コーヒーハンター。

昨日は呉市に行ってきました。書き起こし文のお礼ランチ会@広島を開催するためです。

広島のお店のことは存じ上げていなかったので、どこかいいお店はありますかとピックアップしてもらいまして、その中でも「コーヒーに合うカレーを出すそうですよ」という松村さんのホットなメッセージに “コーヒーハンター。” の続きを読む

身体。

より良く生きるにはパフォーマンスを上げなければと思っていた時に、木坂さんからパフォーマンスアップセミナーの案内が届き、参加。そして鈴木さんからはオウンドメディア記事の相談をキッカケに、ファンクショナルトレーニングを受けるようになりました。

昨日で3回目・・・4回目かな、トレーニングというか施術というか、そういう機会を貰ったのですが、来るたびに自分の身体が正しい位置に戻っていく感を覚えますし、実際に頭の置き所を変えてもらってからは立っていることや座っていることがラクになりましたし、胸を開いて背中が伸びた結果、より身体が大きく見えるようにもなりました。実際、視点が高くなっているので、これまでよりも鳥瞰できるというか、そんな感覚もあります。

ベネフィットとしてのわかりやすさがある、ということなのですが、僕が鈴木さんの話をトレーニング中に受けていて感じるのは、その的確で精確な言葉です。

「おしりのこの辺りが上に行く感じがありますよね・・・」

などと説明してくれるのですが、これが箇所まで含めて精確。これまでお医者さんとかにも似たような解説をされることがありましたが、見事におおよその説明であることが多く、鈴木さんから受けたような精確さはなかなかない。

昨日は栄養学か生理学かそういうものを学びに行くというので、一緒になんばまで電車で移動。

その電車で、姿勢とか身体の動かし方はよくなりますかね、のような話をしていたところ、「僕も5年6年前は姿勢が良くはありませんでした」と来たので、「では、自力でやったんですか」と聞くと、「そうです」と。

「だから、自分の身体を使ってやっているから、どうすればいいのか、どうなるのかがわかるんです」

自分の身体の姿勢や動かし方がおかしいのに、人に伝えられるはずがない。

こういう言葉が出るあたり、通いたくなる理由でもあります。

ふとさきほどこれを書いていてつながってきたのですが、僕がコピーを書く時に大切にしていることは「自分の身体を使うこと」です。

本やインターネットで文字情報とか映像情報を見て、わかった気になっている人が多い、というよりもそういう人がほとんどだと思いますが、自分の身体を使っていないのにわかるはずがないだろう・・・そんなふうに思います。

僕がセールスライティングを学びはじめた時より、今は学ぶ方法や場が多いですし、なんだかオウンドメディアの記事ライティング市場が低単価になって廃れていくかのような感覚(私見です)を、セールスライティングを学ぶ市場でもうかがえる感があります。

たぶんそれは、小手先の技術を学んでいるにすぎないからだと思うわけですが(これも僕の目から見た私見です。先行きが見えているというか)・・・流行を追いかけるようなものですね、そうはいってもそれに惹きつけられてしまうのもまた人なんですけど・・・。

身体を使う。これを意識してほしいと願いつつ、自分自身も一層身体を使っていきますよ、ということで。

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「なぜそれをやるのか?」は経験から生まれる。

コンドミニアムそばのスターバックスに来ています。

オフィスビルの1階に位置するこのスターバックスは平日こそ賑わいますが、土日は人もまばらで割と静か。

それでいて音声に寛容なタイだからか、店内でスカイプや電話で通話していても誰も僕を振り返らないし、皆思い思いに音声を楽しんでいます。

このへん、先ほどまでスカイプで打ち合わせをしていた日比野さんに伝えたのですが、文化の違いというか、電車のなかでの携帯電話の通話をマナー上おやめくださいという日本と、電車のなかでも携帯電話の通話をオーケーとするタイと、常に僕は二律背反のようなものを経験しているんですよね、だからいわゆる普通の感じ方や考え方とはちょっとずれているのだと思います、こんな感じに。

