鞍馬温泉にて人力車とアイマスクを思い出し、そしてしまだしんすけべに、あとマーボーかな。

ビート・ザ・コントロール
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現在、鞍馬温泉にいます。

13年前か14年前に京都に来た時、車で何回か来ましたが、今回は財津さんが太宰府からやってくるということで、京都在住の日比野さんが温泉を手配してくれました。

コーチングの対面セッションが終わったあとの、温泉兼食事会という感じです。

久々の鞍馬温泉は変わらずの雰囲気でして、秘境感というかそれでいて気品があるというか、そんな佇まいに好感を持てるとともに、気が安らぐ空気感でもありました。

現在、帰りの送迎バス待ちでして、日比野さんによるとどうも叡山電鉄で出町柳まで行くことになりそうのこと。

あの山道を電車で走ることは初めての経験なので、個人的には高まっている次第です。

鞍馬温泉に来る前は東山に行っておりまして、なぜなら財津さんが京都に来た記憶が無いと言うので。

ではせっかくなのでということで、京都駅からとりあえず歩いて東山の清水寺へ。

中まで入ってしまうと日比野さんとの待ち合わせ時間に間に合わないということで、正門下まで歩いて紅葉の写真をとり、東山五条でタクシーに乗ろうと下山。

その途中、人力車とすれ違いましたが、どこかで見た顔だと思ったら、昨日乗った人力車の運転手さんでした。

それで、本題。

昨日は人力車に乗ったあと、あ、対面セッション後に初めての体験をした方がいいだろうということで人力車に乗ったわけですが、名古屋の小娘さんからアイマスクですかね、目にのせると温まってジューみたいなモノを手渡されまして、

え、これはなんですかというと、小野さんあまり寝ていなさそうなのでーとのこと。

うーん、そう言われれば確かに寝ていないというか、最近耳から入る音にイライラすることもあり、補聴器をつけることがシンドいなぁ、と思いだした次第。

知人からも身体が大切だよと言われ続けておりまして(妻からは言われないんですけどね・・・)、なんか立て続けにそう言われたら本当にこれは身体に気をつけなければならないのではないか、と思いながらホテルに戻り、Macを開いてみると、

そしたらしまだしんすけべから、コメントが来ているではありませんか。

そのコメント内容をストレートに受け取りながら、かつその深いメッセージと言うか、そういうものにうなりつつ、確かに疲れとかイライラとか、ムラムラはあるんだろうなと認識し、

その日は割とすぐに眠ることができました。

翌朝はマーボーが示唆に富むメッセージをくれておりまして、ファミコンの話にはじまりなんだこれはと展開に衝撃を覚えつつも、

スーっ、ハーっ、と深呼吸をするという意味でも、今日の対面セッションと鞍馬温泉はいい一日だったなと思う次第。

紅葉もキレイでしたから。

自分の発言していることとかやっていることとかの責任というか、そういうものに情熱を燃やしつつも、客観性とか冷静な目というか、

セールスコピーを書くかのような目で自分自身の真意を見つめるというか眺めるということもまた、大切だよなぁ、と思いまして、

あ、そろそろバスが来そうなので、このへんでー。

関係性というか、時間の共有というか、まぁもろもろいろいろ、感謝です。

ありがとうございます!

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コメント

  1. より:

    はっ。ブログタイトルに名前が!研究でも意外なもの同士を変な?関係性で結びつけると新たな発見があることままあります。「全体は部分のたんなる寄せ集めではなく, それ以上のものである」と言ったのはアリストテレスらしいです。システム科学では単なる部分的機能の足し合わせでは見えてこない性質を「創発特性」と言ったりします。会社、組織でも一人一人の能力以上の「何か」がありますよね。新しい「自分」を発見する瞬間もきっと「なんだこれは!」的な組み合わせが起きるときに違いないと思っていたりします。

    > 最近耳から入る音にイライラすることもあり、補聴器をつけることがシンドいなぁ

    私、補聴器つけたことないですが、これ、たぶん、少し理解を共有できます。スイスには日本ほど広告ないんです。街中でもテレビでも電車の中でも。道路標識なんかもほんと最低限の情報だけです。おそらくですが政府の政策で景観を守る、みたいな法律があるせいだと思うのですが。言語もみんなバラバラで満員トラム内でもイタリア語、フランス語、ドイツ語、英語、あと何言語だ?みたいななのいっぱいあって話している内容がわかりません。つまり、ぼーっとしてても脳に入って来る情報が少ないので、自分の思考を邪魔されないんです。これに慣れた状態で日本に戻ると、結構疲れます。何もしてないつもりでもじゃんじゃか情報が目から耳から入ってくるからです。だから本当に集中するときは耳栓して、視界に入る部分には自分の興味の対象を何も置かないようにしてます。机に本だとか論文だと携帯だとか。メール着信とかも全部オフです。だから仕事机の上には朝、からなずパソコン以外なにもない状態から始めます。(意識的に)何も見えない状態から始めるのが私の集中力を高めるのに大事なのです。仕事柄世界のどこにいてもパソコン一つあれば仕事ができる、というのも関係あると思いますが。確か小野君がメルマガで目標を達成するために環境を変える、みたいなこと書いてたと思いますが、まったく同意です。コメント控えるといいつつ、ついタイトルに長々反応してしまいました。

    • ono takamasa より:

      ありがとうございますー

      本筋とは異なるかもしれませんが、
      僕が日本よりも海外、

      というよりも日本語の通じないところを好むのは
      スイスの満員トラムと同じかなと思いました。

      僕はセールスコピーを書いていながら、
      言葉は大切だということに同意していながら、

      同時に言葉は大切ではない、
      と考えているんですよね。

      タイの妻と結婚したのは、
      「日本語ができないから」
      であることはひとつの事実なんですけど

      これ、時に人は理解できないらしいですが、
      僕にとっては大切なことなんですよね。

      コメントありがとうございますー

  2. より:

    多分僕も同じかもです。妻は日本語を含めて9ヶ国語喋れるんですがそれでも文化の違いがあるのでお互い相手の言いたいことを理解しよう、相手にわかってもらえるようにお互い頑張ろうと努力しあいます。これが日本人同士だと、こんなに言ってるのにどうしてわかってくれないの?あなたの考えてることがわからない(さようなら?!)、というような状況はままあると思いますが、このそもそもの意識ベクトルの違いと言いますか向き合い方の違い、つまり自分の経験、価値観の範囲内で相手を理解しようするのか、価値観を超えて相手を認めて受け入れるのか、は意思疎通する上でかなり大事なのではないかと個人的に思うところです。今インドのチームと共同研究してるのですがそこらへんだいぶ鍛えられる感はあります…

    • ono takamasa より:

      わかる気がします。

      僕の場合、妻とケンカしても結局のところ、
      言葉の細やかなニュアンスはなんともなぁと
      お互いにわかっているので、

      少し黙って一緒にごはん食べたら仲直りですから、

      お互い頑張ろうとしているのかはなんとも言えないのですが 笑

      インドのチーム、いいですね。

      自分の経験など常識でも何でもない、
      と気づいたのは海外の人との交流がキッカケなので、
      そんなことを思い出しつつ、インドの方々との研究が
      うまくいくといいですねー。

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