脳の好みと身体の好み。

ビート・ザ・コントロール
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気付いたら23時20分になっており、寝落ちしていたわけではないのですが、ああ、まぁ、こういうことを寝落ちと言うんだな、そうあらためて感じながら、これを書いています。

最近、自分で望むほど寝ていなかったので、それで自分の人生を自分で決めているのだろうかと思いつつ。

今日はぽっちりライフを描こうプロジェクトの講座にスタッフ参加。

そしてはじめてのトレーニング講座ということで、僕自身新鮮な気持ちで撮影をしてきました。

なんというか、かつて僕も経験したから分かるんですけど、スクワットとか腹筋とか、ハタから見てこれはシンドいだろうな、ということがわかるような追い込み感でして、

あれでも講師のふんどしマンはおさえているのでしょうけれども、やっている本人たちにしてみたら、

そんなしょーもないこと言わないでいいから、早く休ませてちょーだい。

そんな声にならない叫びがスタジオ内には充満していたように思います。

しかしハタから見ているからこそわかることもありまして、

それは、トレーニング前と後ではその人から発生られる雰囲気とか、肌の色ツヤとか、そういったものに変化が現れているということ。

単純に汗をかくことの効能なのかもしれませんが、もっとトレーニングに注目してもいいんじゃないかな、と思った講座でした。

トレーニングといえば、腰の治りとともに再びランニングをここ3日ほどはじめておりまして、今日は浅草橋にいるのですが、ホテルにチェックインしたあとも少し走ってきました。

まぁ、秋葉原に近いということで、先日訪問したラーメン屋さんに行きたかっただけではないのか、という気持ちはもちろんそうなのですが。

しかし、今回のラーメンでわかったことがありました。

それは脳の好みと身体の好みが乖離してきている、ということ。

ラーメンと言えば背脂たっぷりのコテコテが好き(なんだと思います)な僕にしてみれば、

「脂の量はどうしますか」

と聞かれたら

「限界まで」

という感じで答えるほど(実際は、今日の店だとごてごてで、と答えました)、好みとしては背脂たっぷり。

そして今日はついでに、お昼にサラダを食べたので、味玉子と大盛りもいっておこう、という感じで、そして薬味を多めで、まぁ結構なボリュームのラーメンとご対面できたわけです。

しかしそのラーメンも過去に食べた最大量に比べたら赤子のようなものですし、

個人的なイメージでは背脂の量も確かにスープがプルンプルンするほど多いので(液体というよりはゼリー状)すが、これは好みだ、と感じていたので、

結構最初のうちは美味しくいただくことができました。

ところがラーメンの大盛り分、残り1玉を食べるのがだんだんと苦痛になってきまして、

なんというか、胃が受け付けなくなってきたんですね。

基本的に僕は食べものを残すことはなく、それはラーメンのスープも同様なのですが、

やはり今回も、完食することができませんでした。

今回も、と言うのはどういうことかというと、以前何処かでつけ麺を食べたときも、完食できなかったことを思い出したからです。

それで先ほどたまたま、

「もしかしたら、脳の好みと身体の好みが変化してきている、乖離してきているんじゃないかな」

と思ったわけです。

とはいえ

だからといって身体の好みに脳の好みを合わせるのはどうかと思いますので、

やっぱりマッチョに自分を追い込んで、これからも背脂たっぷりのラーメンに、そして大盛りに挑戦し続けねばならないということを心の中で誓う次第。

マッチョに追い込んでいきましょう。

国立新美術館で、サルバドール・ダリ展が行われており、本物の絵画が持つパワーというか迫力というか、圧倒感に出会えたことも、マッチョにいこうと誓う要因になっているかもしれませんね。

本物で在りましょう。

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