日本の文化はいいなと思うし、携帯の利便性を考えたら電車のなかで通話がしにくいってどうなのだろうと思うゆえ、タイの文化もいいなと思う。

両方よしでいいんじゃない、っていうのが僕のスタンスだったりします。

大体において、「こうでなければならない」ということは思い込みだったりしますから。

日本の電車しか経験していないと、電車のなかでは通話はやめておこうとなる人がほとんどだと思いますし、タイの電車しか経験していないと、電車のなかでは通話もオーケーとなる人がほとんどだと思います。

「なぜ、電車のなかで通話をしないのですか?」「なぜ、電車のなかで通話をするのですか?」

この「なぜ」に対する回答は、日本とタイとでは異なるでしょうし、なぜならそこで経験してこそ、この回答ができるはずだから(伝聞推定もありますね)。

経験してこそ、「なぜ」が生まれる。

僕は事業とかビジネスはもちろん、何かをはじめようとする時に必要なことを一つだけあげるとしたら、「なぜ」なんじゃないかな、と考えています。

「なぜ、ダイエットするのですか?」

「なぜ、タイと日本を行ったり来たりするのですか?」

「なぜ、会社員をやめて独立起業したいのですか?」

この時たぶん、伝聞推定で誰かが言っていたことを口にしてもそれをやり続ける原動力にはならなくて、自分自身が経験したことのみが原動力になる。

だからこそ、経験が必要なんだと思います、何かをはじめるには、身体性を伴った経験が。その「なぜ」に回答するには。

ビーコンのブログに登場する後藤さんだって日比野さんだって、何らかの経験があるからこそ今の選択をしているのであって、その行動には「なぜ」がある。

続けられるひととそうでないひとの違いのひとつは、「なぜ」があるかどうか。

僕はそういうふうに考えています。

「なぜ」今それをしているのか?「なぜ」セールスライティングを学ぶのか?「なぜ」独立したいのか?

もしなぜに対する回答が出てこない場合、自分の経験を幼いころから振り返ってみることが、そのヒントになるのかもしれませんね。

僕が毎日街に出るとゴミ拾いをする理由が、幼いころの行動に隠されていたように。

本当にやりたいことであれば、それは決して思いつきではなく、自分のなかに理由が隠されているはずですから。

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バンコクのホーム感(世界の至る所で、この感覚を)。

昨晩、タイのバンコクに戻ってきました。

エア・インディア機がバンコクのスワンナプーム空港に着陸したのは、確かタイ時間で19時30分ころ。日本時間の21時30分ですね。

ケイコさんからデリー離陸前に届いていたメルマガを送信しようと、あ、その前にワイルドサイド部の島田部長から、

「小野さん、LINEのプッシュ通知は僕もオフにしていますが、城ドラだけはオンですよ!」

と言われていたので、搭乗口そばにあったトイレでそれを思い出したこともあり、城ドラにログイン。

島田さんが将棋のようなところもあると話していましたが、あれは確かに奥が深いなぁ、と思いました。キャラクターによって向き不向きもありますし、相性のいい同士そうではない同士もある。

攻撃的なキャラクターばかり集めても、背後に回られたら城が攻撃されてしまうとか、空中戦に強いキャラクターを集めても、地対空攻撃に強いキャラクターが相手にいると空中戦も何もなくなってしまうとか。

自分の攻め方、守り方をキャラクターの特長に合わせて構築していき、相手の出方を読んで奥の手も用意しておく。

個人的にはセールスライティングに活かせそうなので、License to beatのセールスライティングクラスに参加する方々にはぜひ参入してもらおうかなぁ、と考えています。

自分という器クラスとビーコンコーチング、タレント化プログラムの参加者にも、ですね。

なぜなら、選ぶキャラクターや戦い方、城レベルの上げ方に、その人の性格が出るからです。

性格はその人の生まれや育ちに関係するんじゃないかな、と思うので、ルーツが見て取れるんじゃないか、というのがその理由。これは推測というか私見ですが。

トイレで城ドラをプレイし、そうですね、20分程度はやったかな、スッカリ人がまばらになった搭乗口付近を歩いてイミグレーションへと向かい、ほとんど人のいない入国審査を経て、スターバックスへ。

