価格を見ないで「ほしい」という自然さ。

ビート・ザ・コントロール
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今日は私見として。

父がかねてから長男次男に誕生日プレゼントを買ってあげたいというので、父と長男次男と妻とでおもちゃ屋さんへ。

以前も母が何かを買ってあげたいからと連れてきてくれたこのおもちゃ屋さんは、割と大きくて一通りのものが揃っている感じ。

個人的にはNゲージ的な電車とか、航空模型とかモデルガンがないところなので、コレなら本厚木のあのおもちゃ屋さん・・・というよりマニアなお店かな、ソッチのほうがいいのかな、と思ったのですが、

長男次男がそもそもそれを望むかというとそういうわけではないだろうとひとり反省しまして、普通におもちゃ屋さんに行きました。

父にしてみれば何でも買ってあげようという雰囲気でして、好きなもの買ってきなさい、とジェスチャー。

長男は予想通りにレゴブロックのコーナーに行きまして、家でもたくさんあるスターウォーズシリーズのレゴを手にしていました。

次男はというと、以前はちょっとしたピストルというかライフルというか、そういうおもちゃを欲しがっていたようですが(男の子ってそういう時期あるなぁ、と個人的には笑った次第)、いざ買ってもらうとなると手に取ってきたのは2台のミニカー。

このミニカーがほしいと次男が手に持ってきたので見てみると、うーんコレはどう見てもトミカとかに比べると高価ではない気がする・・・と思いつつ、妻によると1台200円程度だとか。

ということは、2台で400円か・・・コレは父としてももっと何か買ってきなさいって言うんじゃないかな・・・と想像していると、父も思わず笑っておりまして、これでいいのか、と。

しかし次男にしてみればコレが欲しくて握りしめているわけですから、これでいいんだよと長男次男のおもちゃを父が購入。

ついでに妻は、友人に頼まれたおもちゃを購入。しかしタイのカードが使えないとのことで、僕が現金で購入。これが一番高かった。

かねてから僕は、買い物とは価格を見ないで買うことが大切なんじゃないか、と考えてきまして、また時折そういう発言をしていたのですが、

モノの価値というものを価格で考えることは、ひとつのものの見方にすぎないのではないか、と思ったりします。

実際に価格が高いものほど、何からの安心とかをもたらしてくれる根拠があったりしますので、それはそれでひとつ大切なものですし、然るべき価値に対する価格は、それにふさわしいものであるべきだとも思います。

しかし安価だからといって価値が高くないのかというと、それは一方から見たモノの見方に過ぎず、エラい安価なものであっても今回の次男みたいに、これがいいと思ったからほしいんだ、というのもひとつの価値なのかなぁ、と。

価格を見ないでほしいと言った次男や長男を眺めつつ、これが自然なんじゃないかとも思ったり。

これがほしい、しかし価格が想定より高い、もしくは高くない。だからほしくなくなった。

価格は尺度になりますが、それよりもモノそのものの価値を感じることのできる自分でありたいと思いましたし、長男次男にもそういう場を提供できる父でありたい。

そんなことを長男と一緒に餃子をつくりながら、思ったひとときでした。

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