やらない言い訳は2016年に置き去りにし、自分との約束を守り続ける2017年を迎えよう。

現在、押上のスカイツリー近辺にいます。

妻の親族が明日タイとシンガポールに帰るということで、妻と長男次男と一緒に昨晩はスカイツリー前のホテルに泊まりました。

妻の従姉はこの部屋に満足したようで、おかげで本日はホテルを移動する必要がなく、個人的にはホッとしましたし、妻も喜んでいるので割と今日は落ち着いて過ごせるような気がします。

やっぱりできるだけ、日本を楽しんでもらいたいなぁ、と思いますので、愛憎入り交じるというか、そんな感じの心境です。

押上に泊まったことは、個人的には幸運でして、なぜなら昨日の木坂さんセミナーは両国でしたから近いですし、食いトレ部の活動も虎ノ門でしたから、新橋経由で押上までは20分程度だったからです。

活動する場所と寝る場所が近いことは気持ちにゆとりができるという意味でも、2016年にたくさん経験したことのなかでおすすめできることです。

かつて片道1時間とか2時間を使っていたことを思い出すと、だからこそ近い方がいいとわかるわけですが。

経験に余計なものは何もない。まさに、ですね。

さて、昨日の食いトレ部活動は以前島田さんたちと行った虎ノ門の料亭へ。

ケンタロウ部長が言うに、「ジビエスペシャルと命名しました」とのこと。年末にそんなエネルギーチャージできるようなものを食べるなんて、これまでになかったなぁ、と個人的には冬の寒さも相まってしみじみしておりました。

たぶんですが酒粕を使った大根の料理と、白子を食べた時は、まさに言葉にならないという表現がフィットするほどの美味しさでして、

熊も初めて食べましたが、思いのほかスーッととけるようで美味しい。

キノコや里芋(たぶん)が盛りだくさんに煮込まれたなかに、店主に言われるまま山椒をかけると、不思議と一層美味しくなる。

店主も言っていたように思いますが、山のモノ同士で相性が良いというか、味を引き立たせ合うというか、

そういうコミュニケーションを感じました。互いに、引き出し合う。

熊鍋のスープでつくったおかゆを食べている時、どこかの国だったかな、そこでは魚を食べないという話題を木坂さんと店主がしていたのですが、

「うまくないから食べないんだと思いますよ」

という店主の一言がふと耳に入りました(実はこの言葉程度しか昨日は聴き取れておりません・・・)。

これは的を射ているなぁ、と感じた次第でして、確かにうまければ食べるよね、とはスッと腑に落ちる。

商品やサービスだって同じでして、うまかったら食べる、よかったら手にされるのだと思います。

セールスライティングとかマーケティングとかを学ぶと「まず売れ」のような感じで、商品やサービスの特徴やベネフィットなしに売ろうとする気持ちになってしまうこともあると思いますが、

そもそもとして、その商品やサービスが手にされるもの、誰かの悩みを解決するもの、誰をうれしくするものではない限り、

どんなにセールスライティングやマーケティングを学んでも、それらが売れることはないと思います。

というか、売ってはいけないものですよね、これらは。そもそもの市場がない、ということなのですから。

この点島田さんが、この商品やサービスに100万円を支払うほどの熱狂的なお客さんが一人でもいますか、と聞いてこられるのはなるほどな、と思います。

ビル・ゲイツに呼ばれて食事をつくるとか、川端康成にチップをもらって生活をしていた若かりし頃とか、そういうことを口に出すわけではないんですけど(あ、でも昨日はおかゆを出す前に、これは自分で言うのも何ですがなかなかですよ、という感じで話しておりまして、エラく好感持てました)、

なんというか、経験が醸し出すスケール感というか、そういうものを漂わせている店主の一言は、それ自体が証拠になっているというか社会的証明になっているというか、そんな圧倒感さえありました。

