一緒にいる時間がコミュニティを育むんだよ。

今日って1月8日ですから、年明けてから1週間程度しか経っていない、ってことなんですけど・・・僕の感覚ではすでに2ヶ月か3ヶ月近くは経過しているような印象でして、

それはたぶん、今進めているルーツ探求のプロジェクトとかセールスライティングクラスの企画とか、そういうものが稼働しているからかもしれません。

明日から沖縄に飛んで納税し、ミーティングしてから一度タイに戻ろうと思いきや、クレイジーパパの集いがあるということで、そのまま復路便をキャンセルすることになったりと、

ああ、やっぱり日本発券の往復便ではなくて、タイ発券の往復便を買わなければなぁ、と14年前に学んだことを思い出したりすることになりまして、なかなかいい体験をさせてもらっています。

今日は朝から妻と長男がラチャダーピセークに行って勉強してくると言うので、「オレは仕事しているから行かないけど」といったら間髪入れずに妻が、「大丈夫、ユウキと一緒にいてね」と言ってくるので、先ほどまで次男と二人で留守番していました。

過去に二人で過ごした記憶はそんなにないのですが、5時間という時間はたぶん最長記録。

お昼前にはウッカリ城ドラしながらバスルームにいたら、いつの間にか次男がワンワン泣いておりまして、あー父さん難聴でごめんねー聞こえなかったよーとつぶやきながら近づくと、次男は僕にしがみつくように抱きしめてきまして、

おお、こんなことは日本で車にひかれそうになって以来・・・親子とはこういうものか、と父っぷりに恍惚としていました。

一緒にトイレに行ったり、トイレ後は手を洗ったり、海苔のお菓子を次男が持ってきては開けて食べさせてあげたり、iPadのお絵かきアプリみたいなものを持ってきては、一緒に楽しんだり。

すると不思議なもので、次男と離れがたくなってくるわけですよ。正直家族と一緒にいる時間は3日もあれば十分だとか、思っていた僕が。

ここでちょっと冷静になったのですが、血縁関係に限らず、一緒にいる時間が長くなると情みたいなものも生まれますし、居心地の良さも生まれるじゃないですか。

お互いにわかり合ってきたからこそ生まれる呼吸の一致というか、魂の共鳴というか、波動のハーモニーがあればこその居心地の良さが。

なんか、落ち着くというか。

もちろん血縁というのもあるのかもしれないけれど、次男にしてみればいま一緒にいる大きな人が僕だけだし、まあよく見る顔だし、割と一緒にいる人だよねってことで、抱きついてきたりしているのかもしれません。

だからこそ一緒にいる人次第なんだろうなぁ、と次男を見ながら思いまして、自分が一緒にいる人もやっぱり選ばないとなぁ、と思ったわけです。

一緒にいる時間が長いほどに、その人から、またそのコミュニティからは多くを引き出すことができるものですし、それによりステージも上がっていくもの。

家族だってコミュニティですから、そういうものを育むのは一緒にいる時間。

場所は離れていても、共有する時間が大切というか。

だからこそ親子は似るのでしょうし、一緒にいる人のように人はなるんだろうなぁ、なんてことを、バナナの皮をひとりで剥いて食べる次男を見ていたら思ったので、記しておきます。

ちなみに、次男がバナナの皮をひとりで剥いたシーンをはじめてみたので、父っていいなぁ、なんてことも思っています。

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