論理的な整合性

お楽しみ様です。小野貴正です。

昨日は歩いて15分くらいにあるオホーツク海へ。台風23号はすでに過ぎ去りましたが、その余波というか影響が色濃く残る海を堪能してきました。

港のつくりから、近場ではそれを体験できなかったのですが、港の外では高波と白い波しぶきがうなる状況。普段のオホーツク海を知らないのですが、これはすごい荒れているな、と。そんな感じが瞬時に伝わってくる光景に感動。

ある意味不謹慎な話ですが、自然の力を見せつけられると、心が震えます。もうどうにもできないほどのパワーというか。謙虚になるっていうのかな、そんな感じ。

だからこそ自然のなかで、これは人によってつくられた都市においても同じ認識なのですが、サバイバルというか生きる術というか生き抜く力というか。

豊かな人生を歩むための在り方、思考、行動というものを知り、学び、体験するっていうのは大事だな、と普段以上に思えるわけです。

子どものときから台風が来ると、ワクワクする子でしたが(誰もが子どものときはそうかもしれませんね)、今になってもそれは変わらずだなぁ、と。しかし、それがなぜかを考えるようになったのは、僕も子供のままじゃないんだなぁ、と思ったり。

さて、論理的な整合性。

これは僕の解釈によると「論理的な矛盾がなく整っている」になります。例えば文章を書くと、文章と文章のつなぎ、段落と段落のつなぎというものがある。ここが論理的に矛盾していた場合、整合性がない、というわけです。極端な例では、

「ふと思い立ち、僕ははじめて北海道の網走に来た。ホテルの窓からはオホーツク海の猛々しい様子が窺える」

「ホテルの部屋では明日のミーティングのために1ヶ月前から準備していた資料を作成中。レンタカーにナビがないのは不安だが・・・、以前も訪問したお客さんだし、車の運転はナビ無しでも大丈夫だ」

「ふと思い立って」「はじめて」網走に来たのに、「明日のミーティングのために1ヶ月前から準備」「以前も訪問したお客さんだし」とあることから、「あれ?」となる。つじつまがあわないな、というわけです。はじめて来たんじゃないのかな、と。

セールスコピーを学ぶと、前の文章はその次の文章を読ませるために書く、という話を聞きますが、これこそ論理的な整合性が問われるからだな、とあらためて気づきました。また、文章と文章に整合性があっても、段落と段落に整合性があるとは限らないとも。これは各段落に見出しをつけてみると、よくわかります。文章と文章はつながっているし論理矛盾はない。しかし段落と段落を比べてみると、論理矛盾や論理の飛躍がある。

これ、恥ずかしながら僕は結構やっていたと思います。あえてやる場合もありますが、怖いのは気づかずにやってしまっている時。これでセールスレターがレジを鳴らさなかったら、なぜ鳴らないのかに気付かないかもしれませんから。

上から下へ、左から右へと読むように、人は自然に整合性を感じとるもの。これには、気をつけたいものです。

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