自分で自分を必死とは言わない。

コピーライティング
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お楽しみ様です。小野貴正です。

セールスレターの仕事でも、参加するセミナーの課題でもなんでもいいのですが、

「セミナー参加前の1時間で必死に書いたコピー・・・」
「急な胃腸炎でも頑張って書いた手紙・・・」
「出張続きで寝不足だったけれど一生懸命に書いた企画書・・・」

提出時の文章で僕はこれらをよく目にし、そして脳にはアレ?と浮かびます。

なぜかな・・・と思い考えてみると、違和感のある言葉に気付きます。それは、、、

*必死
*頑張って
*一生懸命に

これらの言葉。ココに違和感がある。なぜなら、

自分で自分を「必死」とか「頑張って」とか「一生懸命に」とは言わないものだと考えているから。これらが日記とか、個人的なものならいいですが、あるグループとかオフィシャルな場所で見てしまうと、やっぱり「アレ?」となる(状況によりけりだとは考えています)。ましてや、自分が受けた仕事やセミナーならなおさら。

他者との関係において、必死とか頑張ってとか一生懸命とか、そういうものは意味を持たないんじゃないかな、と思います。なぜなら、得られる結果とかベネフィットが大事だと考えているからですし、その過程で必死とか頑張ってとか一生懸命とかが使われるのは、相手や周囲がそう評してくれる場合だと考えているからです。

「必死だったでしょう」
「頑張ってたね!」
「一生懸命やっていたからよかったよ」

こんな感じに、行動に対して相手が評価した結果の言葉だと、僕は思う。だから自分で

「必死にやりました」
「頑張ってやりました」
「一生懸命やりました」

と聞くと、僕は違和感を感じる。というか、僕も20代の頃はよく使っていたかもですが、、、インタービューとかなら、その時の状況を表現するために「必死でした」とか使うのはグッと来ることもありますが。。。

これらの言葉から感じるのは

「必死にやったので・・・(だから出来が良くなくても仕方ないですよね?)」
「頑張ってやりました・・・(だから怒られても仕方ない、だって頑張ったんだから)」
「一生懸命にやりました・・・(コレ以上出来ないから、仕方ないよね?)」

こんな感じで、最初から白旗を上げているニオイがするからです。自分で受けているのに、納品前に白旗。コレはなんか違うんじゃないかな。。。言い換えると、最初から自分自身に言い訳しているわけで。

自分自身に言い訳しないこと。

必死とか頑張ってとか一生懸命とか、もっと言うと「時間がなかったので」とか「体調が良くなかったので」とか、そういう言葉を捨てて、現状を捉えて現実的に考えてやる。

すると他者の力を借りるとか、新たな知識を得るとか、時間の使い方を変えるとか、解決策はいろいろ出てくるものです。

ある意味、何でもできると思わず、言い訳を捨ててできるように組み立てることが大事なのかもしれませんね。

P.S.
玄米が届きました。縁結びを彷彿する結び目のある袋で、いい感じです。

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