平成のビッグニュースTOP5(ただし私的な)。第5位。

2018年末は平成30年末、最後の平成末になります。

昭和に生まれて、平成で大人になり、今に至ります。

では新年号はどんな時代になるのか、ということに想いを馳せるわけですが、、、もしかしたらブラックホールに飛び込んでいるかもしれません。

異次元の世界に生きていたら、という憧れはあります。

まあ冗談はさておき、平成30年の終わりまで5日となったので、カウントダウン代わりに平成30年のビッグニュースを5つ、、、いや、平成のビッグニュースを5つ、紹介していきたいと思います。

結局更新していない、自己紹介も兼ねまして、日本や世界のビッグニュースではなく、小野貴正個人の、私的なビッグニュースでいきます。

では、平成の私的ビッグニュース第5位は、、、

上海で決めたバックパッカーデビュー

ちなみに第4位は、、、

選挙結果と母の病気で憤慨したリクルート入社。

第3位は、、、

トルコで知った日本。

第2位は、、、

クイズ!オノマンドン!

A:剣山と八幡宮と空海
B:オーダースーツと一流
C:結婚しちゃった

第1位は、、、

クイズ!オノマンドン!

A:神職階位「直階」修得
B:独立起業とオレはオレ
C:最強の尻は誰だ?

こんな感じかな。セールスライティングのセの字も出ていないですが、エピソードとしては登場します。

ただ、平成という30年を考えると、セールスライティングそのものよりも、今の僕をつくる原理のほうに重みがあります。

セールスライティングはあくまでも、何かを成し遂げるための手段であり、目的ではないので。

僕という人間が形成されていったからこそのセールスライティングです。

だから、僕を形成していく環境の方が、印象に残っているのです。

では、5位から見ていきますね。

第5位:上海で決めたバックパッカーデビュー

上海に毎年行っていることは、ご存じの方もいらっしゃるかと思います。

近い人には何をしているのか話をしていますし、多くの人には生煎を食べに行っているんです、と話をしています。

どんなことを話すにしても、定点観測のために行っていることは事実ですし、もうひとつ上海僕を惹きつける理由というのは、今の僕をつくる原点のひとつだからです。

当時の僕は海外というとニューヨークとワシントンに友人といった程度で、他の国に行った経験はありませんでした。

両親は海外どころか旅行もそうしないので、まさか海外に行くとは、、、と驚かれたと思います。

なぜ上海かというと、やたらと人間味溢れていて自分勝手で笑顔が抜群の先輩に誘われたからです。

一緒に会社をやろうとしていた友人がいて、上海に視察に行きたかったから、というのが行き先が上海であった理由です。

僕からすると、先輩に誘われたから行っただけであり、別に上海でなくてもよかった。

行きの飛行機で、当時中国東方航空は機内の喫煙がオーケーだったのですが、モクモクと煙る機内で先輩から、

小野くんもバックパック持って世界を旅した方がいいよーと言われ、

しかし、いやー僕なんて温室育ちですから、海外に一人旅なんて無理ですよーとか言っていました。

今と違って上海は当時、まだまだ発展途上の色を残している街でして、東京でも見られないような近代化された場所と、バラック小屋での生活場所が隣接していて、

まあそんな場所は今でもあるんですけれど、平準化されていないあまりのギャップに、当時は衝撃を覚えたんです。

はじめての火鍋は全然食べられず、なぜならはじめてのパクチーが受け付けられなかったから。

そんな中でも美味しい美味しいと食べる先輩たちの生命力に、スゲーなーと感心していたものです。

当時食べた豫園の小籠包と、たぶん南京東路あたりだと思うのですが、そこの生煎は忘れられず、今でも食べに行くほど。

個室なのにガラス張りのトイレとか、キレイなレストランなのにトイレはトイレットペーパーで散乱しているとか、日本が恋しくなるような外食事情ではありましたが、日本では感じたことのないエネルギーに興奮したものです。

転機は、ハイアットホテルの前で起きました。

今で言うグランドハイアットかパークハイアットか覚えていないのですが、場所は外灘。

そこでカーネーション売りの女の子と出会ったんですね。

セロテープでくくりつけた2本のカーネーションを10元で買ってと言う。

買ってあげてもいいけど、カーネーションはいらないし、しかも10元ていい価格です。

迷っていると一緒に行った先輩の一人が、

おい、小野、こいつらはお金が欲しいだけだ。しかし10元は高い。5元渡して行こうじゃないか。

と助け舟を出してくれます。

そこで5元を渡すと、ダメ、10元と女の子は食い下がります。

皆がごはん食べに行きたそうなのと、僕はこの場を離れたいのもあり、5元をポイと女の子にほうって、走って立ち去りました。

驚いたのはこの後。

ごはんを食べて再びハイアットの前を通ると、女の子たちが座ってこっちを見ています。

やがてひとりの女の子が僕めがけて走ってきました。

はい、と言ってくれたカーネーションを見ると、セロテープがはがされていて、1本になっていました。

5元だから1本、くれたんですね。

なんというか、すごい衝撃だったんです。

東京でも見られないような近代的なハイアットの前で、ボロを着た女の子がカーネーションを売っている。

5元渡しても持ち帰らず、5元分のカーネーションを渡すために僕を待っていた。

理由はどうであれ、その現象に心を打たれました。

帰りに飛行機で僕は誘ってくれた先輩に、一人旅に出ることを伝えます。

わずか3日間の出来事です。

2カ月後、父の選挙応援を終えた僕は、バンコクのドンムアン空港にいました。

今でこそ、移動が多いとかタイでの生活とかが話題になる僕ですが、その原点は上海であり、カーネーション売りの女の子と出会った3日間の出来事です。

毎年上海に行くのは、ルーツを確認するためでもあるのです。

明日は第4位について、書きますね。

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