「一番お世話になっている人たちを大事にせず、成功できるはずがない」言葉と行動。無意識は感じるもの。

先日のLicense to beat自分という器クラスで、セルフイメージ先生と呼ぶ小坂さんに話をしてもらった時、

「一番お世話になっている人たちを大事にせず、成功できるはずがない」

というような言葉とともに、ご両親と旅行に行ったり、世界2位のインセンティブツアーでお父さんをメキシコに招待したり、と言ったエピソードを話していました。

現在両親と一緒に父方の田舎である高知に来ており、先ほどお墓参りに行ってきたのですが、お墓から見える景色を眺めながら思い出したのが、その小坂さんの言葉。

人それぞれだと思いながらも、2015年に両親の実家へお墓参りをし、妻の両親の実家へお墓参りをした結果感じるのは、

心がスーッと軽くなる、ということです。不思議なんですけどね。

自己啓発の本でお馴染みのことといえば、「まず与えなさい」的な話だと思いますが、まず与えるべきはお世話になった人たち、両親や先祖たちなんじゃないかなぁ、と思ったりします。

これ、こういう風に感じるようになったのはここ1年程度のことなので、語るに足らないとは思いますが。

それでも、両親のお墓参りをすると両親が喜びますから、自分自身のことはさておき、これはいいことなんだろうな、というのは感じます。

言葉だけで両親や先祖を大事にするようなものだとどうかなと思いますが、お墓参りに行くとか旅行にいくとか、そういう行動を伴うものであれば、どんなことであってもいいことなんじゃないか、と。

身体性が大事だと感じるのは、こういうこともそうです。

その人の言葉だけを見るのではなく、行動と結果を見る。

同じように僕らも行動と結果が見られているわけですから、これからはますます、リアリティのある言葉を届けられるかが大事になると考えています。

実際にいる場所や行った場所の写真や動画、実際に見ている風景や会っている人との写真や動画もまた、しかり。

小坂さんが紹介してくれたとおり、人が一日思考する6万回のうち95%か98%は無意識で行っているということは、僕らの無意識もまた、ある人の発言や掲載する映像を感じ取っているかもしれません。

胡散臭さを感じるというのは、そこに行動と結果が伴っていない時が多いもの。身体性がないから、具体的な動詞と名詞で表現することができない。

これは私見ですが、なんか軽いな、とか、モヤモヤすると感じる文章は、形容詞や副詞などによる修飾表現が多いもの。よかったらチェックしてみてください。

ライティングを担う僕らにとって、お盆の時期は外に飛び出すいい機会です。

身体性を伴う経験をし、それを言葉にするトレーニングをしましょう。

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言葉を変えればうまくいく?それとも?

License to beatの自分という器クラスの第三回で小坂さんが、言葉がよろしくない人とは付き合わないようにしている、という話をしました。

ネガティブな感情が芽生えたら、その言葉を紙に書き出して、破って捨てる、ということも合わせて。万が一の対処方法まで話すというのは、身体性があって良いなぁ、と思いました。

僕が2年前に行ったことがこれでして、小坂さんと話していたら、

「小野さん、困らないぐらい稼げればいいです、と言いましたけど、それって困るので、その言い方を変えたほうが良いですよ」

と一言。

この着眼点は当時なかったので、エライ新鮮でしたし、過去の自分から学んで時給800円の警備バイトから再スタートした小坂さんが話すことだからということもあり、

2014年の4月29日を境に、言葉遣いを変えました。

発する言葉だけではなく、思考する言葉も脳にとって良い言葉に厳選。結果として、いわゆる元の意味がネガティブな言葉を使わないようにし、元の意味がポジティブな言葉を使うようになりました。

「悪い」は「良くない」。

こんな感じです。脳の中でも潜在意識を司る方は、「ない」を認識しないと言われているからです。

この効果は僕にとってはてきめんでして、例えば「困らない」という表現を使わなくなって半年経ってみたら、そういう状況はなくなってきているなぁ、と体感していましたし、それは年月を経るにつれて顕著になります。