意に反してエラく混んでいたのでエアポートリンクの駅そばでメルマガを送ろうと移動。

フットマッサージをやりながら送ろうとしたのですが、良い座り心地の椅子ではなかったので、

そばにあったベンチでメルマガ送信作業を行いました。

終了後、マッサマンカレーを食べつつ、ああ、タイに帰ってきたのにカレーが追いかけてくると笑い、ちなみに今朝はカオソイというカレーヌードルを食べたのですが、やっぱりカレーが好きなんだなぁ、とルーツを再確認する次第(母が言うに、僕がお腹にいた時、美容師の母は忙しくても食べられるよう、いつもカレーを用意していたそうです)。

その後は城ドラをプレイしながらエアポートリンクでパヤータイ駅へ行き、BTSに乗り換えてチョンノンシー駅へ。

22時30分ころにコンドミニアムへと到着し、長男次男にインドのオートリクシャーとタクシーのおもちゃをおみやげとして渡し、妻にはアッサムティーやサンダルソープなどを渡しました。

ちなみに今妻が車の修理費請求書を持ってきまして、インドで聞いた時よりも10万円近く高い請求書になっており、

ああ、家に帰ってきたなぁ、と。

インドのデリー到着当初はどうやってホテルに向かえばいいのかわからず、あたりを窺いながらの移動となりましたが、

同じような雰囲気のバンコクではそうではなく、城ドラをやりながらでも移動することができる。

なんというか、バンコクのホーム感にホッとしつつ、こういうホーム感を世界の至る所でも感じられるようになりたいんだよな、と再確認できたこともまた、インドに行ってよかったと思ったことの一つだなぁ、と感じています。

身体性を伴った経験以上に、自分の生きる方向性を感じられるものも、そこにホーム感を感じられるものも、なかなかないと思いますので。

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「一番お世話になっている人たちを大事にせず、成功できるはずがない」言葉と行動。無意識は感じるもの。

先日のLicense to beat自分という器クラスで、セルフイメージ先生と呼ぶ小坂さんに話をしてもらった時、

「一番お世話になっている人たちを大事にせず、成功できるはずがない」

というような言葉とともに、ご両親と旅行に行ったり、世界2位のインセンティブツアーでお父さんをメキシコに招待したり、と言ったエピソードを話していました。

現在両親と一緒に父方の田舎である高知に来ており、先ほどお墓参りに行ってきたのですが、お墓から見える景色を眺めながら思い出したのが、その小坂さんの言葉。

人それぞれだと思いながらも、2015年に両親の実家へお墓参りをし、妻の両親の実家へお墓参りをした結果感じるのは、

心がスーッと軽くなる、ということです。不思議なんですけどね。

自己啓発の本でお馴染みのことといえば、「まず与えなさい」的な話だと思いますが、まず与えるべきはお世話になった人たち、両親や先祖たちなんじゃないかなぁ、と思ったりします。

これ、こういう風に感じるようになったのはここ1年程度のことなので、語るに足らないとは思いますが。

それでも、両親のお墓参りをすると両親が喜びますから、自分自身のことはさておき、これはいいことなんだろうな、というのは感じます。

言葉だけで両親や先祖を大事にするようなものだとどうかなと思いますが、お墓参りに行くとか旅行にいくとか、そういう行動を伴うものであれば、どんなことであってもいいことなんじゃないか、と。

身体性が大事だと感じるのは、こういうこともそうです。

その人の言葉だけを見るのではなく、行動と結果を見る。

同じように僕らも行動と結果が見られているわけですから、これからはますます、リアリティのある言葉を届けられるかが大事になると考えています。

実際にいる場所や行った場所の写真や動画、実際に見ている風景や会っている人との写真や動画もまた、しかり。

小坂さんが紹介してくれたとおり、人が一日思考する6万回のうち95%か98%は無意識で行っているということは、僕らの無意識もまた、ある人の発言や掲載する映像を感じ取っているかもしれません。

胡散臭さを感じるというのは、そこに行動と結果が伴っていない時が多いもの。身体性がないから、具体的な動詞と名詞で表現することができない。

これは私見ですが、なんか軽いな、とか、モヤモヤすると感じる文章は、形容詞や副詞などによる修飾表現が多いもの。よかったらチェックしてみてください。

ライティングを担う僕らにとって、お盆の時期は外に飛び出すいい機会です。

身体性を伴う経験をし、それを言葉にするトレーニングをしましょう。

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誰と一緒にパークハイアットに行くか?

