オレのルーツ。

グレートジャーニー
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母方のお墓参りに行ってきました。母と母の妹、叔母ですね、と一緒に圏央道を車で走り、茨城まで。

お墓と仏壇に供えるお花を用意したいというので、取手駅まで行って西友に入り、お花を購入。取手と言えば桑田さんがPL学園時代に取手二高に敗れ、なぜ負けたのだろうと取手二高まで訪問したことを思い出しました。母が言うに、取手二高はもうちょっと来るまで行ったところにある、とのことでしたが。

お墓に到着し、かねてから気になっていたのでお清めし、母方の本家にお邪魔してお漬物と炊き込みご飯をごちそうになり、来週稲刈だというので田んぼに行って写真を一枚。

帰りは藁に包まれた納豆を母が買いたいというので高速道路の守谷サービスエリアに寄り、首都高速だと思うんですが、C2と呼ばれる環状線を走り、18キロある山手トンネルから中央自動車道方面に抜けて、神奈川まで戻ってきました。

途中、ふと思ったのですが、母方の祖先は武士の出だったとか。父方の方は父に聞いてもわからんな、ということだったのでどういう家系なのかは不明なのですが、祖父から預かっている八幡宮を思い出してみると、八幡神、これは応神天皇とも言われていますが、武神的な位置づけなんですよね、確か(一応私見とさせてください)。

9月にグレートジャーニーの南方ルート編を開催するので、そのリサーチを行なっているのですが、思わぬところで僕自身のルーツをリサーチすることにもなりまして、だからオレは一箇所にじっとしていられないのか、など独りごちています。

石垣島にやってきたとされる海のルート、稚内に到達したとされる北方ルートと異なり、南方ルートは当時陸続きか、陸続きに近い状態で朝鮮半島から九州へとやってきたとされるルートです。

冒険家であり医師である関野さんによる『グレートジャーニー』をDVDでリサーチしても、ルートそのものにそれほど焦点があたっていないように感じます、南方ルートは。

おそらく、海のルートや北方ルートと異なり、ルートそのものに新しさというか驚きがないんじゃないかなぁ、と。

ではなぜ驚きがないかというと、中国から朝鮮半島を経て日本、というルートは、小学校でも中学校でも、歴史とかで僕らは学んでいるからなんじゃないかな、とふと思ったわけです。

『魏志倭人伝』に記された邪馬台国の話、『後漢書東夷伝』に記された話(内容失念しました…)、元寇、豊臣秀吉の朝鮮出兵などなど、誰もが聞くと、そう言えばそんなこと聞いたことあったような、という程度には馴染み深い。

しかしおそらくは、もっとも古くに日本列島にたどり着いたであろうルートが南方ルートでしょうし、朝鮮半島や中国、シルクロード、そしてシルクロード以西と交流するにあたり、もっとも活躍した(?)のがこのルートだと思います。

日本神話の世界に目を向けてみると、南方ルートの到達点である九州は、事実かどうかはさておき、神話と現実世界を結びつけるためには、なくてはならない場所のようにも思えます。

はるか昔から交流の拠点であった地域であることは、それだけ意味があるのではないか。

そんなことを思う一日でした。

タイトルのオレのルーツについては、、、書きたいのですがまだエラい想像の域を出ないので、グレートジャーニー南方ルート編でリサーチ結果をお知らせできれば。

興味がある方は、コメントでご一報ください。南方ルート編の概要を、お知らせします。

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