続、根がなければ、実はならない。

コア・バリュー
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僕自身もそうだったのですが、スキルにフォーカスが大事だと知ると、セールスライティングとかマーケティングとか、そういう「スキル」を獲得するために一生懸命になります。しかし、スキルそのものは「実」なのだとしてら、「根」にあたるものがあってこその「スキルにフォーカス」になるはず。

こう考えると、なぜセールスライター志望の方が、ライティングの勉強から離れていくのかもわかる気がします。「根」がないから、なんですよね。

コレ、うまい例えだな、と。茨城の母方の田舎は米農家でして、その伯父さんが言っていました。

「ウチは米作りにこだわっていて、通常ならこれだけ植えるところを、数を減らしているんだ。なぜなら、そのほうが風が吹いても飛ばされない、しっかりとした稲が育つからだ」

確かこんな感じ。植える稲株の本数は思い出せないのですが、コレって根を深く深く育つようにするため、とも言えるんじゃないかな、と。

「根」がしっかりするからこそ、「実」ができる。「実」が大きく美味しく育つわけです。

ライティングスキルとかそういう「実」を大きく美味しく育てるには、何が「根」になるのだろう?

昨日のブログではこんなふうに書き終えました。今日は続きですので、何が「根」になるのか?私見たっぷりですが書いてみようと思います。

「根」になるのは、なぜそれをする必要があるのか?という必然性そのものだと考えています。なぜセールスライティングスキルを身につける必要があるのか?なぜマーケティングを学ぶのか?なぜ美容や調理の技術を学ぶのか?

この「なぜ」というものは、たぶんですが人の数だけ存在すると考えています。なんとなくですが、容易に比べられるものではないんじゃないかな、と。

両親も違えば環境も違うわけですから、「根」が同じではないと思うんですよね。ちょっと前なら、一軒家を購入するとかタワーマンションを買うとか、フェラーリに乗るとか・・・う〜ん、、、いつの時代だろうってものもありますが、こうなっていれば世の中的にはいい生き方だよね、アイツは成功者だよねってものがあったんじゃないかな〜と。

しかし多様性の時代と言われるように、あ、多様性ってなんだろうとか、僕は思っちゃうほうですが、ひとりひとりが持っている「根」は大切にした方がいいよね、って思うわけで。同時に、社会的なルールとか規範とか、調和というのは大事だと思いますよ、と。

だからこそ、「なぜそれをやるのか?」という必然性を見出す必要があるんじゃないのかな?と。これが、価値観とかコア・バリューなんだと思います。「根」。

図らずも、コヴィー博士が「根がなければ、実はならない」という言葉を語っていたので、コレはわかりやすいと紹介した次第。

まずはスキルというか、技術というか、1,000万円を3秒で稼ぐ方法とか、寝ながら売れるセールスレターを書く方法とか、そういうものも掴むのもいいと思います。両極を見ろ、と言いますから、極を見ないと反対の極もわからなかったり。実際、僕もそういうの、多くはないかもですが「おお!」と思ったことあるので、たぶん。

しかし

「今度こそいいコピー書けるようになるかな」や「今度こそうまくいく気がする」という感覚って、根拠が無いなら多分、当たらないことが多い。なぜなら、根拠となる「それがなぜ必要なのか」を見出していないから、だと思うんですよね。必然性がない。

コア・バリューが大事ですよ、とよく話していますが、「根」という言葉のほうがわかりやすそうかな、と思い、記しておきました。また、そのうち。

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コメント

  1. オッさん より:

    深い話ですね。
    ブログを読んでいて、例えば、単純に金を稼いでリッチになる、ではなくて、リッチになることで自分が得たいものは何なのか、今していることが満たすのか?と考えるほうが大切かと思いました。

    • ono takamasa より:

      コメントありがとうございます。

      そうだと思います。「根」は在り方ですから、
      自己実現の欲求とも言えるかもしれません。

      コトラー博士のマーケティング3.0で、
      欲求5段階説のマズローが

      あのピラミッドは逆にすべきだった

      のようなことを言っていたと知り、
      なるほどな、と思いました。

      まず自己実現の欲求がある、ということだったと思いますが、
      ちょっと語れるほど理解していないので、このへんで。

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