ルーツを辿る(吃音の源泉)。

実家にいるということで、母がお昼を作ってくれ、そこでこんな話になりました。

「あんたのドモリがヒドくなったから、店に連れてきて遊ばせるようにしたのよ」

どんな話かというと、

もともと僕は保育園の時からどもりがちでして、今で言う吃音ですね、「小野です」と発音したくても、「お、お、お、小野です」とか、そんな感じで話してしまうのです。

母が言うに、この原因というのが保育園に行く前の環境にあったと。

当時僕は、東京都の日野市南平というところに住んでいたのですが、住まい用に借りていた家と美容院(両親は美容師なのです)用に借りていたテナントの距離が歩いて15分とか20分とか(当時の記憶ですので、もっと近いかも)離れていたこともあり、

毎朝9時から18時までは美容院を営む母を朝は見送り(父がどのタイミングで美容院に行っていたのかは覚えていないのですが・・・)、

母が帰ってくるまでの間、叔母と叔母の息子、いとこですね、3人で一緒に過ごしていたとか。

当時の記憶といったら、同じ歳のいとこと、住まいの斜め前に住んでいた双子の男の子と一緒に遊んでいたこと程度で、

あと思い出すのはその双子が結構なやんちゃで、なにかあるとそのお父さんからエラい怒られていた光景。

玄関先でフォークギターのケースでぶん殴られていたような。

まぁ、古き良き昭和の(僭越ながら)思い出ですね。

他にもトイレに落ちたとか、置き時計に幽霊が見えたとか、そんな思い出はありますが、

概ねいい思い出を持っていたのです。

しかし母が言うに、

「アンタがどもるのは、たぶんなんだけど、叔母さんといとこと一緒に遊ぶようになってからなのよね。叔母さんは結構スパッと物を言う性格だし、アンタは覚えていないかもしれないけど、あの双子から結構いろいろやられていたのよ。いとこは要領がよかったみたいだから、アンタが一番ちょっかい出されていたみたいで」

「言いたいことがあるのに、我慢するから言葉が出なくなって、出そうとするとたまっているものが溢れ出てくるから・・・」

「あのお父さんが、一緒に遊ばせるのはよくないかな、と後悔していたくらいだからよっぽどだったんだと思う」

こんな感じ。

ちょっと補足すると、僕の両親が美容院なので、僕の面倒を叔母さんがみてくれるということで、当時は一緒に住んでいたのです。

母の妹は二人、つまり僕にとっての叔母は二人いるのですが(母方)、一時期は叔母さんふたりとも家にいたので、僕にしてみればお母さんが3人いるかのような感じでして、

今でも割とよく実家に来てくれるので、母もうれしい限り。

まぁ、いずれにせよ、母や父の認識だと僕は、結構な我慢を強いて育てたような息子らしく、それでどもりがちなところとか遠慮がちなところが、不安の種だったみたいです。

とは言いながらも僕は、小学生や中学生の時に全校生徒の前で立会演説したり司会をしたり、

ドモリながらもそれらをやるので、ハタから見たらユニークな子どもだったみたいです。

いじめっぽいことも経験しましたけど、それでも人前に出るので・・・

昨年かな、同級生が一人教えてくれまして

「小野くんて難聴でどもるでしょ。でも生徒会とかで喋るじゃない。あれ、今だから言うけど、本当にスゴイって思っていたんだよね。オレならやらないから」

彼は当時から一目置かれていたガキ大将的な存在だったので、そういう風に見られていたのはうれしいなぁ、と思いました。

話がそれました。

だから母にしてみたら、今僕が講座とかセミナーなど人前で喋っていて、しかもどもりがそれほどなく、割と落ち着いて話しているのをYouTubeとかで確認すると、ホッとするみたいです。

