ゆとり。

連日ライティングしています。

寝ても覚めてもライティングということで、どこからどこまでが日課でどこからどこまでがライティングなのかがわからないほど、呼吸するかのようにライティングする自分に失笑しています。

ゆとりは、大切だと感じるこの頃です。

ゆとり、余裕といえば、判断を減らすこともまた、時間的なゆとりをもたらしますから、気持ちの上でも余裕が出る。

ウイスキーのCMで、「何も足さない。何も引かない」というサントリーですよね、こういうものがありましたが、ゆとりというのはこれに近いものなんじゃないかとも思います。

スキルを磨こうとする場合、これもアレもといろいろとやってしまいたくなるものですし、それはそれで自分の世界を広げる意味合いもあるのでしょうが、

増やせば増やすほどに脳とか気持ちが窮屈な感じを覚えてしまって、投げ出したくなったり、イライラしてしまうこともあるでしょう。

いつか報われる時が来るだろうとサンクコストからやり続けたとしても、成果を出すためには、自分にとって善く生きるためには、たぶん正しいやり方というものはある。

自分自身を何も足さない、何も引かないと言ってしまうと、そのままの自分でいいんですよ、というよく聞くようなフレーズを思い出すこともありますが、

そのままの自分でいいということはなくて、自分に与えられた力をどこまでも伸ばしていく必要はある。

そういうふうに僕は考えています。

他の人にはなりえないのだから、自分自身になる必要がある。じゃあ自分自身てなんだ?というと・・・永遠のテーマなんじゃないかと思います。

いろいろなことを体験して、経験を重ねて深めていくことが大切なんじゃないかなぁ・・・。

自分という器クラスや不定期イベント、グレートジャーニーでやっていることもそうですし、関わっているプロジェクトも実は、いろいろなことを体験して自分自身を成長させていく空間なんだと考えています。

自分の心の動きを確認するためにこそ、移動したり人と話したり、これまでにない体験をすることで、身体を脳に作用させる。

ちなみに僕の場合、これまでにない体験としてガツンとインパクトをもたらしたのは、トルコの中学生たちから学んだ日本の歴史でした。

日本の歴史と一言でいっても、様々な真実が隠されている。

コレもまた、何も足さない、何も引かないと考えると、奥が深いな、ということで。

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