人は感情でモノを買い、論理でそれを正当化する。

セルフイメージ
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お楽しみ様です。小野貴正です。

昨日はセルフイメージ先生の小坂さんと、マスターマインドミーティングを開催しました。2015年4月29日から開催し・・・今回で何回目だろ?結構、やっている気がします・・・2ヶ月か3ヶ月に一度とか・・・。

プロモーションの件でアドバイザー的な役どころとして同行をお願いするなど、一緒に仕事をするようにもなってきたので・・・1年前からすると、面白い状況になっているな、と思います。

その小坂さんと昨日はお台場に行き、お昼と夜を食べていろいろな話をしてきました。

相変わらず冴えてるな〜と思ったのは、僕の話から僕に隠された課題を言葉にすること。僕はかなり感覚的なタイプなのですが、そのせいか出される言葉も感覚的なものが多いです。極端な話、「おお」とか「ああ」とか。しかしコレだと、見てもわかるとおり普通はコミュニケーションとしての言葉にはならない。文脈で判断することはできるかもしれませんが、これだけ登場しても、わからないですよね、普通は。

ところが小坂さんの場合、因果関係を読み取った上で、僕の言葉を判断してくれる、というよりは何か気付くそうですから、

僕の「おお」とか「ああ」を言語化してくれるわけです。しかも、僕でも客観的にわかるように。

ですから小坂さんと話す場合、課題が解決するんですよね。その場で瞬時に解決することもあればそうでないこともありますが、課題がわかれば課題って解決できるわけですから、すでに解決したようなものなのです。

さて、人は感情でモノを買い、論理でそれを正当化する。

ジェームス・スキナーの本を読んだことがある方ならご存じかもしれませんが、人が何かを買う理由って「気分を変えたいから」といいます。

コレ、まさにそうだな、と僕は考えていて、何かを買うということは、買った結果の感情の変化を求めているわけです。風邪薬なら買ったことによりラクになるかもという安心感、車なら注目されるかもという自尊心というか虚栄心というか、またエアバッグ搭載なら安全だろうという気持ちとか。

まさに人は感情でモノを買い論理でそれを正当化する、というのはそのとおりだな、と思います。気持ち、感情が購買の引き金になっている、ということですから。

おもしろいのは、それを購入する際、「論理でそれを正当化する」ためにストーリーを作り上げる、ということ。たとえばですが、ティッシュが必要だからとクリネックスを買ったとします。ティッシュを買う必要はあってもクリネックスである必然性はないわけです。しかし例えばですが、

「オレは小さい頃からクリネックスしか使ったことがなくてさ・・・もうコレを手放せないんだよね」
「この肌触りはほかと違って・・・コレで鼻をかまないと、肌が荒れてきちゃって・・・」
「このクリネックスにはおじいちゃんとの思い出が詰まっていて・・・実は、おじいちゃんはいつもこのティッシュを脇に挟んで、仕事に行っていたものさ・・・」

このストーリーは事実なのかもしれませんが、それでもクリネックスを買う必然性にはなりません。ワイズマンも言っていますが、人は自分の行動を正当化する方向へ向かうわけです。だから、論理で正当化する。

昨日小坂さんが教えてくれたのですが、コレを知っていると購買時の状態にこそ課題がある、ということがわかります。何かを変えたくて買ったわけですから、なぜ買ったのか、自分の内側を眺めてみることでそれがわかる。だから、解決できる。

自分を客観視することさえできれば、コレは誰でもできそうです。購買動機に隠された「課題」の発見、ぜひ試してみてください。

P.S.
俯瞰して自分を客観視する話を小坂さんとしていたのですが、小坂さんがふと「小野さん、今まさに5次元レベルで話をしていますよ」と言いました。インターステラーでは意識の次元が加わると「5次元」になるのですが、僕という意識が何かを口にした瞬間、それを客観的に俯瞰している「僕」が「コレが課題だ」と気づくというなら、簡単に言ってしまうと僕という意識は同時に存在しているからです。

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