一方、僕の妹はある意味真逆の育て方をしたようで、

僕のように難聴でもなく、どもることもない、そして遠慮もすることなく、

いうなれば、いつも素直に本音で生きている、そんな感じ。

だから妹の進路選択を相談された時は、「自然な流れを見たほうがいいよ」と、今思えばエラそうですが母に伝えていましたし、

僕のように試験に落ちたりすることなく、全ての進路選択をスーッと流れるかのように通っていったので、今では中学校の先生を楽しんでやっているようです。

もちろん妹だってそんないいことばかりじゃなかったと思いますが、総じていい人生を歩んでいることは、多くの人が頷くところだと思います。

僕と妹の違いというのは、父の師匠的な方が言うに、同じ両親から生まれてココまで違うとは、という感じのようですが、

母の話を聞いて思ったのは、

「本音で生活していたかどうか」

ここにあるんじゃないかな、ということ。

僕の場合、まず周囲の目を気にしてから自分の出方を決めてきましたが、

妹は真逆でして、まず自分の望むことを確認してから、周囲を確認して行動する、そんな感じ。

今でこそ周囲よりも自分を優先させることが大切と気づきまして、ココ2年から1年の間は特に、エラい変化してきたなぁ、と感じておりますが、

かつての僕がいたのはやっぱり理由があるんだな、と感じた次第。

吃音は障害かもしれないこと、Wikipediaを見たらそう書いてあったので、それを母には伝えましたが、

自分の息子が吃音だけじゃなくて難聴でもあり、程度の差こそあれ障害を持っているというのは、母の立場に立ってみると、「なぜ?」と思うのかもしれません。

そういう意味では、仕事や生活で母を安心させることというのは、親孝行になるんですよね、僕の場合。

まぁ、銀行通帳を見せたら、エラい元気になりますが(笑)。

冗談はこのくらいにして

僕の吃音を思い出してみれば、今に至る過程が見えてくるわけで、だからこそ大切なものもわかる。

ルーツを辿ってみると、うれしい生き方に何が必要か、稼ぐためには何が必要か、時間と場所の自由を得るには何が必要か、

わかるかもしれませんよ。

P.S.
吃音とは何?の参考までにー

吃音症(きつおんしょう、英: stammering symptom)とは、言葉が円滑に話せない疾病、または障害である。

「発語時に言葉が連続して発せられる」、「瞬間あるいは一時的に無音状態が続く」などの症状を示す[1]。

WHO(世界保健機関)の疾病分類「ICD-10」では、「会話の流暢性とリズムの障害」、「吃音症」[2]に分類され、米国精神医学会の2013年発表DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)では「Childhood‒Onset Fluency Disorder (Stuttering) 小児期発症流暢症/小児期発症流暢障害(吃音)」と表現されている。

日本国内においては「どもり」、「吃音」とも言われているが、特に近年「どもり」は差別用語や放送禁止用語とみなされており、公の場で使われなくなってきている。

吃音の原因には、児童の発達性のものと、後天的なもの(たとえば頭部外傷)が挙げられる[3][1]。

発達性の吃音は、2歳で発生することが多く、成人では0.8〜1.2%[1][3]、学齢期の子供で約1.2%、5歳までの子供では約5%が吃音者であるといわれ、その4分の3のケースは治療の有無にかかわらず時間と共に解決する[1][3]。

子供の頃は本人が気づいていない場合も多い。

吃音の程度やどもりやすい言葉や場面には個人差がある。

緊張していたり朗読や電話の応対をしたりする、「あいさつ」などの日常よく使う言葉など、どもりやすい傾向があるとされる。

吃音の症状や悩みを改善する方法は何通りか提案されているものの、吃音症が原因不明であるため決定的な治療法がない(後述)。

吃音症でも特に重度で症状が固定化している場合、自殺率等も高いため、吃音を障害認定している国もある。

例えば、アメリカでは連邦障害者法、ニュージーランドでも法律により障害として扱われる。

ドイツでは重度の吃音に限り、障害認定を受けることができる。

このように、法的に吃音症患者を保護する体制作りが各国で求められている。

日本国でも吃音に対する社会保障がある。

2005年より吃音が発達障害者支援法に含まれるようになった。

精神障害者保健福祉手帳を希望すれば取得できる障害者である。

(引用:Wikipediaより https://ja.wikipedia.org/wiki/吃音症

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