不発弾を警察に持っていった4歳の思い出(レジを鳴らすヒント)

コピーライティング
この記事は約3分で読めます。

「そうだよ、戦前だよ、生まれたのは・・・八王子に家があって、玄関口に防空壕があってね。当時はどの家にも必ず防空壕があった。ある時、空襲で家に爆弾が飛び込んできて、玄関に1発不発弾があった。それを拾って警察に持っていったのが、よく覚えている戦争体験だね」

田村社長ってそういえば70代だよな・・・、と明治神宮で横顔を拝見しながら思い、確か今年って戦後70年だし・・・と考えたら思わず「田村社長って戦中生まれですか?」と質問。それで出てきたのが、冒頭のような言葉。だいたい、こんな感じというわけで、正確には違う表現だと思いますが、不発弾を警察に持っていったのが4歳の頃、というのにエライリアリティを感じました。

戦後70年ということはですよ?1945年生まれの方でさえ70歳、戦争体験をしている方々ならすでに80歳、90歳以上になっていますから、

コミュニケーションとコミュニティが断絶しちゃうじゃない、とちょっとアタフタしました。おじいちゃんが生きていたら聞いていたであろう昔話が聞けない。戦争中の話です。これからますます、戦争に関する情報は二次情報、三次情報になっていき、語る本人の主観、「我」が入り込んだフィクションになっていっちゃう可能性もある。本人に悪意はなくても、なんですよね。

すべてがすべて、そうだとは思いませんが、自分で実際に体験していないこと、経験していないことを語ることの危機感を僕は感じていて、なぜなら言葉では何でも表現できるし、人はその時に感じていること、目に触れたもの、耳から聞いたことによってイマジネーションしてしまうから。イマジネーションによって話を作ってしまうことができるからです。素晴らしい力でもありますが、他者との関係性においては繊細に扱ったほうが良い力であると考えています。

だからこそ、ワイズマンが言うように「全ての現象を疑え」というのが教訓になる。特にインターネット情報、二次情報や三次情報は。

あの戦争のように自分が経験していないものを知ろうとしたら、少なくとも、経験した方々からのリアリティある話ってエライ大事なわけで。だから、田村社長が70代で今ご一緒できるご縁があるってことは、意味があると感じています。

家の玄関に爆弾があって、それを抱えて警察に持っていったなんて、脳にそのシーンが描写できるほどリアリティがある。

ところでこの話。コピーを書く時の教訓としても書いています。

「そのコピーにリアリティがあるか?」

コレは自分が体験していること、経験していること、実際に体験している人を観察し、または一緒に過ごして感じたことからでしか、僕はリアリティを持たせることができないと感じています。もちろんコレが全てではないですが。

レジを鳴らせるセールスレターというのも結局のところ、リアリティがあるかどうかだと最近は体験していますし、クライアントさんとのやりとりから再確認しています。

ライターさんにもいろんなタイプの人がおり、僕は彼らを全て肯定するスタンスですが、

もしビート・ザ・コントロールするための手段としてセールスライティングを学ぶなら

自分で体験する、体験した人と一緒の時空間を過ごすこと

コレこそ、レジを鳴らすスキルを獲得するために、必要なことだと思います。

単身赴任サラリーマンのスキルの秘密そしてセールスライティングスタートアップガイドの無料入手はココから↓




コメント

タイトルとURLをコピーしました