね」と妻がつぶやき、「タイは明日から仕事だからかな」と言うので、

ああ、出国ラッシュとか帰国ラッシュは日本人だけじゃないんだな、と気づく。

飛行機に乗ったあとはいつ離陸したのかも分からないほど寝ていたようで、周囲のざわめきで起きた食事の時間と、X-MENの『アポカリプス』、そして長男が観ていた『ロード・オブ・ザ・リング』の第二章か第三章を1時間足らず観ていたほかは、熟睡していました。

香港についてホテルにチェックインしてからは、少し睡眠を取ってからラウンジで食事。

あまり美味しくないね、と妻が言い、コンビニエンスストアみたいなところはないかなと聞いてくるので、そばにあるアジアワールドエキスポのビルへ。

広いところが好きなのか、初めてのところが好きなのか、果たして開放的な感覚になった場所が好きなのか、そのどれが当たっているのかはわからないけれど、長男と次男は決まって追いかけっこして遊ぶ。

僕と妻が、「3歳と6歳のときに海外に行くなんてなかったよね」と話している様子など知らぬ顔で、香港にいようが日本にいようが、タイのバンコクにあるコンドミニアムのリビングで遊ぶように、二人で遊ぶ。

ホテルの部屋に入ってまっさきにやったことは、僕の母に買ってもらったスター・ウォーズのレゴブロックを床に広げ、遊ぶこと。

どこに行っても同じ行動をとる長男次男を見ていると、たまの息抜きとか、年に一度の海外旅行を楽しみにするとか、そういうことは関係ないんだな、と思う。

こういう感覚のまま大人になると、どんなふうになるんだろうと想像すると、楽しみな気持ちになる。

僕の場合、幼い頃から両親が美容院をやっていた関係で、学校が休みの時に旅行に行った記憶はなく、保育園とかその頃に1回熱海に行き、1回は成人してからだと思うけれど白馬に行った記憶がある程度。

そのときはまさか自分がパスポートに300回もスタンプが押されるなんて思ってもいなかったことを考えると、長男次男はどうなるんだろう、と思う。

幼少期に遊びに行けなかったことが今の僕をつくっているのかどうかはわからないけれど、幼少期からの難聴や『はだしのゲン』を小学校1年生の時に観たことは、僕が海外に出ていることと関係しているように思う。

そしてハタから見たら仕事が大好きなんですねと言われるのは、母が美容師として働いて、僕と妹に金銭的な自由を与えてくれていたことと影響していると思う(父はパチプロなんじゃないかと、20歳の時まで本気で思っていたので・・・)。

長男次男にとって、今こうして海外に出ることが、彼らの人生にどんな影響を与えるのかは、その時になってみないとわからないけれど、

どんなことであれ、たしかに影響を与えている。

その上で、彼らがどういう人生を選択するのか。

そういう選択肢があるんだというところまでは父として、彼らに示したいなぁ、と思う。

明日は、バンコクから。

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ルーツを辿る(吃音の源泉)。

実家にいるということで、母がお昼を作ってくれ、そこでこんな話になりました。

「あんたのドモリがヒドくなったから、店に連れてきて遊ばせるようにしたのよ」

どんな話かというと、

もともと僕は保育園の時からどもりがちでして、今で言う吃音ですね、「小野です」と発音したくても、「お、お、お、小野です」とか、そんな感じで話してしまうのです。

母が言うに、この原因というのが保育園に行く前の環境にあったと。

当時僕は、東京都の日野市南平というところに住んでいたのですが、住まい用に借りていた家と美容院(両親は美容師なのです)用に借りていたテナントの距離が歩いて15分とか20分とか(当時の記憶ですので、もっと近いかも)離れていたこともあり、

