松下幸之助さんの言葉から。

コア・バリュー
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維新に功をなした人は、日本の文化というものを土台において海外の文化を取り入れている。日本の文化を土台におかずに取り入れた人は、みな失敗しているわけです。

Facebookでメッセンジャーを確認しようとしたら、こんなメッセージを見つけました。松下幸之助さんの言葉です。

その昔、松下幸之助さんが創業した塾を受験しに行ったこともあるほど、松下幸之助さんの言葉には感銘を覚えておりまして、20年前から政治家の給料が2千万円程度だと十分ではないのでは、と思うのは、松下幸之助さんの影響によるものです。

例えば他国から、そうですね、タイの国王とか首相、トルコから大統領、中国から国家主席が来日し、一政治家として私費で一席設けようとした場合、はたしてどの程度のお金が必要なのか。

松下幸之助さんは確か、自由に使えるお金(お小遣いと言っていたかな・・・)が1億だか10億だかは必要である、と言っていたように思います。正直なところ、その額の正当性はわからなかったですし、すべての政治家にそれだけ必要であるのかはわからない。

でもなんとなくでも、感じるところはありました。

僕の母のカレーを、皆さんに振る舞う訳にはいかないですからね。ちょっとした交流でなら、いいかもしれませんが、外交となるとそういうわけにもいかないのかな、とは想像しています。

それで、松下幸之助さん。

「日本の文化というものを土台において海外の文化を取り入れている…」、という言葉には14年前のバックパックを持って旅した時のことが思い出されました。

日本の文化を知らないんですよ、と言っていた日本の方々とタイやトルコ、カンボジアで出会いまして、しかし彼らは一人で旅をするうちに、現地の方々から日本のことを尋ねられたと。

日本人はなぜキレイ好きなんだ?日本人が信じる神は何だ?日本人はなぜよくお辞儀をするんだ?

僕もこういう質問は、タイやカンボジア、トルコ、オーストリア・・・ギリシャやベルギーでもされたかな、まあ様々な国の皆さんから異口同音にされまして、その度に答えに窮することもあれば、自分の考えを述べることも。

日本にいる友人知人同士とでもこういう会話はした記憶はありませんでしたから、外国の方々から見た日本、また世界の標準というか、そういうものを垣間見たのは旅先にいる外国人を通じて、でした。

その後、現地で出会った日本の皆さんが今どうしているのか、わからないのですが・・・

帰国後、同じようにバックパックを持って外国に出た人のなかで、この人は何か成し遂げそうだな、という期待を抱かせる人は皆、日本のことを学んでいる、日本の歴史に関心を持っている、というところは共通していたなぁ、と。

そんなことを、松下幸之助さんの言葉から思い出されました。

僕は自分の経験からタイなりトルコなり、日本の外に出てみることを人にオススメしていますが、なぜなら日本のこと、自分自身のことをよりよく知るキッカケになるからです。

仕事において、仕事をとろうと営業する場合、自分がお客さんにどう貢献できるのかは誰にでも話すことができる。

しかし例えばセールスレターとかプロモーションとかの仕事ができる人なら、言葉を選ばずいうと、いくらでもいるわけです。別に、その人でなくてもいい。

お客さんがこの人に任せようと決めるのは、「投資対効果」「過去に任せたことがある」「この人と付き合ってみたいと思った」こんな感じじゃないかな、と僕は思いますが、自分自身を知り、自分自身ならではの何かを磨き続けること、こうすることで付き合ってみたいとなるんじゃないか。

そんなふうに思うこともあります。だから、それに気づく土壌を養い、それに気づく環境に身をおくことが大切なんじゃないかなぁ、と。

外から持ってきたものではない、自分の内側にあるものを磨く。

外に出ることによって、その内側にあるものに気づくようになる、そんなこともあるだろうと。

その何かは、誰もが持っている。

ただ、知っているか知らないかだけなんじゃないかな・・・。

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