言葉を変えるだけでここまで変わるのか、と驚いたものです。

しかし、言葉を変えるってけっこう大変なことだなぁ、とも感じておりまして、

それは無意識からくる口癖を認識することは、なかなかないからです。

よくある話ですが、僕が言葉遣いを改めたほうが良いですよ、と誰かに伝えます。

その誰かがわかりました、と言った瞬間、「実は、困らないくらい稼ぎたいんですよ・・・」と発言することはいたって普通です。

小坂さんは人間の思考は一日に6万回であり、そのうちの95%とか98%を潜在意識が司っている、のようなことを話していましたが、口癖って潜在意識だと思いますから、これを意識で改善するのはなかなか難しいんですよね。

僕の場合、家に帰ると心配するあまり「困らないくらい・・・」と気遣ってくれる母がいますから、耳からそういう言葉が入ってくる環境でもあったわけです。

言葉を変えることは必要だ。けれど、周囲の言葉はよろしくないものだったりする。

僕がいた環境は、こういう状態でした。

では、どうしたのか?

周囲の言葉遣いを変えてもらうよう、特に一緒にいる時間が長い母の言葉が変わると良いなぁ、と思ったので、母に伝えました。

これこれこういう事情で「困らない」とか言わないで欲しいんだけど・・・

しかし予想はしていましたが、変わらないんですよね。なぜなら母もまた無意識で、潜在意識がその言葉を選んでいるからです。

そこで、こう考えることにしました。

コヴィー博士が『7つの習慣』のなかで、「影響の輪」について話をしています。自分が変えることができるのは自分だけであり、人を変えることはできない。しかし影響の輪が広がれば・・・云々、という感じだったかと(ごく一部の箇所を紹介しているだけですので、詳しくは『7つの習慣』をご覧ください)。

だから、まずは自分が変わろう、と考え、母に会わないようにしました。

母だけではなく、僕にとってはネガティブな言葉を使う方々とも、会わないようにしました。

すでにこの時、携帯電話から数百件の電話番号や氏名を整理していましたから、言葉遣いを変える時点ではすでに付き合う人たちを選ぶということをやっていたのですが、

言葉遣いが大事だとなり、一層付き合う人たちを選ぶようになったというか、そんな感じです。

僕がワイルドサイドの島田さんとの時間を増やそうと決めたのも、ちょうどこの頃から。あまり大きな声で目立つタイプではないので、僕からすると話しかけにくいのですが(僕が聴き間違えるからです)、当時はご家族を連れて東京開催のアプレンティスに参加したり(講座そのものは島田さんが参加するのみですが)、花粉の時期は毎年家族で沖縄で生活したり、生き方そのものに興味がありました。

そして伝わってくる雰囲気からすると、島田さんの言葉はいい感じでしたから。

話がそれました。

僕はセールスコピーを学び、3ヶ月後とか半年後にはダイレクト出版さんのアプレンティスで採用されるような、他のライターさんをビートするようなコピーを書けるようになっていましたし、1年後には会社を退職しても大丈夫だと感じられる状況になっていました。

1ヶ月に10本のセールスレターを納品していたのも、この頃ですね。言葉を変えなくても、スキルにフォーカスでこういうことはできるようになっていました。

しかし、タイで人生の3分の1を送るとか、今のような状況になったのは、言葉を変えたからですし、付き合う人を変えたからだとも考えています。

今の自分の言葉がよろしくないなら、それはそういう人たちと一緒にいるからだ、という見方もできるわけです。

だから僕の私見ですが、言葉を変えると同時に、付き合う人を変える。

これが大事なんじゃないかな、と思ったりします。

モデリングの話を以前しましたが、ある意味今日もモデリングの話を紹介しました。

そうそう。

スキルにフォーカスは同時並行で必要だと僕は考えています。

少なくとも僕は、言葉を変え、付き合う人を変えても、スキルにフォーカスはやり続けていますし、例えばですが、毎日ブログやメルマガ、写経、そしてビジュアライズなどをやり続けていますので。