毎朝9時から18時までは美容院を営む母を朝は見送り(父がどのタイミングで美容院に行っていたのかは覚えていないのですが・・・)、

母が帰ってくるまでの間、叔母と叔母の息子、いとこですね、3人で一緒に過ごしていたとか。

当時の記憶といったら、同じ歳のいとこと、住まいの斜め前に住んでいた双子の男の子と一緒に遊んでいたこと程度で、

あと思い出すのはその双子が結構なやんちゃで、なにかあるとそのお父さんからエラい怒られていた光景。

玄関先でフォークギターのケースでぶん殴られていたような。

まぁ、古き良き昭和の(僭越ながら)思い出ですね。

他にもトイレに落ちたとか、置き時計に幽霊が見えたとか、そんな思い出はありますが、

概ねいい思い出を持っていたのです。

しかし母が言うに、

「アンタがどもるのは、たぶんなんだけど、叔母さんといとこと一緒に遊ぶようになってからなのよね。叔母さんは結構スパッと物を言う性格だし、アンタは覚えていないかもしれないけど、あの双子から結構いろいろやられていたのよ。いとこは要領がよかったみたいだから、アンタが一番ちょっかい出されていたみたいで」

「言いたいことがあるのに、我慢するから言葉が出なくなって、出そうとするとたまっているものが溢れ出てくるから・・・」

「あのお父さんが、一緒に遊ばせるのはよくないかな、と後悔していたくらいだからよっぽどだったんだと思う」

こんな感じ。

ちょっと補足すると、僕の両親が美容院なので、僕の面倒を叔母さんがみてくれるということで、当時は一緒に住んでいたのです。

母の妹は二人、つまり僕にとっての叔母は二人いるのですが(母方)、一時期は叔母さんふたりとも家にいたので、僕にしてみればお母さんが3人いるかのような感じでして、

今でも割とよく実家に来てくれるので、母もうれしい限り。

まぁ、いずれにせよ、母や父の認識だと僕は、結構な我慢を強いて育てたような息子らしく、それでどもりがちなところとか遠慮がちなところが、不安の種だったみたいです。

とは言いながらも僕は、小学生や中学生の時に全校生徒の前で立会演説したり司会をしたり、

ドモリながらもそれらをやるので、ハタから見たらユニークな子どもだったみたいです。

いじめっぽいことも経験しましたけど、それでも人前に出るので・・・

昨年かな、同級生が一人教えてくれまして

「小野くんて難聴でどもるでしょ。でも生徒会とかで喋るじゃない。あれ、今だから言うけど、本当にスゴイって思っていたんだよね。オレならやらないから」

彼は当時から一目置かれていたガキ大将的な存在だったので、そういう風に見られていたのはうれしいなぁ、と思いました。

話がそれました。

だから母にしてみたら、今僕が講座とかセミナーなど人前で喋っていて、しかもどもりがそれほどなく、割と落ち着いて話しているのをYouTubeとかで確認すると、ホッとするみたいです。

