書き手がどれだけ人のことを知っているか、は読み手に伝わる。

コピーライティング
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今日は私見たっぷりに、セールスレターと旅行について、コレはいいと思われるものの条件を記します。

セールスレターで「コレはいい」というものは、翻訳されたものではありますが、ジョン・カールトンの書いたセールスレターは眺めるだけで心躍りますし、ロバート・コリアーの書いたセールスレターはアイデアの宝庫という神田昌典さんの言葉にもう頷くばかり。

「人は明るい未来を求めてサービスや商品を購入するのだから、ゴーポジティブで書くべきなんです」

というジョン・カールトンの話には涙が出ますし、

「コピーライターの多くが、効果があったレターの言いまわしをマネれば、そのレターも効果があるはずだと勘違いしている。大間違いだ。言いまわしは重要ではない。効果があったレターを裏づけているアイデアにどう手を入れるかが重要なのだ」

というロバート・コリアーの言葉には、脳に電撃がビリビリ来て、そうそう、いわゆるビッグ・アイデアなんだよ、二人の男の対比もピアノのコピーのストーリーも、お口で溶けて手で溶けないという意外性、利便性も、ともう恍惚。

さて、旅行。

僕は自分ひとりでどこかに行くとき、いわゆるツアーをそう利用したことがありません。

宿泊先も移動手段もカッチリ固められてしまっていい場合もありますが、行先によっては現地で流動的に予定を変えたいことだってある。ホテルで仕事をしていて、もう一泊したいときとか。

こういう場合、ツアーを申し込んでしまうと、予定が変更できないことが多い、というイメージなので、なかなか予約がやさしくない。

こんな風に、制約条件があるからツアーを選ばない、というもののほか、ツアーそのものに前のめりにならない、というのもあります。

海外だとよくありますが、買いたくもないのにおみやげ屋さんに連れて行かれるとかですね。

安価に行ける、というメリットはありますが、そもそもそのお金を投資してまで行く価値がそのツアーにあるかというと、うーん、、、という感じ。だから、ひとりで行くときは、自分で交通手段とか宿泊先とか食事を手配する。

一方で、家族との旅行であったり、知人との旅行である場合、僕にとってはどこに行くかは大切なことではなく、誰と過ごすかのほうが大切なので、ツアーでもよかったりします。

だからツアーで行くかどうかは状況に応じて、という感じでしょうか。

ただし、ひとりで行く場合でもツアーを選択する可能性があるとしたら、感情とか気持ちとか、自分の在りたい状態があって、そこに向けての情景がありありと描かれている場合は、話は別です。

ジョン・カールトンとかロバート・コリアーのセールスレターを読むと、人のことをよく知っているなぁ、とか、人のことがたぶん好きなんだろうな、と言うものが伝わってきます。

だから総じて文章が優しいというか、やわらかいというか、スッと入ってくる。

もちろんこれは、日本語に翻訳する、いわゆるローカライズする人の技術も優れているのでしょう。

ツアーもたぶん同じで、そのツアーを経て見込み客がどういう感情、気持ちになりたいのか、そういうことを知っていて、それを描写できるツアーだと、申し込む人はいるでしょうし、満足もしてくれるような気がします。

共通点は、人を知っている、ということかな、やっぱり。

少なくとも目の前の人のことを知らずに、遠くにいる方々にメッセージを届けることは、できない。

その文章の先に人の表情が見えるもの、そんな書き手で在りたいものですね。

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