やりたいとスッと思ったことは、実現できるようになっている(本音の話)。

ビート・ザ・コントロール
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現在、倉敷・・・ではなくて、倉敷に向かう途中の岡山県総社かな、そのへんにいます。

秘密結社ワイルドサイドの佐久間さんやゲスト参加したトッシー、そしてミズホッチと僕の4名で、なぜここにやってきたかというと、

美観地区の焼き鳥を食べるため、だったのですが、

まさかの休業日。

かねてから、予定を立てるとそううまくいくことは少ない、というか、そもそも予定通りに進まないなぁ、と思っておりますが、

今回もそれを体験できたのは面白いめぐり合わせです。

今晩岡山に泊まって明日の朝に新宿へ向かおうとホテルを探したところ、見事に空室なし(1つ開いていましたが、泊まろうと思えなかったので…)。

ホテルに電話したほうが早いとミズホッチが言うのでそういうものかと思い、僕はローソンでコーヒーを飲んでいたところ、

「今日のバス空席ありますよ。取りましょうか?」

とトッシーが伝えてくれ、予約して今晩の高速バスで新宿へ向かうことに。

ちょうど終点が新宿みたいですし、ちょうどいいなぁ、と。

そんなことを体験するちょっと前にミズホッチへ、

「なんとかなりますよー」

と話していたのですが、実際こう行動しようと決めて、動くようにすると、

いつの間にかそうなっているもの。

今回の場合で言うと、岡山で食事してから帰ろうと決め、しかしホテルがなかったにも関わらず、トッシーがバスを調べて席を予約してくれるとかね。

一昨日の智頭合宿の例で言うと、デニーロが一銭も使わずに合宿に参加できたとかね。

こうしようと決めて行動すると、自ずとそれが実現されるように、人もお金も集まってきます。

これは理屈で話すこともできるのでしょうが、自然とそうなるものだと感じたほうが、たぶんいい。

理屈で話そうとすると、こじつけてしまいますから、人は。

別にこれは神がかっているわけでもなく、選ばれたものだからというわけでもなく、「持っている」からでもない。

単に、自分の本音を大切にしているかどうか、本音で動いているかどうか、本音で生きているかどうかです。

人の脳は面白いもので、本音の声には応えてくれるもの。

いわゆる引き寄せの法則的な話の種明かし、というか、実際にデニーロとか僕の身に起こったことの詳細は、ビーコンライブセミナーで話をしますが、

人がこうしたいと思ったことで、できないことなど何一つない。

ただし、それが本音であれば。

多くの場合において人は、本音じゃないのに、「こうなりたい」「これがほしい」「こんな生き方がしたい」と言ってしまうのですが、それが実現するはずもなく、

なぜなら本音でないことは、実現する必要性がないからです。

僕らの脳は、バカではない。

その欲求が、欲求と思われるものが本音かどうかなんて何よりも脳が知っているし、僕ら自身も当然のように知っている。

しかし「こうでなければならない」という、それは誰かの価値観とか思いというか、そういうものを自分の価値観を勘違いしているだけだよね、ってことは多々ありまして、

なぜ自分の本音に耳を傾けないのだろう、なぜ自分にとって一番大切なことを一番大切にしないのだろう、と僕自身は考えているのですが、

かくいう僕だって、3年ちょっと前まではそんな感じでしたから。

ミズホッチが「なんとかなるものですねー」というので、それはそうですよと思いつつ、「思い込み」に縛られた人たちの生き方に息苦しさと硬さと窮屈さを感じてしまうのは、

多くの人にとって、余計なお世話なのかもしれないけれども。

みたき園の女将さんが言った「お節介」の大切さを感じた僕は、お節介でありたいと思いましたし、その結果人々がゆとりを持ってゆるやかになり、

例えば満員電車で子どもたちに優しくなるとか席を譲ってあげるとか、

そんな大人たちが増えるといいんじゃないかな、って思う。

やりたいことをスッと本音で言えて、それをスッと行動できるようになれば、きっとゆとりを持つ方々が増えるでしょうし、これはビート・ザ・コントロールな世界だよなぁ、と思ったり。

何でもかんでもコントロールするのではなくて、自分をコントロールするということ。

もう一歩先に踏み込んでみると、意識にコントロールされるのではなくて、無意識にコントロールを委ねること。

それが、自分をコントロールするということだと、僕には思えます。

本音に身を任せるというかね、そんな感じ。

今日はこのへんで。

P.S.
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P.P.S.
写真は吉備津神社。トッシーが地元なので、案内してくれました。

ふと思ったのは、行きたいと思った時に、行きたいと思える人とそこに行けるようにするためにこそ、経済的な自由って必要だよね、ってこと。

単に年収で1,000万円欲しいですとか、年商で1億円欲しいですとかって、これだと経済的な自由を手にできるとは思わない。

そもそも年収1,000万円でいいんですか?って僕には思えます。1,000万円でいいなら、1,000万円の生活に自分を合わせますよね。

そうではなくて、こういう生活をしようという目的があり、それに合わせて必要なだけお金はあるってこと。

このへんの話も、僕の体験で良ければ11月6日に話をします。

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コメント

  1. 焼き鳥はまた今度ってことですねー。

    • ono takamasa より:

      2回連続でもお目にかかれなかったので、まさに三顧の礼が必要な焼き鳥ということでー

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