今日はパスポートの増補版を受取りに、橋本駅へ。

インドに行くためには空白のページが2ページ以上必要ということで、パスポートをチェックすると1ページの空白。
ビザを貼ったらイミグレーションでスタンプが押せないではないか、と一人納得し、増補をしてきた次第です。

現在、市町村合併をした結果、実家のある場所は相模原市になるのですが、政令指定都市だからですかね、パスポートを作りに厚木に出る必要が無いというのは、とてもうれしい。

実際今回の増補タイミングは、明日から出雲大社に行って9月末まで平日に帰ってこないことを考えると、これ以上ないタイミングだったので(というか、今日受け取れなかったらインドに行けなかったかもなんですよね。タイで増補をする方法もあるので、それはそれで大丈夫なんですが)。

現在、増補されたパスポートを手にとっているのですが、40ページが追加された割にはそんなに分厚くなく、前の状態と変わらない感じです。

いずれにせよ、インド行きに必要な3種のツール、「パスポート」「ビザ」「航空券」のうち、パスポートはクリア。あとはビザと航空券ですが、これらはインターネットでなんとかなりそうなので、出雲大社で手配しようかと。

さて、誰と一緒にパークハイアットに行くか。

先日のLicense to beat自分という器クラスの講座と懇親会終了後、一部のメンバーと小坂さんでパークハイアットへ行くことに。

なんでも世界一のサービスを目指すタクシードライバーに、そういうサービスを経験してもらうことが目的だとか。

そうなると動きが早い、というか反射的な反応を示すのが小坂さんで、ドレスコードに引っかかるからと一度皆をマンションに連れて行ってズボンを貸す。そしてベランダから新宿中央公園を眺め、その先にあるパークハイアットへと向かう。

向かう先はニューヨーク・バー。

ブランチの時間にニューヨーク・グリルには、小坂さんや長谷川さんと来たことがありましたが、ニューヨーク・バーは初めて。

厳密にはグリルもバーも場所は同じでして、夜になるとバー仕様としての空間が登場する、という感じでしょうか。

ピアノのサックス、ベース、そしてヴォーカルの生演奏を聞きながら、各々がビールやウイスキー、カクテルを飲む。

その空間から奏でられるジャズに浸っていたのか、高い天井と壁に飾られた絵画に目を奪われていたのか、それともメニュー用の価格に圧倒されていたのか。

しかし確かに、「富士山麓30年」の価格が1杯35,000円というのは、なかなか見ないなぁ、と。

僕はお酒が飲めないせいか、日本においては飲みに行くことはそうないですし、バーに行くことも基本的にはありません。

海外に出ると付き合いとかそういうのもありますが、個人的な使命感から先頭を走ることもございまして、これまで見たなかで「ほぅ」とうなったお酒の価格は、1本20万円だったか、100万円だったかのボトルです。

シャンパンかシングルモルト、ブランデーだったと思いますが、お酒の世界は芸術だよな、と思った記憶があります。

そんな経験はあったものの、1杯35,000円というのはエライ数字だな、と感じました。

ビビったらいけ、という意味では、お坂が飲めるなら富士山麓30年を飲まないとなぁ、とその時は思ったものです。

1杯飲んで外に出た時、あれ、パークハイアットに入る時だったかな、

「たぶんですけど、僕と一緒にパークハイアットに行ってもそんなに変わらないと思うんですよね。小坂さんと一緒だから、変化があるのだと思いますよ」

こんなことを言ったら、頷いていたメンバーもいて、この感覚が伝わってよかったなぁ、と。

普段からパークハイアットのニューヨーク・バーに行く小坂さんと一緒だから、この間のサービス体感セッションは意味があるんだと僕は考えています。

身体性を伴った経験は、雄弁に語る。

その人の行動や結果を見る。コレ、大事なんですよね。

参加したメンバーにはパークハイアットの件で、小坂さんがセルフイメージ先生たる理由が伝わっていれば、何よりです。

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それは主張なのか?(自分という器クラス第三回)