在り方を変えること、スキルにフォーカスすること。

これらは同時に必要だと、僕は思います。経験上です。

そして、

「誰もができることを、誰もがやらないレベルでやる」。

アプレンティスの浦田さんが僕に伝えてくださった言葉は、エライ大事な意味を持っているなぁ、とあらためて思います。

今日はこのへんで。明日は、高知です。

P.S.
写真は出雲大社隣の博物館入口にて。「禁猟区」には思わず笑ってしまいましたが、他にも「ポケモン Don’t GO」というコピーが書かれたものもありました。

しかし、Don’t GOだと、脳科学的には、やりたくなりますよね・・・。

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誰と一緒にパークハイアットに行くか?

今日はパスポートの増補版を受取りに、橋本駅へ。

インドに行くためには空白のページが2ページ以上必要ということで、パスポートをチェックすると1ページの空白。
ビザを貼ったらイミグレーションでスタンプが押せないではないか、と一人納得し、増補をしてきた次第です。

現在、市町村合併をした結果、実家のある場所は相模原市になるのですが、政令指定都市だからですかね、パスポートを作りに厚木に出る必要が無いというのは、とてもうれしい。

実際今回の増補タイミングは、明日から出雲大社に行って9月末まで平日に帰ってこないことを考えると、これ以上ないタイミングだったので(というか、今日受け取れなかったらインドに行けなかったかもなんですよね。タイで増補をする方法もあるので、それはそれで大丈夫なんですが)。

現在、増補されたパスポートを手にとっているのですが、40ページが追加された割にはそんなに分厚くなく、前の状態と変わらない感じです。

いずれにせよ、インド行きに必要な3種のツール、「パスポート」「ビザ」「航空券」のうち、パスポートはクリア。あとはビザと航空券ですが、これらはインターネットでなんとかなりそうなので、出雲大社で手配しようかと。

さて、誰と一緒にパークハイアットに行くか。

先日のLicense to beat自分という器クラスの講座と懇親会終了後、一部のメンバーと小坂さんでパークハイアットへ行くことに。

なんでも世界一のサービスを目指すタクシードライバーに、そういうサービスを経験してもらうことが目的だとか。

そうなると動きが早い、というか反射的な反応を示すのが小坂さんで、ドレスコードに引っかかるからと一度皆をマンションに連れて行ってズボンを貸す。そしてベランダから新宿中央公園を眺め、その先にあるパークハイアットへと向かう。

向かう先はニューヨーク・バー。

ブランチの時間にニューヨーク・グリルには、小坂さんや長谷川さんと来たことがありましたが、ニューヨーク・バーは初めて。

厳密にはグリルもバーも場所は同じでして、夜になるとバー仕様としての空間が登場する、という感じでしょうか。

ピアノのサックス、ベース、そしてヴォーカルの生演奏を聞きながら、各々がビールやウイスキー、カクテルを飲む。

その空間から奏でられるジャズに浸っていたのか、高い天井と壁に飾られた絵画に目を奪われていたのか、それともメニュー用の価格に圧倒されていたのか。

しかし確かに、「富士山麓30年」の価格が1杯35,000円というのは、なかなか見ないなぁ、と。

僕はお酒が飲めないせいか、日本においては飲みに行くことはそうないですし、バーに行くことも基本的にはありません。

海外に出ると付き合いとかそういうのもありますが、個人的な使命感から先頭を走ることもございまして、これまで見たなかで「ほぅ」とうなったお酒の価格は、1本20万円だったか、100万円だったかのボトルです。

