何を学ぶかには段階がある。

新大阪と言えば、かつて2年間住んでいたこともありますが、その頃から春や夏になるとセンバツに出場する高校生の宿泊所が登場する印象を持っています。

住んでいたところの最寄りホテルで2年間連続のセンバツ優勝校を出していたこともありまして、新大阪=センバツ優勝校が泊まる場所、という印象です。まあ毎回優勝するわけでもないでしょうが、2年間連続で同じホテルに宿泊した別の高校が優勝していた、というのは強烈なインパクトだったんですよね。

というわけで、昨日訪れたはじめてのホテルでも写真の2校が宿泊していました。新大阪に宿泊の高校が優勝するのかどうか。目が離せません。

昨日は、自分という器プライベートクラスに参加する2人とのミーティングを行っておりまして、自分の発言を振り返ってみるとああこういうことなのかな、と思えることがあったので、それを記しておきます。

何を学ぶかには段階がある、という話です。

コレまでセールスライティングクラスなどでセールスライティングを学ぶクラスを開講してきましたが、毎回の講座内容を考えてスライドにしていくとき、ある葛藤がありました。

その葛藤とは何かというと、「何を伝えればすべての参加者を満たせるのだろうか」というものです。

結局のところは、セールスレターを書くにあたって必要なことを伝えていく、まあ最低限のところまで、ここを伝えておけばセールスレターを書く土台になる、というところまでになります。

ですから、誰に何を伝えるレターなのですか?とか、ジーン・シュワルツが言うところの5つの気づきレベルとか、マズローの欲求5段階とか、スワイプファイルを探すのであればまず『伝説のコピーライティング実践バイブル』とか、教科書的な内容を伝えてきたように思います。

書いていくにあたって「だから何?」という問いかけなども、そうですね。こういった取り組みのおかげなのか、ブログを書いたり記事を書いたりする際に役に立っています、というメッセージをいただきますので、控えめに見ても役に立っているのだろうな、とは思います。

セールスライティングを学びたいと思う場合、大切なことは、何のために学ぶのか、というところですから、僕はセールスライティングの何を学ぶのか、というところは重視していませんでした。学びはじめの時は特にそうですね。

しかし、昨日の話を振り返ってみると、話したことは「何を」も多かったなと思います。

ステップメールで返信をもらい続けるための仕掛けとか、ウェビナー参加者が当日欠席しないためのフォーム送信とか、申込みフォームで一貫性の法則を使っているとかですね。

面白いな、と感じたのは、例えばライティングを仕事にしている場合、その仕事の段階が上がるほどに具体的な「何」を話す機会が増える、ということです。

ノウハウとかテクニックとか、「何」に当たる部分はわかりやすいせいか、フックになりやすいです。ですから、初心者でも目にとまるのは「何」であることが多いように思います。

「なぜ」とか「目的」だと、それが大切なことはわかるけれども、なんか大変そうだし、、、になりますから敬遠されがち。

なぜとか目的が大切だとわかっている人ほど「何」が必要になる。

「何」には段階があるんじゃないかな、ということで。

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2 Replies to “何を学ぶかには段階がある。”

  1. 毎度どうも。失礼します。

    何を伝えればすべての参加者を満たせるのだろうか

    これ多分、世の先生方みんな思い続けるものかもですね。ちなみに、私のところでも講義の後に生徒にアンケートを取りその評価が先生の評価になったりするものですから、生徒の満足度、大事なのですが、満足度だけ気にしていると、教えることの本質(それが何かは人それぞれかもですが)を見失う危険もあるのではないかと思っています。

    腹八分目ではないですが、8割方満足するくらいに設定しておいて、後の2割は少しわざとちょっとレベルの高い難し目の内容にする、というのも一つ、もしかしたら次のコースに参加したくさせる手かもしれません。

    段階は確かにあると思うのでセミナー募集時に参加者に「前提とする知識、技術、経験」を設定するのは手ですがそうすると窓口を狭めることにもなるので、内容の専門性が高く(狭く)なるほど、参加人数が少人になる傾向があると思われます。

    大学の講義でいうと、小野くんの言う「なぜ」は「哲学」や「方法論」や「理論」に相当するかもしれません。「何」は具体的な「方法」や「実験」など。以前ブログで出てきた、抽象度、のお話でいうと、哲学や理論は抽象度が高くイメージしにくいものですが適用範囲が広く、一方、方法や実験などは具体的でイメージしやすく始めやすい反面、応用範囲が狭まる傾向があると思います。身体性のお話を絡めると、具体的な作業(経験)を通して概念は抽象化されていくものなので、実際に具体的に作業することも大事だと思います(小野くんの言うところの「量」にこれが相当するのでしょうか)。これらを踏まえて、

    1. 「なぜ」をざっくり説明、2. 「何」をざっくり体験、、2. 「なぜ」をみっちり説明、4. 「何」をみっちり体験、5、「なぜ」「何」のレベルを上げながら繰り返す(イメージとしては「なぜ」はより深く、「何」はより細かく、みたいな…)…

    というようなスパイラルモデルで考える、みたいな戦略?はいかがでしょうか?

    いつか何かのご参考までに。

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