同じ言語で過ごす(一緒に過ごすことが手っ取り早い)。

ビート・ザ・コントロール
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いつ眠ったか覚えていないのですが、朝の光を浴びて起きることができたのはえらい久々な感じ。

気を良くして腹筋55回とビジュアライズ、写経を終えたあとはシャワーを浴びて、谷町四丁目を上がったところにあるスターバックスへ。

大通りから15メートルほど奥まったところにあり、しかし大通りに面しているので、

賑やかさは感じつつも静けさというか穏やかさを感じます。両極のある場所です。

手に持ってきたのは昨日ダンコレで購入したトートバッグで、色はオレンジ。

僕はオレンジがエラく好きみたいでして、長男次男に服を買う時はオレンジを買いますし、昨年購入したヒートテックはオレンジ色で今日も着ています。

どうせ着るなら気分が明るくなるカラーがいいだろうということで、秋から冬はオレンジ、春から夏はターコイズブルーとか明るめのブルー。

ダンコレの岡本さんからは、今日の小野さんのジャケパンなら断然ネイビーですけどね、とは言われたものの、一年通してどこにでも持っていけるものならと、ここは我を丸出しでオレンジを選択した次第。

ダイレクト出版の寺本さんと同じカラーというのも、ミーハー心がくすぐられる次第ですが。

そのへんわかっている岡本さんは、早速ダンコレFacebookページの、寺本さんの写真が掲載されているところに僕がオレンジのダンコレバッグを持っている写真をのっけておりまして、

昨日の夜食事をして、ではまた明日と別れ、ホテルに戻ってみたら早速アップされていたので、この辺配慮が細やかだよな、と思った次第。

打ち合わせをしに行っているのに、その場でバッグとかデニムを買うことができるというのは、趣味と実益を兼ねるとはこういうことをいうのかな・・・。

岡本さん行きつけの、あれは焼き鳥屋さんになるのかな、まあエラく新鮮でウマイ鶏が食べられるお店に移動し、そこで今日の自分という器クラスに関する話。

昨日のブログに書いたような気もしますが、ゴミ拾いの話とか圧倒的な量の話とか、そのあたりの話がどうして通じるのだろうと考えていました。

生まれも育ちも同じ人はいないので、だからこそ価値観とかは違って当たり前。

しかし生まれも育ちも近い人、似ている人はいるわけで、だからこそ価値観とかも近く、似ているというのはある。

同じ言語で話すとは、こういうことを言うのだな、という感じ。

ちなみに話の聞き方も似ています。何も考えずに聞く、というふうに。

そんなことをぼんやりと思いつつ、ふと岡本さんが昨日話していた言葉を思い出す。

それは

「やっぱり一緒にいることが手っ取り早いですよね」

自分が言う言葉でもありますが、最近良く耳にする言葉でもありまして、やっぱりそうだよな、と思う。

師弟関係とはそういうもの。

常に弟子を同行させるのは、目で見て耳で聴いて、そして雰囲気とか空気を感じるため。

そう僕は考えているのですが、岡本さんがやっているマネジメントというのはそういうもの。

論理で6割がバックエンドサービスを購入するやり方を解説し、そして再現して学ばせる一方で、

一緒にいることで考え方とか話し方とか、間のとり方とかそういうものまでも伝えようとしている。

だから弟子の方も損得とかベネフィット優先だと一緒にやり続けることができず、これは自分の経験からしてもそうだよな、となる。

ビジネスの組み立てとプロジェクト運営、経営は驚くほど効率的に論理的に行う一方で、何をやるかに関してはやりたいことをやる、という非効率で決める。

人付き合いもそう。

見て取れるような、損得で判断できるような効率性は度外視し、付き合いたいかどうかで決める。

昨日のワイルドサイドランチミーティングはビーコンの皆さんがたくさん来ておりまして、島田さんが言うに(聞き間違いでなければ)、人数の関係からもう一名はまたの機会に、となった模様ですが、

