誰と一緒にいるか、がある意味すべてだと思う。

ビート・ザ・コントロール
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昨日の続き。

長男を学校まで迎えに行った時、次男の足元にはわさわさ動く虫が。

日本に比べるとそこはタイなのか、とても動きが遅くあの不気味なそれとは思えないのだけれども、怖がりな次男にはとても怖い虫だったようで、

長男の影に隠れては長男の腰元に手をやり、長男を盾にするかのようにズズイと前に押し出す。

長男は長男で押し返すかと思ったら、左腕で次男を守るようにしてズズイと前に半歩踏み出す。

そして次男に対して、大丈夫だよ、みたいなことを言う。

いやぁ、僕が彼らの父か〜なんて思い、不覚にも感激して「いい兄弟じゃねーかよ」と涙が出そうになりましたが、長男と次男のコミュニケーションの様子はよく部屋にいても見受けられます。

今朝は『ロード・オブ・ザ・リング』でガンダルフがバルログと戦ってうわーって消えていくシーンを二人で見ていて、写真は冒頭の通り。

兄弟ってこんなにくっついているものなんだな、と。

僕は一回り離れた妹がいますが、さすがに一回りも違うと一緒に遊ぶということはない。

僕が教員採用試験の時、妹が中学1年生だったので、夏休みに函館や札幌に連れて行ってあげたくらい。だから、一緒に遊ぶという感覚はわからなかったんですよね。

わがままざかりの次男を長男が受け入れてあげて、いざというときは長男が次男を守る。一緒に遊ばせると喧嘩ももちろんしますが、仲が良い光景のほうが多い。こういう体験をすると、もっといろいろな体験をさせてあげたいと思うようになりますから、不思議なものです。

彼らが幼いうちにいろいろな場所に行って、いろいろな人と出会って、いろいろなものを食べて、いろいろな場所に泊まり、いろいろな手段で国境を超える。

彼らにしてみれば僕と一緒にいるからこそこういう経験を普通にして欲しいと思いますし、これから出会う人たちの経験も自分の経験にして欲しいと思います。

長男に守られた経験のある次男なら、もし妹か弟ができた時にはきっと守れる兄貴になるでしょう。

一緒にいる人のように、その人はなっていく。

だからこそ、僕は父としてあらゆることを日常とするための経験を提供したいと思うんですよね。

最終的にどう生きるのかを選ぶのは彼らであっても、その選択肢を増やすのは経験、そして一緒にいる人ですから。

そしてそれは、僕たちにも同じことがいえます。

家族、友人、知人、取引先、コミュニティ・・・個人的な経験からすると、付き合う人は選んだ方がいいし、コレは利己的なだけではなくて利他的に考えてもそう言える。

なかなか考えにくいことですし、考えたくないことですけれども、経験上、一緒にいる人を変えると成果が出やすくなると思います。というか、いつの間にか「そう成っていた」。

いまうまくいっていないな、と思うならば誰と一緒にいるのかを書き出してみてください。
またうまくいっているな、と思うのであっても誰と一緒にいるのかを書き出してみてください。

良い週末を、お過ごしください。

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