2010年6月24日。

ひとりごと
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この日、妻から生まれるかもと聞いた僕は外出先から航空券を電話して購入し、翌日の夕方便でタイに向かったことを覚えている(たしか、翌日便だったと思う)。

初めての子どもが生まれたと聞いたその飛行機の中。ついに僕の父親か〜というようなことを考えていたわけではなく、ただ妻と生まれた長男が無事であればいいなという気持ちと、なんとなくボヤッとした不安みたいなものがあった。

確かに空港からバンパコック3病院に向かうタクシーのなかで、そしてタクシーを降りて歩いて病院に入る途中、

「本当にオレの子どもなのだろうか、、、」

と(不謹慎にも)考えていたことは妻に内緒なのだけれど、コレは不安の根源ではなかった。

僕もタイで妻と長男と一緒に生活していけるのかどうか。会社は大きくなりつつあるとはいえ、先のことはわからないから、その漠然とした先行きに対する不安は確かにあったと思う。

何しろ、初めての子どもだし、刹那的な生き方をする妻が居て、これまでも急な出費が多かったから。

しかし生まれた長男にはエライ元気に育って欲しいし、そのためにはお金を稼いで時間の自由を獲得せねばと改めて自分につぶやいた。

漠然としていた不安。それは、僕がかねてから自分に約束していた「お金を理由に子どもの選択肢を諦めない」を実践するステージに来たからこその不安だったのかもしれない。

病室に入り、妻の元気な様子を確認すると、長男に目を移した。先ほどまで(不謹慎にも)オレの息子だろうか、と考えていたものは、長男に触れた瞬間にどこかへ消えてしまった。触れた瞬間に、目がうるんだ。オレの息子だ、と感じた。

妻もなにか察したみたいで、泣いて喜んでいた(涙もろいのです、妻も僕も)。

あれから5年。

妻は変わらず刹那的な生き方をするものの、『バビロンの大富豪』を読み、長男が来年入学する小学校での生活を見据え、ライフスタイルを変えようと模索中。

そして長男は元気に大きくなり、しかしやはり妻に似て面倒くさがりなところはある。しかし、次男に対する優しさとか愛情とか、次男の気持ちを代弁して僕に教えてくれるところとか、まぁ立派に育っているな、と感じている。妻がそうなので、ホントに子どもは親に似るんだな、と。

1年間に7日程度しか合わなかった時、特に長男が3歳から4歳の時期は僕を見る目が「お父さんという名の知らないおじさん」だったけれど、

この半年は90日程度一緒に生活しているせいか、一緒にキャッチボールをしたり、ボールをバットみたいなもので打ったりということを楽しむようになり、ちゃんと面と向かって僕を「ポー」と呼び、僕の妙なタイ語を聞き取ろうと努め、自分の考えを僕に伝えようと努力してくれている。

僕がセールスライティングを身につける過程は次男の誕生がそっくりそのまま当てはまる一方で、長男が小学校に入るまでに「お金を理由に子どもの選択肢を諦めない」と僕は決めていたから、あの時あの選択をしてよかったと本当に思う。

もしあと1年遅れていたら、いやもし1ヶ月、1週間、1日遅れていたら、今日と同じ日が来ることはなかったかもしれない。

多分誰の目の前にもチャンスは転がっていて、あとはそれをチャンスと知るかどうか。偶然をシンクロニシティと感じ、素直に従う勇気があるかどうか。

そしてあとは、ただやり続けるだけ。

ビート・ザ・コントロールを志す方に、ぜひこれを伝えたいと思いました。

P.S.
2年前と1年前に書きだしたコア・バリューとマスタープラン通り、2015年は長男次男の誕生日を一緒に過ごすことができました。9月は妻の誕生日なので、9月もタイで過ごします。家族全員の誕生日を一緒に過ごす。これは僕にとってエライうれしいことなのです。

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コメント

  1. ミスターシンクロニシティ より:

    おめでとうございます!

  2. 土方 より:

    小野さん

    お楽しみ様です。

    御子息のお誕生日おめでとうございます。

    記事を読んで、息子との初対面の
    シーンを思い出しました。

    • ono takamasa より:

      土方さん

      お楽しみ様です!

      御子息のお誕生日おめでとうございます。

      ありがとうございます!

      記事を読んで、息子との初対面の
      シーンを思い出しました。

      人に歴史があり、
      その歴史はそれぞれなんだな、
      と思います。

      面白いな〜と感じました!

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