わざわざ大阪まで東京とか名古屋とか奈良とかからやってくるというところに、

僕はいい人生を歩むコツみたいなものが眠っていると思っています。

岡本さんの話もそういう話だなぁと思いましたので、本日の自分という器クラスの皆さんには楽しみにしてもらいつつ、こういう機会がきたらスッと動けるように、ビート・ザ・コントロールを志す皆さんには、力をつけておいてほしいと願います。

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コメント

  1. より:

    直感的に、老子(荘子)の無用の用だとか生物学ならで言う所のイントロンのお話につながるかもしれませんね…「一緒に過ごす」と「非効率」、一見無関係なようでいて実は小野君の中ではつながっているご様子。数ヶ月前ですがインドに行く飛行機内で「もし世界から猫が消えたら」という映画を見ました。映画自体は泣いたり感動したりとかはなかったけれど思考実験的なコンセプトが気に入りました。つまり、猫がいなくなる、ということは猫に関わるすべての関係性がなくなる、ということで、それはつまり「今この自分」とは違う「自分」になってしまうということ、かなと感じました。自分にとって最も大事なのは実は「自分自身」ではなくて「自分以外」なのかもしれません。本当に大事なものは大事だと思うモノの周り、環境、経緯、過程、歴史の中に隠れていることは実は多々ありそうに思います。非効率の中にこそ最も効率の良いものがあるのかもしれません。直接伝えられないことの中にこそ本当に伝えたいことがあるのではないでしょうか(私見です)。でわまた。

    • ono takamasa より:

      僕は自分の感覚的なものというのは、
      論理的とか科学的とかで説明可能だと考えておりまして、

      つまりそれは他の誰かがすでに語っていることだとも
      考えています。

      まさかマーボーがコメントくれるとは・・・

      ありがとうございますー

  2. より:

    追伸。

    UCSC[*]に登録されているHuman genomeをざっくり計算すると
    総塩基数 3095693983個
    総エクソン長 115414984個(重複部分あり、実際はもう少し少ないはずです)
    exon/total = 0.037

    となりました。エクソンとは実際に遺伝子として読み出されて、タンパク質に翻訳され、細胞内で何らかの機能を発現する部分になりこれが我々人間のを含むほとんどの(いわゆる真確生物の)全ゲノムでほんの数%しかありません。残りの部分はイントロンと呼ばれており、転写後に切り取られます。一見無駄に見えるイントロンんがなぜそれほど大量にあるのかまだよくわかってませんが、その一見無駄に見える余白分があることで「効率的」に新しい遺伝子の機能発現に役立っているのでは、みたいなことが言われています。

    * https://genome.ucsc.edu/

  3. より:

    PS2
    連投ですいません。「一緒にいることが手っ取り早い」とは一体どういうことか。私的には、暗黙知というのが連想されました。もともとはハンガリー出身のMichael Polanyiが提唱したものでoriginalはtacit knowingと言われます。その後野中さんが日本で暗黙知と言うのをナレッジマネジメントの分野で使い出しました(野中さんはtacit knowledgeと訳してます)。細かい話は抜きにして、「人間は語る以上に知ることが出来る」というポランニーの言葉が端的に意味を表現していると思います。つまり、一緒にいることで語ること以上の情報/知識のやり取り生まれます。小野君が言うところの「雰囲気」とか「空気」だとか。同じ経験、時間、空間、場所、歴史、コンテキストを共有することで会話で得られる以上の知識が得られるという事実は、様々な経験をいろいろな人と共有してきている皆さんはすでに「知っている」はず。百聞は一見にしかず、改め、百聞は一経験にしかず、です。ご参考までに。ついでに言わせてもらえれば、その様々な人々と様々な経験を通して共有され蓄積され構築されてきた「何か」こそが今今瞬間にここでこの小野君のブログを読んでいる「あなた(self)」になっているのではないでしょうか?(私見です)。長文失礼しました。

    • ono takamasa より:

      たぶん近いです。

      何人かに話したことがあるのですが、

      すでに「知っている」、だから意識的に考える必要はない。

      答えを知っているのだから、という文脈です。

      ありがとうございますー

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