智頭合宿2日目(自分という器クラス)。

License to beat
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お酒が響くとはこういうことか。

半ば初めての酔っぱらいを経験し、今朝は目覚めました。

License to beatの自分という器クラスに参加するメンバーは、「自分の器を広げ、深める」ことをひとつのテーマとしてので、「初めての体験をしていきましょう」と伝えています。

であれば僕自身も初めての体験をした方がいいよね、ということで、今までは下戸だからとか息が吸えなくなるからという理由でお酒を飲まずにいましたが、

そうはいっても「飲んでみたら合うお酒だってあるかもしれないですよね」、という島田さんの言葉に「そのとおりだよな」となり、

昨晩はサングリアを1杯と、ビールを一口いただいてみました。

飲んだ感想はと言うと、甘くて飲みやすい(ビールはちょっと苦手だなぁ、と思いましたが)。

スッと喉を通って、スーッと胃に収まる感じ。

あーこれが酔っ払うということかと気を良くし、昨晩の日課を終えて早起きするぞと就寝。

しかし今朝、どうも頭が重いというか目覚めが良くない。

あーやはりお酒かなぁ、と思いつつ、とは言え初めての体験をしたことに気を良くし、今日の活動に移りました。

11時ころにみたき園に行き昼食、その後は智頭のセラピーロードを通って植林イベントへ。

みたき園の景色や食事が脳や身体にとっていいことはもちろんなのですが、図らずも女将さんがでてきてくださり、食事後にきなこもちを振る舞ってくれた際、いい話を聞くことができました。

*昔はひとつの部屋にひとつの囲炉裏で、家族で座る場所も決まっていた、という話。

*今ではそういう上下関係みたいなものが希薄になり、それはそれでいいことかもしれないけれども、必要でもあるのではないか、という話。

*うまくいくわけないと言われるなかでみたき園をつくり、今に至る話。

難聴を助けてもらうという意味で、自分という器クラスのメンバーに女将さんの話を聞いた感想を書いてもらっているので、詳しくはそれを見てほしいと思うのですが、

なんというか、効率性が優先されるような風潮の中で、非効率で行きましょうよというメッセージに受け取れましたし、

自分という器クラスで取り組んでいる「自分の主張とキャッチフレーズを書き出す」にも通じるところがあるなぁ、と感じました。

自然にいきましょうよ、と。ゆるく、たのしく、てきとーに(まぁ、そこそこにね)。

コア・バリューとか、主張とかを意識的に考えて書き出すことも、時と場合によっては必要でしょうが、

多くの場合それは、意識的にこじつけて書き出してしまうものです(周囲の目が気になるものですし、やっぱりよく見せようとしたくなるのが人間ですから)。

しかしコア・バリューとか主張というのは常日頃から自分が感じていることですし、ハッとした時に思わず選択してしまうことなどは、それらを色濃く反映していると考えています。

だから、ある意味これらは、本音ということもできる。

建前ではなく、本音。

意識して書こうとすると周囲に対しても自分に対しても「よく見せたい」という色眼鏡がかかるから、どうしても建前的なものになってしまいがちだけれども、

人の目とか自分の目を気にすることなく、自然と選択してしまうもの、無意識に選んでしまうものの中にこそ、本音があるんじゃないかなぁ、って僕は思うんですよね。

3年前は、長男の僕を見る目が「どこかの誰か」を見ているような感じだったから、それを恐れて「人生の3分の1をタイで過ごせる」ようになるという、抽象的に言うと子どもと過ごす時間を十分に持てる父でありたい、というような本音がありました。

今ではどうかというと、それができているなぁと感じているからでしょうが、子どもにとって暮らしよい街でありたいという本音がありますし、子どものために世界が平和であってほしいという本音があります。

だからこそ、街を歩けばゴミ拾いをするし、ビート・ザ・コントロールを海外にまで展開していこうとしているわけで。

本音は、その人のステージに応じて変化していく。

それはコア・バリューや主張も然り。

だから、無理やり書き出すものではなく、本音でポッとでた言葉を大切にすればいい。

そう僕は考えているんですよね。

力を込めて声を大にして語ることだけが主張ではない。

淡々と声は小さいけれど、そこにその人の本音があったとき、それは主張になるんだと思います。

多くの人は賛成しないけれど、あなたが信じる大切な真実とはなんですか?

そしてそれはなぜですかと問いかけた時に出てくる言葉に、「身体性を伴った経験」が感じられるならば、

人は多分、その人の主張を信じるんだと思います。

植林イベントでも出会った智頭の方々から感じたこと、多分誰からも力んだ感じはせず、

むしろ「ゆるく・たのしく・てきとーに」を感じたんじゃないかなと思いますが、

ビート・ザ・コントロールって、こういうものだよね、と僕は感じました。

その人が自然と欲する生活ができていれば、それでよし。

無理に力む必要なんて、誰かのために力む必要なんて、ないのだから。

自分がそうしたい時に、自然とそうなれればいい。

もちろん、そうであるために必要であれば、積極的に淘汰圧をかけることも、大切ですけどね。

今日の話は、本音、コア・バリューとか主張とかの書き出しに関することとして、書いておきます。

これから元湯へ移動して、温泉とごはん。

今日もビールかな、やっぱり。

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