シャンパンかシングルモルト、ブランデーだったと思いますが、お酒の世界は芸術だよな、と思った記憶があります。

そんな経験はあったものの、1杯35,000円というのはエライ数字だな、と感じました。

ビビったらいけ、という意味では、お坂が飲めるなら富士山麓30年を飲まないとなぁ、とその時は思ったものです。

1杯飲んで外に出た時、あれ、パークハイアットに入る時だったかな、

「たぶんですけど、僕と一緒にパークハイアットに行ってもそんなに変わらないと思うんですよね。小坂さんと一緒だから、変化があるのだと思いますよ」

こんなことを言ったら、頷いていたメンバーもいて、この感覚が伝わってよかったなぁ、と。

普段からパークハイアットのニューヨーク・バーに行く小坂さんと一緒だから、この間のサービス体感セッションは意味があるんだと僕は考えています。

身体性を伴った経験は、雄弁に語る。

その人の行動や結果を見る。コレ、大事なんですよね。

参加したメンバーにはパークハイアットの件で、小坂さんがセルフイメージ先生たる理由が伝わっていれば、何よりです。

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言葉を選ぶ。神は細部に宿る。

23日の木坂さんインプットクラス島田組の講座に備え、ジョン・ロックを片手に10個のキーワードを探し、ただマインドマップにタイピング。この時自分の解釈を入れず、いわゆる思考と思考のハザマに入ってタイピング。

なぜなら、10個のキーワードを定義するにあたり、僕の解釈は不要だからだ。ただジョン・ロックがどういう定義でそのキーワードを使っているのか。これを読み、その根拠を探す。

License to beatの自分という器クラスでもグループディスカッションそのものの前に言葉の定義付けをしているけれども、同じような課題を僕も並行してやっている。

身体性を伴ったものでないと、僕は精確に伝えることはできないと考えているから。

もともと言葉は選んできたけれど、相手が伝えたいように定義づける、というのはなかなか面白い。タイピングしながらも、「これはこんな意味だろう」と自分の経験で定義付けしようとする自分が登場する度に、客観的な自分が待ったをかける。その度に深呼吸して、思考と思考のハザマに入り、ただ根拠を探す。

言葉を定義づけるにあたり、これは一つのヒントになると思うモデルを発見したので、それを次回の自分という器クラスで伝えようかなと思う。

言葉というコミュニケーションツールでビジネスをやる僕たちにとっては、これは必要な力だと思うので。

言葉の定義付け。

定義付けに限らず、僕が現在一緒にいる人たちは、言葉を選んでいる人が多い。ワイルドサイドの島田さんも、ダンコレの岡本さんも、セルフイメージ先生の小坂さんも。

言葉を選んでいる人が多い、というよりも、こんな生き方はいいなぁ、と思う人たちは言葉にこだわっていると思う。

木坂さんのこと自体はまだLiそれほど存じ上げないけれども、島田さんのブログや話、木坂さんのセミナーに参加したりレターを写経している時に「選んでいるな」というのが伺えるし、

他にもいい雰囲気をはなつというか、いい感じだな、と思える人の言葉に耳を傾けると(言葉を目で追うと)、言葉を選んでいることがわかる。

僕はそこまで言葉を重んじない、というか、言葉はなくても意思疎通はできると考えているけれど、それは言葉の通じない国に行っても人間社会において生活できたという経験があるからだし、日本語ができるゆえに「考えたふりをしてしまっている」という経験を、タイ語や中国語、トルコ語に囲まれてすることができたからだと思う。

だから、言葉は道具ということも理解できる。呼吸のように必須のものでなく、人間が生み出した手段に過ぎない。

こんな感じで言葉を外から眺めることができるからこそ、言葉がコミュニケーションにおいてどれだけ大切かというのもわかる。

少なくとも、「考える」ならば言葉がないと考えたことにならないので。「論理的に」考える。

自分が考えていることを誰かに伝えるなら、言葉でないと精確に伝えることはできないだろうし、相手が考えていることを理解することも、言葉あってのもの。

矛盾するようだけれども、言葉なしでコミュニケーションというのは、「そんな気がするだけ」かもしれない。もっとも、文脈が共有できていれば、目と目を合わせてあうんの呼吸もあるでしょう。

