夢中。

ビート・ザ・コントロール
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妹がなんでか帰ってきていたので、母が温泉に行こうといい出しまして、先ほどまで近所の温泉に行ってきました。

箱根のエラい熱い温泉だと何回も入りたくなりますが、ここ最近の僕はすっかりサウナと冷水の往復を好むようになりましたので、温泉じゃないくてもいいんですけどね・・・しかし温泉にせよサウナにせよ、気分転換にはなりますし、身体がスッキリすることは確かにあるので、親孝行兼ねて、ですね。

お風呂から上がり、水を飲んでいたところ、母もでてきたのでしばらく談笑。

妹の結婚式になり、長男次男のタキシード写真を父方のおばに見せたら、あら、ピシッと真っすぐ立ってしつけができているのね、という話になったのだそう。

うーん、しつけができているかどうかはわかりませんが、日々妻に似てカメラを構えるとそれなりのポーズとか表情をつくるようになってきましたが、いわれみるとちゃんとするところでは長男はちゃんとするし、それを見習って次男もちゃんとする。

それで、さぞ僕自身もちゃんとしていたのだろうと思って母に聞いてみると、アンタはぐずって大変だったわよ、と 笑。

次男は今4歳なのですが、僕は3歳ころまで東武東上線沿線、池袋あたりに住んでいたようでして、夕方になるとおばさんが東武東上線を見に連れて行ってくれたのだとか。

それで、運転手さんが手を振ってくれるので、僕も手を振り、おばさんは僕が眠るまでそこにいてくれたそうです。しかもほぼ毎日。

保育園の頃になると日野というところに引っ越すのですが、そこで住んでいた家も電車沿線、京王線が目と鼻の先にあるような家でして、窓から電車が見えたんですよね、確か。

電車のガタンゴトンという音と電車の姿は、幼い頃からの思い出の一部でして、そういう意味では電車が好きなことはなるほどなぁ、と。

次男を見ていると、車のミニカーがエラい好きで、それは男の子だったらみんな好きだろうと思っていたのですが、長男はそこまでミニカーを好むわけではなく、どちらかと言うと建造物のほうが好きみたい。

たぶん、ミニカーなり建造物なり、それに惹かれる理由はあるんでしょうね。僕が電車を今でも目で追ってしまうように。

好きだという自覚はありませんでしたが、ヨーロッパをバックパック持ってまわったときは、トマス・クックの時刻表を入手しておき、トルコのイスタンブールからハンガリーのブダペストに向かうとき以来、毎日どころか四六時中時刻表を手に持ち、どういうふうに乗り継いで、ノイシュバンシュタイン城とか、ハルシュタットとか、グリンデルワルトに行こうかとパラパラめくっていました。

行きこそしなかったものの、確かドイツのハンブルクだったと思うのですが、そのあたりから電車ごと船に乗り、スウェーデンに行けるルートを時刻表で発見したときは、心躍ったことを覚えています(実際のところ、本当に電車ごと船に乗るのかは調べていませんでしたし、今でも調べていません)。

しかし時刻表片手に目的地に向かうルートを考えるのは、電車を見たり電車に乗ったり、まあ電車が好きという経験があったからこそ、楽しかったのかなぁ、と今では思います。電車のみならず、飛行機とかも心躍りますけどね。

最近は、グレートジャーニーで巡るルートをグーグルマップなどで眺めていると、おお、ここに阿蘇山があるのかとか、どういうふうに乗り継いで移動しようとか、思わず調べている自分に気づき、苦笑することも。

一箇所にじっとしていると調子がよろしくないのは、なんか頷いてしまうところです。

夢中だったことを知る。よりよく生きるために、大切なことなのかもしれません。

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