予告。グレートジャーニーシーズン2のファイナル。

博多に戻ってきました。

グレートジャーニーシーズン2の南方ルート編は、『魏志倭人伝』から辿る邪馬台国への道をテーマに、1泊2日の行程を終了。

なぜ、地理的な南方ルートの移動ではなく、「魏志倭人伝』と邪馬台国をテーマにしたのかと言うと、日本人の精神的、文化的なルーツに焦点を当ててみたからです。

日本神話においても、邪馬台国の卑弥呼にしても、現在の日本におけるお祭りにしても、「祭祀」という点で共通する文化風習(?)があるように感じています。

一説によると、日本は古来から地震や火山が多く、それらを鎮めるためにこそ祭祀があったと。天岩戸隠れという神話において、太陽神的な存在である天照大神が洞窟に引っ込んでしまったら世界は暗くなってしまったと。そこで八百万の神々は、いかにして天照大神を外に引っ張り出すかを議論して実行します。

そしてついに天照大神が外に顔を出した時というのは、賑やかなお祭り事を行なっていた時でした。

現在の日本に残るお祭りというのは、古来より行われてきたものと意味合いは同じだと僕は感じておりまして、しかし何のために行われてきたのかを知ることは、ないんじゃないかとも感じています。

今回のグレートジャーニーで実際に訪れた場所でいうと、志賀島の志賀海神社や宗像の宗像大社、小倉南区の綿都見神社で行われている祭祀に、お祭りとして参加することはあっても、その祭祀がなぜ今でも行われているのかというところまでは、知ることがない。

実は、日本人ではない民族の繁栄を祈願するお祭りだとしたら?また、僕たちが普段話す言葉というのは、実は他の言語で別の意味に置き換えられることができるとしたら?

オリジナルを辿ることが大切。あらためて、そう感じています。

習慣だからとか、日本人だからとか、なんとなくやってきたことをそのままにせず、そもそもなぜ僕たちは日本人ぽいよねと言われる習慣をやり続けているのか。

父方で預かる八幡宮は、なぜ44,000社もあるのか。なぜ、神仏習合を導入したのか。なぜ、宇佐神宮が全国八幡宮の総本山なのか。

疑問に感じられることはまだまだありそうです。疑問を感じてなぜと問いかけたら、あとは調べるだけ。

グレートジャーニーシーズン2のファイナルでは、倭姫命の御巡幸をテーマに、その道を辿るということを考えています。

日本人ならではの文化として、僕たちが知っていることの背後に、別の民族、言語の正体があること。

今回のグレートジャーニーで感じてもらったことをさらに深化し、永遠の祭事が行なわれている五十鈴川の地まで、巡ってこようと思います。

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