だから、やっぱり言葉は大事とも思う。

セールスレターを書く時、オウンドメディアの記事を書く時、メールを書く時、ひとつひとつの言葉を選びたいもの。

客観性を持ちながらも、主観的な情熱を持つ言葉は、相手に伝わるものだと思うから。

神は細部に宿る。

イメージは万年筆で書く手紙。

むやみに直すことができないから、選ぶ。

そんなイメージで、量を書いてほしいなぁ、と思う。

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代償を意識してみた。

お楽しみ様です。小野貴正です。

昨晩は大奉書に祝詞を書き、課題のレポートを書いていました。祝詞は墨と毛筆で書くべきなのでしょうが、筆ペンでもいいですよ、と先生が言うので筆ペンで。こういうものを書く度に、ああ幼い頃から習字をしておくべきだった、と思うのは僕だけでしょうか。

初めての経験なのでどのくらい時間がかかるのかも読めないまま、21時ころから作業を開始すると、終わったのが0時あたり。大体3時間で、レポートと祝詞2本が完成、ということになります。その後は日課などを行い、就寝時間は1時過ぎ。本日朝の日課や仕事を行うとなると、起床時間は3時30分。現在、5時過ぎですがまだまだ時間が足りない。セールスレターとオウンドメディア記事のレビューは今日の夜やらなければ。

好きでやっているので別にどうということはないのですが、客観的にこの状況を見てみるとなかなかに面白い生活をしていると思います。会社に勤めていた頃、朝4時に起きて日中の仕事を挟んで夜の1時あたりまでセールスライティングの勉強やセールスレターのライティングをやっていましたが、これをほかの人が見たら「よくそこまでできますね」と言っている理由はよくわかる。確かに、普通に考えれば眠いしシンドイしだから。

思えばこれって一つの代償だよな、と。これまで意識したことなかったのですが、こうあろうとするときに何かを差し出すのだとしたら、僕の場合は睡眠時間というのが割と多いのだと思います。人付き合いとか、そういう時間ももちろんある。

時間という概念はトレードオフですから、何かをやるならば別の何かをやる時間は減少するかなくなる。トリック的に時間を増やすことはできるけれど(人に仕事を依頼するとかね)、物理的に時間がビヨーンと延びるわけではないし、逆に縮むわけでもない。代償を払うというのは時間に関することが割と多いのかな、と。お金も、もちろんそう。後は健康とか、信頼関係とか、そういうものも。

その上でそう在ろうとするならば、やっぱり何を大切にして何を差し出すのかを決めないとならないよな、と思うわけで。

『思考は現実化する』のなかに、願望実現のための6ヵ条、というものがあります。そこの2つ目に、

実現したいと望むものを得るために、あなたはその代わりに何を“差し出す”のかを決めること。
この世界は、代償を必要としない報酬など存在しない。

とあるのですが、今日再びなるほどな、と思いました。セルフイメージ先生の小坂さんも、これは常々口にしています、そういえば。まさに二兎を追う者一兎をも得ず、というかね。これをライフスタイルの中に組み込んでいるというか、とにかく徹底している。

たとえば、ブログとかメルマガを集客に活用したい場合も、代償はたぶん必要。

わかりやすいのは、皆に好かれる文章を書く、という幻想を放り投げること。不特定多数に好かれたい、いい人に見られたいという我をゴミ箱にポイッと投げること。自分を守るために心を閉ざしていては、相手も心を開いてくれないだろうと思う。

「主張がないと読まれる人にならない」とは木坂さんの音声やセミナーで学んだことですが、集客するならばこれは大事だと思う。主張するということは、ある意味代償を伴うよな、と思う。

意識してみると、代償となるものは結構あるものだな、と。

今日はこのへんで。

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無意識を意識するということ。

今朝は3時30分前に目が覚めました。目覚ましが鳴る前です。iPhoneのイヤフォンを耳に入れた状態でないと目覚ましが聞こえないのですが、そこから流れる音は贅沢にも大きすぎる。難聴とはいえ、耳元での音は普通の人と同じくらいに聞こえているのかもしれません。要は、けたたましすぎてあまり寝起きがよろしくないなぁ、と。

