驕らず、遜らず。

License to beat
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License to beatセールスライティングクラス第二回。

先月の第一回で記事の書き方を学び、それから一ヶ月。エライたくさん書いてきた人もいれば、そうでない人もいて、今のところ予想通りの展開になっています。

こう言ってしまうと誤解はあるかもしれないけれど、実際に書く人もいれば書かない人もいるのが事実ではあるので、僕としてはそこは客観的に捉えておく必要があるな、と。

僕がどんなに声高に「書きましょう」と叫んだって書く人は書くし、書かない人は書かない。もちろんケツを叩いて「仕方がないから書くかぁ」という状況を作り出すことはできるだろうけれども、最初の段階で自分でエンジン回さないでどうするよ、という考えもあります。

だから僕の立ち位置は言うなれば、自分で走りだした人にはそのスピードを加速するように背中を押し、自分で走り出せない人は待ち続ける役割。ひとりひとり、違うのだからそれに合わせた役割を担う。

1年後に望む生活が送れていた、とハッと気づいたらなっていればいいなぁ、と。そう思います。

さて、セールスライティングクラスといえば、今日ペルソナ設定について僕の考えを話すなかで、こんな瞬間がありました。

あ、今から僕は、やってもいないことを自分でやったかのように話してしまうかもしれない。

こんな瞬間です。

場の様子を見ながら、そして役に立つ話をできれば面白く伝えようとするあまり、時々伝聞の話を自分でやったかのように話してしまいそうになる瞬間があります。

他の誰かが話していたことを、サラッと自分で考えたかのように話してしまいそうになる瞬間が。

そのたびに、グッと食いしばってそれを言うことを回避するか、これまたグッと食いしばって「これは誰々さんが言っていたのですが」と伝えるのですが、

個人的には自分でやっていないことをやったかのように言うのは違う、と考えているんですよね。だから実体験がないことはそう伝えますし、人から聞いた話で役に立つことは、それを伝えるようにしています。

こういう恐怖を感じることがあるのですが、それは、僕が自分で思っているよりも周りの方々は期待しているということをヒシと感じた時、「オレはその期待に応えられるんだろうか」というような恐怖です。

そんな時、これをサービス精神が旺盛というのかどうかはわからないけれど、今の自分よりもよく見せたい、今の自分の実体験よりも違う経験をしているかのように見せたい、という欲求に駆られたりします。そしてそれも、怖かったりする。

常に客観的な視点で自分を眺めるようにしていくのですが、主観的な自分がどんどん突っ走って肉体という実体から意識だけが先に飛び出てしまうというか、そんな感じ。

賢者舎の今井先生に「言葉だけの人になるなよ」と言われて以来、その客観視して僕を眺める目はますます感度高く、僕を観察してくれていますが、やっぱり何者かになったかのように自分で自分を評価するというような状態になったら、よろしくないよね、と。

驕ったら、終わり。

人が集うほどに、自分自身が問われる機会も増えるものだと感じています。

驕らず、遜らず。

両極を行ったり来たりして、中庸に身を置こう。

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