2016年を振り返ると、島田さんとのス・ミズーラ受注会に木坂さんのマスタークラス参加、そして食いトレ部参加でジビエスペシャルでの食べ納めなどなど、

License to beatをはじめたこと以外にも、うーん、生活そのものが自分自身にエラく潤いを与えてくれるようになってきた感があります。

かと言って写経とかブログとかビジュアライズとか、3年前からやり続けていることはそのままにしておりまして、僕のお腹の中では今でも、

誰よりも貪欲に、誰よりも量をこなす

誰もができることを、誰もがやらないレベルでやる

これらを大切にしています。

今一番大切なことを、一番大切にする

もそうですね。

僕はその人が発する言葉と行動をほかの人は、無意識に感じ取っていると思っています。

たとえばなぜ、ブログの読者が増えないのだろう・・・自分の商品やサービス、オファーに申し込みがないのだろう・・・ということにふと気づいたなら、

自分自身の言葉と行動を、振り返ってみるといいと思います。

なぜ、僕を「ストイックですよね」と言ってくれる人がいるのかというと、僕の言葉と行動が一致していることを見てとっているからだと考えています。

「お金が十分にないので・・・」と言って自己投資をためらう人がタバコを1日2箱も3箱も吸っていたり、休みの日のパチンコをやり続けたり・・・

「やりきります!」と言っている人が毎日お酒を飲んだら眠ってしまったり、一日10時間は寝ないとダメなんです、と言っていたり・・・

「私はこういう人なんです」と決めつけてしまい、変化したいと言っておきながら変化を拒み続けていたり・・・

それが「今一番大切なこと」であればいいのですが、そうでないならば、それらを一度断つこと無しに、その人の言葉を信じる人は出てこないもの。

木坂さんがいうところの「読まれる人になる」「選ばれしリーダーになる」ことなしに、独立して事業を興すなどできるはずがない。

僕自身の2016年を振り返りつつ、2017年は別のステージに行くことを決意し、

僕自身に緩みがないかどうかを確認するために今日の記事を書きました。

自分自身へのやらない言い訳は2016年に置き去りにして、

自分との約束を守り続ける2017年を、迎えよう。

2016年、お世話になりました。

2017年もまた、ビート・ザ・コントロールを志向する皆さんにとって最高に変化を促す年であることを祈念して。

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なぜ筋トレをするのか?プランナーだからだよ。

タイトルは昨日の賢者舎後懇親会で、今井先生が話した言葉。

その意図するところは汲み取れるようで汲み取れないような感じですが、それでもその筋トレを33歳からやり続けているそうですから、もう20年程度。意図は言葉にできずとも、やっていることの凄みは感じられます。

その行動が単純であればあるほど、しかし実際の生活には不要であればあるほど、それをやり続ける凄みというのを、人は感じるんじゃないかなぁ。

「なんかアイツはオーラが違う」

なんて言葉を聞く時、たぶんその「アイツ」から発せられるのは「誰もができることを誰もがやらないレベルでやる」凄みを感じているから、というのが一つあるのかな、と思っていて、

昨日License to beatの3クラスをフル受講している女性と話していた時も、そんなことを聞かれたのでそうだと思います、と。

結局のところ、コレは本当に極論ですが、うまくいく人とそうでない人の違いは、「やり続けられるかどうか」、これだけと言ってもいいんじゃないかな、と僕は考えています。

もちろん、そのやり続けられるということには前提条件があって、「誰もができることを誰もがやらないレベルでやる」、コレが大事。というか、コレなしでは難しい。

一目置かれるといいますが、一目置かれるには相応の理由があります。

誰よりも速く走る。誰よりも営業成績がいい。誰よりも納税額が多い。

言うなれば、一番であることがその条件の一つかな、と。一番こそが唯一無二の存在。

ただ存在しているだけで唯一無二の存在だなんて、僕にとっては長男次男や妻に家族、知人や友人に対してはそう言えるけれども、すべての人がそうだとは、思っていたとしても言えない。

だから、誰もができることを誰もがやらないレベルでやるというのは、僕にとってはとても大事な判断基準でもあります。

そういうふうに他者から言われるようになった時、本人の自覚はともかく、ある意味一番の存在になっている。

何でも経験することは大事だと考えていますし、僕自身そういう行動をするようにしています。

しかし同時に、誰もができることを誰もがやらないレベルでやり続けること。

「何者かになる」ためには、コレも必要。

筋トレだけじゃなく、毎日20キロ走る生活を続ける今井先生は、「なぜ毎日20キロ走るのですか?」と聞くと、「仕事のためだよ」とサラッと言う。

プライベートとか仕事とかを区別することなく、人生そのものを磨き続けていく。

そういう生き様が、「背中で語る男」をつくるんだと思います。

背中で、語りましょう。

P.S.
パーソナルトレーニングの成果か、僕は全身が筋肉痛で背中が丸まり気味ですが・・・あ今井先生も、ふんどしマンをご存じだったとは驚き。しかも、ふんどしマンに筋トレの方法を教えてもらったことあるらしいですよ。

P.P.S.
写真は昨年の賢者舎で、聴こえにくい僕に手渡してくれたレジュメ。背中で語る男は、やさしい。

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