ですから目覚まし無しで起きることができたのは、とても清々しいな、と。目覚ましなしで起きる朝もいいですが、目覚ましかけてもそれを鳴らさずに起きる朝も、いいですね。

さて、無意識を意識する。

前日のブログで「声が小さい人ほど為になる」という話を書きました。コレは僕にとっての話ですから、多くの人にとって当てはまるかどうかは、わかりません。

何を学ぶかよりも誰に学ぶかのほうが大事とはよく聞きますが、同じ人に学んだって成果が出る人もいればそうでない人もいる。だから、僕にとって声が小さい人を、僕以外の誰もが「為になる」と思えるわけではない。

振り返ってみれば、話しかけにくい人、僕の場合はいわゆる「声が小さい人」、言い換えると「我がない、もしくは我が出ない人」がそれにあたるのかな、と思うのですが、確かに昔からそういう人ほどエライ印象に残るアドバイスをくれていたりしたな、と。中学校時代の先生とか、今ふと思い出しました。強烈な生き方なのだけれども、それを周囲に誇示しない。主張はあるけれども、押し付けがましくない。事実、経験を淡々と語り、しかし情熱がにじみ出る人。

確か朝鮮半島あたりから無銭旅行を開始。行く先々で絵を描きながらお金を得て、バイクでスウェーデンまで向かう。そしてスウェーデンで結婚されて日本へ戻り、絵を描きながら学校の先生をやっている。そんな先生です。我のない眼差しで生徒と向き合ってくれる、コレこそ恩師という先生でした。

まぁ、個性的すぎて(我はないですよ)、1年で私立に異動してしまいましたが。出る杭は打たれるんだなぁ、と感じたものです。

なんとなく、無意識で自分が感じていたことを意識するようになると、こうすればいいんだよね、というのがわかるようになってくる。これが僕の場合、「声が小さい人に話をしに行こう」というものですね。コレを意識したからこそ、小坂さんの話や島田さんの話を聞くことができたんじゃないかな、と思います。

そう考えると、聞きにくい環境で録音された音声も、僕にとってはいいものなんじゃないかな、とも思う。会った瞬間に「この日と声が小さい」と身構えてしまうような人の話しほど、宝の山だったりするわけです。

面白いのはそれを知っていながらも、毎回のように「声がちいせえ〜」と身構えてしまうことです。コレは無意識ですね。しかしコレを意識すると、チャンスなんだな、とわかる。

島田さんが収録しているワイルドサイドストーリーなんかまさにそれ。聞くぞ〜と思って聞き始めた瞬間に聞き取れないから、またにしよう、と言ってその場を離れる。しかしそこに何かあるって知っているからこそ、聞かなきゃな〜って思うんですよね。

無意識を意識して、そのとおりに行動する。あらためて、コレをする自分でありたいなぁ、と思います。

P.S.
最新のものから聞くと、木坂さん→木戸さん→ワイズマンの順番かな・・・。
備忘録にリンク貼っておきます。
http://artistinnovation.net/?p=2361

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真逆を見る(ヘッドラインでもプロモーションでも、コア・バリューでも)

ビーコンコア・バリュー発見&自分プランニング合宿@箱根の2日間が終了。今回の開催場所は塔ノ沢にある福住楼。

ゲストとして参加してくれたセルフイメージ先生の小坂さん、そしてアシスタントとしてやってきた僕の従兄弟であるアキノリ。温泉から出た時、部屋に戻る途中にある案内板を見ながら、「ここは夏目漱石や川端康成、吉川英治などが文筆活動をした場所なんですよ」と説明。建物自体が重要文化財に指定されており、部屋それぞれの趣が違う宿。

例えば僕らが泊まった部屋である「せせらぎ」は川に面しているので、常に川音が部屋に聞こえてくる空間。ガラス戸はなくて障子をあけるとそこは外。その景色と音には小坂さんも感心したようで、「箱根にははじめてきましたが、いいですね」との感想。

合宿の男性部屋として手配した「桐6」は、川ではなくて庭側。だから音は何一つ聞こえてこない、静寂な空間。確か「桐3」はその静かさから、川端康成さんが好んだ部屋だとか。

