男は女のATMであれ。僕の妻の場合。そして存在意義。

ビート・ザ・コントロール
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昨日のワイルドサイドを歩こうよのブログで、前々から思い出したくても思い出せなかったある言葉が登場しました。その名も「トンプソン教徒」。

以前、確か木坂さんの「7つの鍵」ライティングセミナーに向かう途中、ワイルドサイド部の食事を終えてセミナー会場に併設されたレストランというカフェみたいなところで部活動の続きをやりましょうとなりその移動中に、島田さんが「小野さんみたいに、そのやっている内容はともかく、ひたすらやり続けることで成果を出す人のことをトンプソン教徒って言うんですよ」って言っていたんですよね。

そのトンプソン教徒の部分がよく聞き取れなかったのですが、昨日のブログで登場しました。2ヶ月半ぶりのご対面です。

トンプソン教徒については、ああ、喉に刺さっていた小骨が取れた〜って感じでよかったのですが、ついに登場してしまったか、というのが迷言ならぬ名言(と僕は思っています)。

男は女のATMであれ!

っていう主張。

これ、結構前から僕の胸の中に在る言葉なのですが、そのうちブログでも紹介したいと思っていたんですよね。そしてその伏線として先日、村上龍さんの『すべての男は消耗品である』という言葉を紹介していた、という感じです。予期しないところで島田さんからこの話が登場したというのが、しかも島田さんの奥さんエピソードと一緒でしたから、これはおもしろいな〜と思いました。

島田さんの奥さん、なかなか言いますよね。男を奮い立たせるコツをわかっているというか。そうです。男は女のATMであれ。そのためにこそ男よ、立ち上がれ!そして女性の皆様、得たお金はガンガン使おうぜ!そして経済が循環するのであるよ。

僕の妻を見ていると本当にすごいな、と思うのですが、お金をつかうことにかけてはエライセンスあります。ああ、この場合のセンスというのは、1万円渡したら1万円使いきるって意味でのセンスです。

今思えばこれは僕にとってラッキーだったんだな、と思うのが、結婚した2日後に、車を新車で買われたこと。あれほど「車と家は買わないで」と言っていたのに。脳科学的に言えば「ない」は「ある」と同義ですから、「車と家を買ってね」というふうに解釈したんだろうな、と言うのは冗談ですが(脳からすると冗談ではなさそうですが)。

だからこそ仕事をやる気力が湧いているのだと考えると、妻に感謝こそすれ、無駄遣いしないでね、なんて言えるはずがない。僕のビート・ザ・コントロールの歴史は、妻の散財、いや的確なお金の使い方とともに在るのです。

そんな妻も節約すべきところは節約派でして、例えば今住んでいるコンドミニアムってサウナが併設されています。ああ、これは健全なサウナです。

それでそのサウナに行こうとなると、息子たちはプールを楽しむので水着に着替えさせて、その後妻は何やらゴソゴソ用意するわけです。見ると、タオルに歯ブラシにせっけんに空のペットボトルが巾着袋に整理されている。なるほど、サウナ後にシャワーを浴びようというのだな、と納得。じゃあ、空のペットボトルは何なんだとなる。

聞くと、「あのね、サウナ入って汗かいたら、そのまま身体を洗って歯磨きすると、部屋戻ってからシャワー浴びなくてもいいでしょ。それにこのペットボトル持っていけば、ウォーターサーバーからお水汲めるし・・・」

なんだよ、こういう時は節約派なのかよ、と思わず毎月の仕送り額を減らしたくなる一言。しかし、しかしですよ?このまま仕送り額減らしたら、どんなところで節約するかわからないじゃないですか?お寺とか行ったら食事することもできますし、親族の家に行っても食事ができる。実質、無料で。

そんな渡り鳥のような生活させられねーだろ!というわけで、僕はまた奮い立つのです。

ちなみに上記の話、実話ですが、少しオーバー気味に話していますので、各自で調整してくださると。

ところで先ほど、妻とお金の使い方で話をしてエキサイト気味のところ、長男が甲高い声で「ウエェーイ!!!」みたいに叫んだので、「うるせー」と一喝。一喝しながらも、反省。やっぱり両親の真似をするんだなぁ、と。「オレのような男になれ」と言える父でありたいなぁ、と思います。

知恵を磨くのも筋肉を増やすのも、女性のため。更に深く考えると、男としての存在意義なんだと思います。

男は女のATMであれ。ぜひ、メモしておいてください。

あ、あと、結婚していない男はどうするんですか?って質問が出そうなので先に言っておくと、彼女でも自分のお母さんでも妹にでも、あらゆる女性のATMになればいいと思いますよ。僕は結婚していますけど、そう在りたいと考えています。

男性は女性によって、大きくなるのですから。

あ、変な意味じゃなくてね。

P.S.
真面目な話、僕は自分の人生を自分でコントロールしようぜとか言っていますけど、コントロールするってことはコントロールされているってことです。

僕らが生きる社会において、僕が一人だけで存在する状況というのはまずない。ということは、他者との関係性においても自分の人生をコントロールしようとすれば、結果としてコントロールされる誰かが存在する。コントロールされることを良しとし、その実その人物がコントロールしている、という図式もまた、成り立つ。いわゆる男性と女性の関係(もちろん男性女性に限りませんが)はそういうものじゃないかと。

お釈迦様の手のひらで暴れる孫悟空のようなものです。まぁ、この話はちょっとおいておきますが、もう少しフィットする言葉を当てると、「自分の思い込み、そして、望んでいない他者支配を打ち破る」、という方がいいのかなぁ、と思います。

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コメント

  1. […] 追伸 冒頭の名言が生まれたブログはこちら […]

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