本分ならば、「これでいい」がない。

License to beat
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今日はLicense to beat、そして自分という器クラスの話を。

僕自身の経験から、高城さん(他の方々も言っているかと)が言うところの「発想は移動距離に比例する」はなるほどなと思うところがありまして、本年度のLicense to beatの各クラスは、東京と名古屋、大阪で開催しています。

5月は東京、6月は名古屋、7月は大阪、という感じですね。

参加している皆さんの最北端は山形、最西端は長崎で、毎月開催地が変わるということに、「それは効率的ではないのでは」と思う人もいらっしゃるかと考えています。

しかし、「初めて名古屋に来ました」という話とか、「大阪に来たのは2回目です」という話とかを聞くと、移動する機会を自らつくりだすというのはなかなか難しいのだな、と思うわけでして、

ソレだとライティングをするにしても事業をつくるにしても、発想は限定的なものになってしまうだろうと。発想は言葉として出てくるわけですが、そもそもの体験なしに言葉が出てくるとは、僕には思えない。

ちょうど今日、Facebookのニュースフィードで松下幸之助さんの言葉をシェアしたのですが、

塩がからいということは誰でも知っている。砂糖の甘さも誰もが知っていると思う。 ・・・(中略)・・・ しかし、砂糖も塩もなめたことがなければ、その甘さやからさの説明をいくら聞いたところで、実際の味が分かるものではないと思う。仕事にせよ商売にせよ、それと同じことであろう。

体験しなければ、ですね。

だからこそ、そういう環境を用意している。

さて、自分という器クラス。

このクラスは「はじめての体験をし、はじめての人と会い、はじめての場所に行き、自分という器を広げる」というコンセプトで開催しているクラスです。

7月は「自分の本分というものはあるのか?」をテーマに、第一部ではディスカッションし、第二部ではゲストを招いて食事。

第二部のテーマも第一部と同じだったのですが、感想をカズくんがくれたので、共有します。

一番考えさせられたのは今回のテーマであった「本分」についてです。

「本分」とはkotobank.jpによると

・人が本来尽くすべきつとめ
・そのものに本来備わっている性質

とありますが鈴木さんと時間を過ごし、話を聞いて感じたのが

人が自分の「本分」にマッチする行動を取ると、ほとんどの人が到達できない場所までいくエネルギーを発揮することができて、結果、ファンがついたり、人気が出たり、お金を払ってでもその人の提供するものを手にしたいと思われるようになるのかな、ということです。

セールスライターであれ、バンドであれ、スポーツ選手であれ、多くの人は「かっこいい」とか憧れる気持ちがキッカケでそういった目標や夢を持つかと思いますが、憧れが強いだけでは夢は実現できず、自分の本分とマッチしていたり、実現しなければ後がない切羽詰まった状況でない限り、必要なエネルギーは発揮されないのかなと思います。

また他人からすると本分にマッチした行動を取っている人は常識では考えられないような量の行動をとっているかもしれませんが、本人からするといくらやってもやりたりないような感覚で、物理的に苦でもその感覚を凌駕する意思があるので涼しい顔になるのかなとも思いました。

これは小野さん、イチロー、Yoshikiなど、僕がスゴいと思う人に共通することなので、自分の本分を把握するというのは大切なことだなと感じています。

本分、必然性が大切、ということを伝えてくれたのは「へえ!」という感じでした。

人との出会いは、自分に気づきを与えてくれるものです。

他の感想が出てきたら、また共有しますね。

P.S.
写真は・・・眼光鋭くカズくんの話を聞く後藤さんです。眠そうでしたけどね 笑。

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