昨日はLicense to beatの自分という器クラス第三回講座。

1年間を通したテーマとして、「どう生きたいのか」を認識し、それを言語化し、他者理解を得るようになる、というものがあるんだけれども、

出てくるものは主張になっていないなぁ、と僕自身感じるし、主張の定義からすると参加者それぞれも主張になっていないな、と理解してくれたと思います。

主張といえば島田さんや木坂さんということで、木坂さんのいう鉄板の公式は「○○だと思っていたが、実はxxだった(と思います)」であり、島田さんはピーター・ティールの「隠された真実」から「あなたが信じる、賛成する人のほとんどいない重要な真実は何ですか?」を紹介してくれています。

さらに主張という言葉を辞書で引いてみると、

「自分の意見や持論を他に認めさせようとして、強く言い張ること。また、その意見や持論。」

とgoo辞書にありますから、そもそも人が聞いて「そうだよね、それはもっともだよね」というものは主張にならない。

例えば、「会社は社員を大事に扱うべきだ」とかね。その実際のところはともかく、この「主張」を聞いても「いや、違うよ」とか「え!ホントにそう思うの?」と言う人は多くはないと思います。

だから、多くの人がそうだよね、そのとおりだよね、というものは主張にはならない。なぜなら、「認めさせる必要が無いから」です。

そこで今日新宿の紀伊國屋書店でみつけたのが、このポスター。堀江さん本のタイトルですね。

『99%の会社はいら…(たぶん、99%の会社はいらない、です)』

コレ見て、思わず立ち止まりました。これは主張だよな、と。

これは個人的な考えですが、主張というのは多くの人にとって(すべてはないと思いますが)、「ギョッ」とするものが多いんじゃないかな、と思う。

しかしそれなら、言葉ではなんとでも言えるわけでして、例えば堀江さんが『99%の会社はいらない』と「主張」するなら、その裏付けを人は感じ取るもの。

たぶんですが、堀江さんがこう言うと主張だと感じますが、オバマ大統領がこういってもギョッとはするけど「本当かな?」となる。

なぜなら、雇用を増やそうとしていることが一般的には知られているからです(裏を取っていないので、私見ということで)。

だから、主張というのは

*自分の意見や持論を他に認めさせようとして、強く言い張ること。また、その意見や持論

であり、

*多くの場合、それを聞いた第三者がギョッとするもの

であり、

*主張する言葉に根拠があるもの(身体性を伴うもの)

こんな感じかなぁ、と。だからこそ、

*○○だと思っていたが、実はxxだった。
*あなたが信じる、賛成する人のほとんどいない重要な真実は何ですか?

という公式や質問から導き出される。

多くの人が話すことは主張になっていないと(いうようなことを)木坂さんから聞きましたが、僕の認識では、人の目を気にするあまり、よく思われたいとか反感を買いたくないとか、そういう欲求が自分の主張から自分を遠ざけているんじゃないかな、と思うこともあります。

何者かになるためには、自分自身を知る必要がある。自分自身を知らないなら、自分が何者であるかを人に伝えることはできませんし、どんな価値を誰に提供できるのかもわからないんじゃないかと思う。

だからこそ自分の主張を書き出すというのは、とても大事なことだと僕は考えています。

まだ第三回。鳥取行ったり、大阪行ったり、アンコール・ワットに行ったりして、自分の器を広げ、深めていきましょう。

あなたの主張は、なんですか?それは人がギョッとするものですか?そしてその主張には、身体性を伴っていますか?

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