そんな空間ではじまった今回の合宿。ビーコンではマンツーマンのコーチングとタレント化プログラムというサービスの他、2015年10月に開催したライブセミナーというサービスが有るのみ。これまで「大事ですよ」と伝えていながらも、これに特化したものがなかったので、今回グループという形式で「ビーコンコア・バリュー発見&自分プランニング合宿」を開催した次第。ある意味、ビート・ザ・コントロールという価値からすると一番大事なサービスになります。

コア・バリューという意識的に考えるのみならず、ふと湧いてくる言葉に委ねることも必要な価値観を書き出すにあたり、環境はいいものを用意しようと考えていました。そこで、川や木々、そして温泉から発生するマイナスイオンに満ち満ちた福住楼を選択した、ということです。

13時に全員が集うと、まずプログラムのタイムテーブルと狙い、書き出す時のヒントを解説していきました。木坂さんのセミナーで学んだことを早速使わせてもらい、島田さんの考え方やワイズマンの教えを織り交ぜながらの説明。そして自己紹介を経てグループワーク。その後は個人ワークを行い、自由時間へ。

自由時間と言っても女性陣は2時AMあたりまで、男性陣は4時30分AMあたりまで、各部屋で考え方やコア・バリュー発見のセッション。

小坂さんがひとりずつエピソードを聞いてコア・バリュー発見のヒント、パラダイムシフトを促していたことは、参加者にとってエライインパクトだったんじゃないかな、と思います。

個人ワークの「その人の主張を一言で表すと?」で最も伝えたであろうアドバイスは「両極をみてください」というもの。

たとえばですが、「良い父親でありたい」というような内容の一言が出たとします。僕はこういう言葉が登場すると「本当かな?」と感じるようになっていて、なぜならそれは、誰にとっても耳あたりの良い、木坂さんの言葉を借りるとアンタッチャブルなものだから。不可侵の領域。

これを否定しようとする人はいないでしょう。実際、こういう価値観は多くの人が持っていると思います。では、これが自分の「多くの人が◯◯だと思っているが、自分は△△だと思っている」に繋がるか?といえば難しい。なぜなら、だれにでも言えることだからです。もちろん、これを本当に思っている人もいるでしょうが、今回の定義からすると適切ではない。

だから真逆をのぞいてみる。すると、これまでやってきた行動の過程や結果から新たな像が浮かび上がってくる。確かに良い父でありたいという価値観もあるけれども、安心とか安定とかからは真逆の挑戦、チャレンジングな人生を求めているのではないか、ということも見えてくる。

自分の主張やコア・バリューを発見するにあたり、この真逆を見るというのはエライ大事。

ちなみにこれはコピーもそう。ヘッドラインを書き出すときに真逆を見てみると、驚きというヘッドラインにマストな情報が加わりますし、だから反対語辞典はなかなか使えますよ、という話。

コーチングでもタレント化プログラムでも、これまで僕はコピーの話をあまりしてきませんでしたが、この合宿で話した「両極を見る」はコピーでも使える考え方。ぜひマスターしてほしい、と思います。何より、コア・バリュー発見のためにも。

31日の朝食後は、自分の主張をブラッシュアップしてもらい、それを書き出し直したりし、出来上がったものを個別で僕に提出。

ひとりひとりにアドバイスを送り、最後は退出時に「自分の主張」を語り、ビデオに収録。そして2016年12月31日の自分宛てに書く手紙を僕に提出し、合宿終了。

真逆を見るだけではなく、今回のワークで行ったことや伝えたことは、どれもコア・バリュー発見やセールスコピーライティングで使えるもの。

自分でピンと来ないとか、いい商品だとは思えないとか、良い文章とは思えないとかって時、これは私見ですが、書き手の主張がないんですよね。主張が見えないから、「どこかで聞いた話だな」となる。

クラスメイトに話したら「うんうん、そうだよね」と大多数が頷く話に価値などない。自分だけが語れる、自分だけが経験上語れること、人に話したら顔をしかめそうな経験にこそ、人は貢献やつながりを感じるんだと思います、

ビート・ザ・コントロールでいきましょう。

小野貴正

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