他者理解と自己理解。

先ほど、実家に帰ってきました。

3日はセールスライティングクラスで今日は自分という器クラス。

資料の準備は時間を要するものの、話す内容というのは過去の経験を言語化したものなので、

そこにはもちろん木坂さんのセミナーや島田さんの話から得たものが加味されるわけですが、講座当日というのは総じて穏やかな気分になります。

講座がはじまるまでは準備をどれだけするかという緊張感があるわけですが、講座がはじまってしまうとどんなに準備をしたくともどうにもならないわけですから、

ある意味絶望の結果余裕が生まれるというか、そんな感じです。

セールスライティングクラスでも自分という器クラスでも、半年間やってみて共通のキーワードが登場しました。

それは、相対化。

もともと僕は相対化という言葉を使わずに、俯瞰するとか鳥瞰するとか、自分を含めて客観視するとか、色々なところにカメラを設置するとか、色メガネをかけるとか、

そういう表現を使ってきましたが、つい1週間前の木坂さんセミナーでも、相対化がキーワードとして登場しまして(キーワードかどうかは私見です)、

これまた私見ですが、島田さんが言うところの「ゆるく、たのしく、てきとーをモットーに、未完成品をあえて出す」とうのも、相対化というフィルターを通して見てみたら、個人的にはなるほどな、と思ったり。

相対化。

思えばアプレンティスで僕がダイレクト出版さんにおけるスプリットランテストで勝ち続けたのは、「自分を相対化してコピーを書いていたから」、と気づいたんですけど、

その結果、そういう他者理解が生まれて、島田さんのおかげでもこういう他者理解が生まれて、さらにビーコンのサービスを試した方々によってもああいう他者理解が生まれて、

それはもちろん、メルマガやブログの読者さんから見ても、何らかの他者理解が生まれている。

例えば「小野はダイレクト出版のコピーライターを次々と打ち破った」とか「1ヶ月に10本、2ヶ月で20本のセールスレターを納品した」とか、そういうふうに評されることが割と多いですが、

こういう他者理解というのはおそらく、相対化して眺めているからこそ出てくるものなんだと思います。

一方自己理解。

これまた面白い話で、僕は割とまっとうなことを言う人間だと自己理解していたのですが、島田さんが智頭合宿で言った「小野さん、8割スベっています」に驚愕した記憶があります。

そういう他者理解だったわけですよね、僕は。

まっとうなことを言う人間と自己理解していたというのは冗談なのですが、僕の場合、自己理解というのは当てにならないと感じています。

なぜなら、僕が思うように人は僕を見ていないものだからです。

むしろ自分の言っていることは正解だと思っていないので、僕はこういう人間である、という主観的な自己理解をそれほど重要視していないのかもしれません。

その代わり、誰々がこういうふうに僕を語っている、というのを大切にしています。

他者理解の数だけ自己理解があるというか、客観的な自己理解があるというか、そんな感じ。

さて、今日はそろそろ寝ることにします。おやすみなさいー。

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他者理解を得ることの効果。

最近は何かの集まりに参加すると「あの小野さんですか?」、のようなことを言われる事が増え、ワイルドサイドを歩こうよの島田さんをはじめとする皆さんが好意的に周囲に伝えてくださっているんだな、と感じています。

そしてタレント化プログラムやビーコンコーチングに参加する方々、今回License to beatに参加する方々も、(たぶん)好意的に伝えてくれているのだろうと。

ある種のコミュニティにおいて僕は、他者理解を得ているのだと感じています。

「ビーコンの小野ね」
「ストイックな小野ね」
「写経の小野ね」
「ビジュアライズの小野ね」
「起床直後に腹筋の小野ね」
「セールスレター1ヶ月10本納品の小野ね」
「トンプソン教徒の小野ね」

こんな感じ。他にも多分、人の数だけ存在するのだろうけれども、抽象度を高めると「やり続ける男」のような他者理解かな。

こんな風に「ほにゃららな誰々」のように言われるようになると、周囲から声をかけてくれるようになる。それはたぶん、一目置かれるようになっているから。後藤さんにしても、京都日々新さんにしても、多分同じじゃないかな。タレント化プログラムに参加する2人もそう。何らかの、他者理解があるってことです。だからこそ向こうから声がかかってくる。

面白いのは、この「ほにゃららな」というのは他者が決めることであり、自分ではないということ。もちろん、こういう自分に見られるようになるというのもできなくはないだろうし、そういうふうに自分を見せる人もいます。しかし僕の場合、結果的にそうなっているというほうを経験しているので、僕が伝えられるのはこっちだろうと。評価は他者に委ねる。

そんなことを思いながら昨日出した「自分という器クラス」の初回課題は「あなたにキャッチコピーをつけると?」、そして「あなたの主張は何?」の2つ。

ビーコン箱根合宿でもやったこの課題に、各自脳を使ってほしいなぁ、という願いを込めています。いろいろな角度から、自分を見つめ、紙に書き出しておいて欲しいものです。

どう生きるかを決めるならば、その生き方にふさわしい他者理解を得てほしいなぁ、と。

1年後のひとつのゴールに、「ほにゃららな誰々」という他者理解を得るというのがあるかもしれない。

そのための方法は?

ひとつ僕が経験したことを紹介するならば、やっぱりコレ。

「誰もができることを、誰もやらないレベルでやる」

6月5日からLicense to beatで1年間の講座が始まります。

このブログでも紹介してければいいなぁ、と思うので、参加する皆さんは自分を高めていきましょう。

もちろん、タレント化プログラムと、ビーコンコーチングの皆さんも。結果として他者理解を得られれば。

P.S.
あ、6月5日からは自分という器クラスで、セールスライティングクラスは6月4日から、賢者舎クラスは6月26日からですね。

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