一方、僕の妹はある意味真逆の育て方をしたようで、

僕のように難聴でもなく、どもることもない、そして遠慮もすることなく、

いうなれば、いつも素直に本音で生きている、そんな感じ。

だから妹の進路選択を相談された時は、「自然な流れを見たほうがいいよ」と、今思えばエラそうですが母に伝えていましたし、

僕のように試験に落ちたりすることなく、全ての進路選択をスーッと流れるかのように通っていったので、今では中学校の先生を楽しんでやっているようです。

もちろん妹だってそんないいことばかりじゃなかったと思いますが、総じていい人生を歩んでいることは、多くの人が頷くところだと思います。

僕と妹の違いというのは、父の師匠的な方が言うに、同じ両親から生まれてココまで違うとは、という感じのようですが、

母の話を聞いて思ったのは、

「本音で生活していたかどうか」

ここにあるんじゃないかな、ということ。

僕の場合、まず周囲の目を気にしてから自分の出方を決めてきましたが、

妹は真逆でして、まず自分の望むことを確認してから、周囲を確認して行動する、そんな感じ。

今でこそ周囲よりも自分を優先させることが大切と気づきまして、ココ2年から1年の間は特に、エラい変化してきたなぁ、と感じておりますが、

かつての僕がいたのはやっぱり理由があるんだな、と感じた次第。

吃音は障害かもしれないこと、Wikipediaを見たらそう書いてあったので、それを母には伝えましたが、

自分の息子が吃音だけじゃなくて難聴でもあり、程度の差こそあれ障害を持っているというのは、母の立場に立ってみると、「なぜ?」と思うのかもしれません。

そういう意味では、仕事や生活で母を安心させることというのは、親孝行になるんですよね、僕の場合。

まぁ、銀行通帳を見せたら、エラい元気になりますが(笑)。

冗談はこのくらいにして

僕の吃音を思い出してみれば、今に至る過程が見えてくるわけで、だからこそ大切なものもわかる。

ルーツを辿ってみると、うれしい生き方に何が必要か、稼ぐためには何が必要か、時間と場所の自由を得るには何が必要か、

わかるかもしれませんよ。

P.S.
吃音とは何?の参考までにー

吃音症(きつおんしょう、英: stammering symptom)とは、言葉が円滑に話せない疾病、または障害である。

「発語時に言葉が連続して発せられる」、「瞬間あるいは一時的に無音状態が続く」などの症状を示す[1]。

WHO(世界保健機関)の疾病分類「ICD-10」では、「会話の流暢性とリズムの障害」、「吃音症」[2]に分類され、米国精神医学会の2013年発表DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)では「Childhood‒Onset Fluency Disorder (Stuttering) 小児期発症流暢症/小児期発症流暢障害(吃音)」と表現されている。

日本国内においては「どもり」、「吃音」とも言われているが、特に近年「どもり」は差別用語や放送禁止用語とみなされており、公の場で使われなくなってきている。

吃音の原因には、児童の発達性のものと、後天的なもの(たとえば頭部外傷)が挙げられる[3][1]。

発達性の吃音は、2歳で発生することが多く、成人では0.8〜1.2%[1][3]、学齢期の子供で約1.2%、5歳までの子供では約5%が吃音者であるといわれ、その4分の3のケースは治療の有無にかかわらず時間と共に解決する[1][3]。

子供の頃は本人が気づいていない場合も多い。

吃音の程度やどもりやすい言葉や場面には個人差がある。

緊張していたり朗読や電話の応対をしたりする、「あいさつ」などの日常よく使う言葉など、どもりやすい傾向があるとされる。

吃音の症状や悩みを改善する方法は何通りか提案されているものの、吃音症が原因不明であるため決定的な治療法がない(後述)。

吃音症でも特に重度で症状が固定化している場合、自殺率等も高いため、吃音を障害認定している国もある。

例えば、アメリカでは連邦障害者法、ニュージーランドでも法律により障害として扱われる。

ドイツでは重度の吃音に限り、障害認定を受けることができる。

このように、法的に吃音症患者を保護する体制作りが各国で求められている。

日本国でも吃音に対する社会保障がある。

2005年より吃音が発達障害者支援法に含まれるようになった。

精神障害者保健福祉手帳を希望すれば取得できる障害者である。

(引用:Wikipediaより https://ja.wikipedia.org/wiki/吃音症

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両極は意識した方がいい(仕事や役割に貴賤はない)。

インド最終日はひとりで目覚め。

タージマハールホテルには3つの意味でビビリ、やらない言い訳をしまくりの僕でしたが、島田さんの「その価格ならオーダーシャツをつくれますからね」という一言に気を良くし、

いやいや、そうはいってもビビったらゴーだよね、というネガティブな気持ちを抱えたままホテルにチェックイン。

結局泊まったホテルはインディラ・ガンジー空港そばのエアロシティーにあるノボテルホテル。

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このホテルはバンコクのスワンナプーム空港徒歩圏にもあり、一度泊まったということで安心感もあり、おいおい、それじゃ新しい経験していないじゃねーかよと思いつつも、新しい体験の対極にある既存の経験も大切だよね、バランスとって中庸だよね、ということで、心穏やかに眠ることができました。

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タージマハールホテルと比べるとどうかはわかりませんが、バンコクに比べると総じてスタッフのサービスレベルが高く、

僕が「聴きとり苦手なので」と伝えると、ゆっくり喋ったり指差しで会話してくれたりしてくれ、

インド、と一括りにはできないと思いますが、特に古都っぽいマイソールのホテルスタッフのホスピタリティの高さとサービスレベルの高さを思い出しつつ、

この国はそれぞれがジェントルマンだよな、と感じました。

対価としてのチップはありますが、とはいえなければないで大丈夫(と感じます)。むしろデリーのHansホテルだったかな、そこのボーイさんはチップを丁重に断っていましたから、

なんというか、ちゃんと自分の仕事をすることに集中しているんだな、と見て取れる。

空港のトイレを清掃する方は、順番待ちする人のために個室の空きを確認しつつ、空いたらサッと清掃して案内してくれ、

荷物を沢山持っていると見るやスッとお手洗いの水と石鹸を出してくれる。

その後はインドでお馴染みの胸に手を当てた礼とともにほんの傾けるというか振る首。

一直線にこちらを見る眼差しを受け、スーッと気持ちが穏やかになっていきます。

もちろん、スラムのような場所はありますし、空港やホテルだって皆が皆そうではないけれども、泊まるところとかも両極を経験すると、その国のことがよりわかるんじゃないかな、と思います。

僕が思うに、日本の「おもてなしの心」というのは、インドもそうですしタイもそうですが、どこの国にもあるんじゃないかなぁ、と。

そうは思いつつも、日本のおもてなしの心はいいですよね、と世界の人々が言ってくださるのは、やっぱりインドにもタイにもない何かがあるのかもしれません。

道をゆくインドの方々と目が合うと、自分から進んで笑顔と会釈をするはるか嬢のそれは、日本人が持つ何かなのかなぁ、と思いました。

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さて、先ほど流れでホテルからお願いしたリムジンタクシーに乗り、セダンタイプなのに後部座席も電動リクライニングと電動シェード、そしてエアコンのコントロールまで備えたその車に驚きつつ、

ハリドワールで見たスクールバスの光景を思い出していました。

マイソールのホテルやノボテルホテルのスタッフもそうですし、スクールバスに乗る子どもたちもそうでしたが、

こう言っては誤解があるかもしれないですけれど、生活の違いというものを感じました。

ハリドワールで乗ったロープウェイでは、2時間待ちの列がある一方で、待たずに乗ることができる特別レーンがある。

日本でも飛行機のファーストクラスやビジネスクラスレーンがあるように、それはどこの国にもあるのでしょうが、

あからさまな優先搭乗には恐縮しつつ、しかし2時間待ちの列に並ぶ人たちの一部がこちらに手を振ってくれ、

そういう状況を受け入れているんだな、という空気を感じました。

すべての人がそうではないと思いますけどね。

僕は仕事とか役割とかに貴賤はないと考えており、あるのは仕事とか役割の、世の中においてそれぞれが果たすべき何かだけだと考えています。

インドにおける、昔のカースト制度のような、厳然たる階級社会だとどうにもならないのかもしれませんし、これを僕が語ることは、それを経験していない以上語るに足りませんが、

僕らは日本に生きる以上、自分で選ぶことができます。

そうはいっても何でも選べるかというとそうではなく、選ぶには語るに足る必然的な何かが必要だと思いますし(なんでも選べるのですが、やり続けられないであろうことは、経験上感じています)、それは自分自身の生まれや育ち、ブラッドラインであったり、夢中になったことであったり、

島田さんが言うところの「ルーツ」にそれが在る。

決して言葉にする必要のないほど、自分にとっては自然で普通で当たり前の、大切な何か。

言葉にすることでそれを人に伝えることも大切だと思いますが、それ以上に大切なのは、自分自身が言葉にならなくてもそれを大切にして生きていくことだと思います。

ルーツを辿るとともに、例えばタイや中国、インドに行って、両極を経験することもまた、それを発見するには大切であることを、加えておきます。

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